第118話 公爵家のお嫁さん
王国歴162年12月28日 昼 音楽院 食堂にて――
「まあ、私があの人のお嫁に行くって話……」
レオンシュタインは思わず詳細を尋ねていた。珍しくハルパは自分の家のことをゆっくりと話し始める。実家のカハトラ公爵家が破産寸前であること、それを援助すると称してダーグル伯爵家が結婚を申し込んできたことを説明した。
「ダーグル伯爵って確か……」
「そう。あのビルキルトの実家よ」
ようやく情報のつながったレオンシュタインに、ハルパはふんとため息をつく。
「相手は公爵家という肩書きが欲しいし、うちは借金の棒引きをして欲しいっていうウィンウィンの関係ね。演奏会の後に教会に連れて行かれるらしいわ」
他人事のようにハルパは淡々と話す。
「私は嫌ね。あんな姑息な手を使ってくる男なんか。でも、父さまも母さまもだんだん断ることが難しくなってきたの。断るとすぐに借金の返済を求めてくるから……。すぐには払えないし」
何でもなさそうにハルパは話すが重い話だ。
「しかも、この事が決まってから友達がどんどん私から離れていって。まあ、元々そんなに友達もいないんだけど今じゃ一人がデフォルトね」
その瞬間だけは寂しそうな表情になる。
「ま、あんたはパンフルートの音出しを心配しなきゃ」
そう言うと、ハルパは研究室を去っていった。暫くパンフルートの練習をしていたレオンシュタインだったがハルパのことが気になり、こっそりとピアノ棟の方へ出かけていった。窓から練習室の中を確認すると必死に鍵盤と格闘しているのが見える。その美しくも泣いているような音色はレオンシュタインの胸を激しく打った。
(何か自分にできることはないかな)
そう考えながら、その場を立ち去るレオンシュタインだった。
その日の夕食は久々にレオンシュタイン、ティアナ、イルマ、ヤスミン、バルバトラス、フリッツの6人が一同に会した。その冒頭でレオンシュタインはハルパのことを話題に出す。
「カハトラ公爵家が破産寸前であることにつけ込まれ、そのご令嬢が無理矢理、嫁がされそうになっているんだけど」
全員『お前、またか?』という目でレオンシュタインを見つめる。
「ねえレオン。貴方、また面倒くさいことに首を突っ込んでるんじゃない?」
ティアナが尋ねると、レオンシュタインは詳細を話して何とか無理矢理の結婚を回避させたいと力説する。イルマは少し警戒するような表情になる。
「主。もしかしてその女の子に惹かれてる?」
ティアナとヤスミンの視線も痛い。
「違うよ。でも嫌じゃない? 無理やり結婚だなんて。それに彼女、いつも一人なんだ。本当はもっと誰かといたいはずなのに」
レオンシュタインの声に力がこもる。さらに、ヤスミンとフリッツのそばに移動し、真剣な顔つきになる。
「実はヤスミンとフリッツさんに相談があるんだ」
フリッツは興味深そうに話を聞き、ヤスミンは笑顔で何でもやるよと目で答えていた。どうやら挑戦する価値はありそうだ。
「なるほど。兄ちゃんも考えるようになったなあ」
説明を聞いていたバルバトラスは考えに賛同し、ようやくレオンシュタインの顔に笑顔が浮かぶ。
「でも、危ないことは避けてくださいよ」
そのことだけは最重要課題として釘を刺すレオンシュタインだった。
§
翌日、レオンシュタインは朝食を済ませると帝国のヴィフトに面会を申し込んだ。忙しいながらもヴィフトはすぐに時間を作り、レオンシュタインを部屋に招き入れる。
「レオンさん、久しぶりですね。もうグブズムンドルの生活には慣れましたか?」
相変わらず紳士なヴィフトに、レオンシュタインはほっとする。近況もそこそこに自分の願いを話し始める。
「私の学友が、無理矢理結婚させられそうになっています。そのためヴィフトさんの協力を得たいのです」
レオンシュタインから詳しい話を聞いたヴィフトは1つの質問をしていた。
「確かにカハトラ公爵家が破産寸前なのは確かです。でも、そこでレオンさんにできそうなことは何もなさそうですが?」
「フリッツさんを公爵家に派遣したいのです。フリッツさんは以前、ある伯爵家の財政建て直しに成功している実務家です。座学は退屈だと申しておりましたのでカハトラ公爵家のお手伝いを……」
レオンシュタインの型破りな提案を聞き終わる前に、ヴィフトはやんわりと否定する。
「レオンさん、他国の人物を公爵家へ派遣することはできません」
しかしレオンシュタインは納得しない。
「じゃあ、このまま手をこまねいているというのですか? 何もしなければ、あの令嬢は意に染まない相手と結婚し不幸になります。あの素敵なピアノの音色も聞けなくなるでしょう。ヴィフトさんは何を恐れているのですか? 私はグブズムンドルの政治やその他に何も興味はありません。興味があるのは……」
レオンシュタインをじっと見つめ、ヴィフトはその気持ちをくみ取ろうとする。
「あの子が心から笑ってくれることだけです」
そこまで言うとレオンシュタインは声のトーンを変える。
「書類やその他の秘密事項に関して、気になるのでしたらヴィフトさんの部下を監視に付けてもらってかまいません。どうか、許可を出してもらえないでしょうか?」
レオンシュタインは頭を下げて許可を求める。しばらくヴィフトは考え込んでいたが、やがて一つの結論を出す。
「確かに公爵家をそのままにしていたのは私どもの落ち度。それに、隠すべき事も多くなさそうです。レオンさんは失礼ながら国を治めているわけでもなく、現在修行中。でしたら、そのご友人に我が国で働いてもらうことに支障はないでしょう」
そこまで話すとヴィフトは笑顔になる。
「レオンさん。素敵な提案に心から感謝します。公爵家令嬢の笑顔のために私もひと肌脱がせていただきます。早速、閣議にかけてみます。皇帝陛下にも伝えておきましょう」
ヴィフトはレオンシュタインの飲み物をメイドに頼むと、さらに話を続ける。
「フリッツさんはグンデルスハイム伯爵家の財政を1年で立て直した傑物。男爵家にも人材がいるものだと以前から興味をもっていました。可能であれば我が国にスカウトしたいと思っていたのです」
メイドが持ってきたレモンジュースを口に含みながら、レオンシュタインはヴィフトの話に耳を傾けていた。フリッツがそんなに評価されているとは思わず、また、そこまで調べられているとも思わなかった。グンデルスハイム伯爵領はシュトラント領の東方に広がるやや小さな領土であるにも関わらずだ。
相変わらずヴィフトの情報収集力の恐ろしさを垣間見たレオンシュタインだった。
ヴィフトの部屋を後にし、音楽院に登校すると、やはりハルパは講堂に一人で座っていた。
「レオン、今日は遅刻なの? たるんでるわね」
砕けた雰囲気でハルパは話しかけてくる。氷のように冷たかった目線は柔らかになり、優しい雰囲気を纏い始めていた。それに伴い講堂でちらちらとハルパを見る視線が増えてきた。それはそうだろう。紫色の髪の毛の間だから時折見せる柔らかな笑顔は、レオンシュタインもドキッとするくらい魅力的だ。
ハルパは自分の境遇を話したことで、レオンシュタインとの心理的な距離が縮まっていた。レオンシュタインは何も言わず、ただニコニコしながらハルパの隣に座るのだった。




