第119話 またこんな美少女を手篭めに
王国歴163年1月10日 音楽院 大講堂にて――
1月に入るとハルパの周辺に少しずつ賑やかになってきた。朝に音楽院に行くとハルパの周りにはいつも人が群がっている。しかも令嬢だけではなく貴族の男性もだ。良かった良かったと思いつつレオンシュタインは離れたところに席を確保する。それを見ていたハルパは憤慨しながらつかつかと寄ってくる。
「ねえレオン。何で離れた所に座ってるの? こっち来なさいよ」
有無を言わさずレオンシュタインの腕を引っ張り、自分の隣に座らせる。令嬢たちがいようがいまいが、お構いなしだ。レオンシュタインが隣に座ると、ハルパは先ほどから盛り上がっていた話題を彼に教える。
「ね、さっき話してたんだけど2月にパーティーがあるの」
「パーティーね。何を食べられるのかな?」
呆れた表情でハルパはレオンシュタインを睨め付ける。
「違うわよ! このパーティーは、パートナーとダンスを踊るものなの。オーロラパーティーって言うのよ」
何でも参加者が多いため音楽院では開催できないらしい。そのため屋外の円形劇場を持つ、ケリズ魔法学園での開催だと言うのだ。ダンスにあまりいい思い出がないレオンシュタインは、逆にハルパに尋ねてみる。
「ハルパは参加するの?」
その問いかけを聞き、ハルパは頭を曇らせる。
「私は参加しないわ。誰もダンスに誘ってくれないし。それにケリズ魔法学園で開催だからね……」
気のせいかレオンシュタインをチラッとみて視線を外す。ケリズ魔法学園にはダーグル伯爵家のビルキルトがいるため会いたくないのだろう。まあ、ハルパならそのうち誰かから声がかかるに違いないとレオンシュタインは考える。
「それより、あんた。パンフルートは上達したの? 真っ赤な顔して音が出ないんじゃ、追い出されるわよ」
そう言うと様子を思い出したのか、ころころと笑ってレオンシュタインを叩く。その暴力から逃げるようにレオンシュタインはレッスン室まで走っていくのだった。
§
「ねえ、レオン。あんた午後はどうしてるの? いっつもいなくなるけど」
昼食の時、レオンシュタインは午後の過ごし方を尋ねられる。本当のことを言うわけにもいかずレオンシュタインは下手な嘘をつく。
「実はパンフルートの特訓をしているんだ」
「ふうん。じゃ、今度見に行っていい?」
「じょ、上達したら見せるから」
「……せめて、聞かせなさいよ」
慌てて否定するレオンシュタインを見て、訝しげな顔になるハルパだったが、気持ちを切り替えて1つの提案をしてくる。
「ね、あんた。時間があるならさ、私のピアノの練習に付き合ってくれない?」
「えっ?」
それは想定外の申し出だ。昼までは音楽院でハルパと勉強をし、その後はバイオリンの練習と師匠とのピアノ練習が待っている。その上、時々はフラプティンナ姫の待つ皇帝宮に赴かなければならない。正直、時間はいくらあっても足りないレオンシュタインだった。
ただ、ハルパが心を開いて笑顔が多くなっている今、彼女を応援したい気持ちも強い。
「ダメ……かな?」
悲しそうなハルパの目を見た瞬間、反射的に言葉を発する。
「大丈夫。時間はいっぱいあるから」
「そうでしょ。あんた暇そうだから、いいよね」
弾むハルパの声を聞きながら、内心、青ざめてしまうレオンシュタインだった。
(寝る時間、あるかな)
その日からハルパの午後練習に付き合うことになった。レオンシュタインは狭い練習室に二人きりになるのは抵抗がある。美人に囲まれているとはいえ、自分の本質は何も変わっていないとレオンシュタインは思っている。それでも律儀にハルパの演奏する後ろで、熱心に演奏を聴いているレオンシュタインなのだった。
レオンシュタインが聴くところハルパの技量はかなり高く、自分がアドバイスできることは少なそうに思える。
「どうよ! 今の演奏は!!」
「うん、メチャクチャ上手だったよ」
「……また、同じ褒め言葉?」
「ええと、素敵な演奏でした。上手だったよ」
「語彙力0か!」
レオンシュタインとハルパとの言葉のやりとりは格段に増え、心理的な距離も物理的な距離も近づきつつある二人だった。レオンシュタインは全く気付いていなかったのだが。
§
2月になり、オーロラパーティーまで残り1週間となった。昼食のアップルパイを楽しんでいたハルパとレオンシュタインのもとに、招かれざる客が来訪した。
「おいハルパ。オーロラパーティーは俺と一緒でどうだ? ドレスも用意するぞ。どうせ、実家では用意できないだろう」
あざ笑うように伯爵家のビルキルトが決めつけてくる。魔法院での勉強の傍ら、音楽院へ顔を出してはハルパにちょっかいをかけてくるのだ。明らかに見下した物言いにハルパは下を向き口を結ぶ。レオンシュタインはビルキルトの態度と物言いが気に入らない。
「俺と一緒になれば何でも好きなものが買えるし、惨めな思いをすることもない。どうだ? 三月まで待つことはないぞ」
そう言うとハルパに近づき、その頰を触ろうと手を伸ばす。嫌すぎてビクッと身体を震わせるハルパだったが悔しさで何も言えない。触れようとした瞬間にレオンシュタインはその手を払う。
「何だ、お前? 無礼だろう!」
ようやくレオンシュタインの存在に気づいたように、そちらに顔を向ける。けれども、レオンシュタインは物怖じしなかった。
「ぼくがハルパさんのパートナーです」
びっくりしたように、ハルパはレオンシュタインを見つめてしまう。
「ずっと前から踊ってくれるように頼んでたんです。昨日、ようやく『いいわよ』って言ってもらえたんです。ねえ、ハルパさん?」
ウインクして話を合わせてとレオンシュタインは合図する。息を飲んだハルパだったが、ぎこちなくレオンシュタインの腕に手を添える。
「そ、そうよ。この人が私のパートナーよ」
忌々しげにビルキルトは二人を睨む。
「どうぜ、ろくなドレスも準備できまい。恥をかくのが関の山だな。ハルパ、嫌になったらすぐに来いよ」
ビルキルトが去っていっても、ハルパはレオンシュタインと腕を掴んだままだった。その手からは震えが微かに伝わってくる。
(そりゃあ怖いよね)
ハルパが手を離すまでレオンシュタインはずっとそのままにしておいた。ようやく手を離したハルパを勇気づけるために、レオンシュタインは一緒に町へ出かけようと提案する。
音楽院を出て賑やかな町の喧噪にふれても、ハルパの顔は晴れない。言葉少なに歩いた2人は、一件の洋服屋の前で立ち止まっていた。働いていたオレンジ色の髪の店員さんが、びっくりして外にとびだしてくる。
「いらっしゃ〜い、ってレオンはん。どうされたんでっか?」
シャルロッティの働いている店でハルパに似合うドレスを作ってもらいたい。それで、何とか元気になってもらいたい。
連れて来たハルパをシャルロッティに紹介する。
「ほわあ、これまた別嬪さんですなあ」
シャルロッティの言葉が恥ずかしくて頰を染めるハルパだったが、その様子がたまらなく可愛い。最近は目にかけていた紫色の髪を左右に分けて両目が出るような髪型に変え、明るく華やかな印象を受けるようになっていた。
そんな美少女を連れて来たレオンシュタインを、シャルロッティはギロリと睨めつける。
(このお人は、また美少女を手篭めにしようとしてはる。恐ろしい……恐ろしいわあ)
そう思いつつハルパを奥の部屋に誘い、採寸を始める。小一時間が過ぎると、シャルロッティはハルパを伴ってようやく奥から出てきた。
「レオンはん。この方のドレスは5日後に完成します。昼頃に取りに来てください。レオンはんが見られるのは、そん時やな」
店の外まで出て、シャルロッティはニヤニヤしながら二人を見送っていた。シャルロッティにお礼を言い、二人はもと来た道を歩いて帰る。
ツンと鼻の奥に雪の匂いを感じたハルパが空を見上げると、空が薄暗くなり、粉雪がひらひらと舞い降りていた。北国の夕暮れは早く、二人は黙ったまま音楽院へ向かって歩く。
「ね、ねえ……。あんた、どうして私をパートナーに? それにドレスまで」
ハルパが静寂を破ってレオンシュタインに尋ねる。すでに陽は地平線の向こうに落ち、空だけが白くぼんやりと光っているような気がする。
「ぼくは威張ってる人間が嫌いなんだ」
「ふうん」
「権力を笠に着る人間は大っ嫌いなんだ!!」
ようやくハルパに笑顔が戻る。
「難儀な性格ね。でも嫌いじゃないわ」
レオンシュタインの肩をつつきながらハルパは好意の眼差しを向ける。前を向いたまま、レオンシュタインは何でもなさそうに話を続ける。
「それにハルパと踊りたかったんだ」
「えっ? そ、そ、そ、それって……」
「折角、練習したんだし」
イラッとしたハルパはレオンシュタインの背中を強く叩くが、気にせずに話を続ける。
「ドレスを着たハルパは、すごく綺麗だと思う。きっとパーティーでも見とれる人が多いだろうね」
上げたり下げたり、この男はとハルパは思いつつ文句が出る。
「あんたさあ、気軽に綺麗とか言っちゃうけど、貴族らしく遠回しに好意を伝えられないの?」
「好意?」
「いや、そこは気にしないで」
するとレオンシュタインは少しだけ真顔になった。
「思いは声に出さないと相手に伝わらないよ」
当たり前のことだけれども、その言葉はなぜかハルパの胸に響く。そして、レオンシュタインとの距離を縮めていく。
音楽院に着くまで、ハルパはレオンシュタインにそっと寄り添いながら歩くのだった。




