第12話 陰謀
王国歴162年9月12日 夜 薄暗い部屋の中――
「では報告を聞こうか」
夏の暑さが和らぐ中、薄暗い部屋に冷えた声が響き渡る。6m四方しかない部屋の中だというのに、一流の調度品や絵画が揃えられているのが不思議でもあった。蝋燭は灯されていたけれど、かろうじて顔が見分けられるくらいの明るさしかない。
「我が主」
主と呼ばれる男の前にひざまづいた黒頭巾の男が口を開く。
「レオンシュタインの襲撃に失敗いたしました」
黒頭巾の男は床にこすりつけるくらい低く頭を下げて謝罪の意を示す。豪華に飾られた椅子に座っていた男は、空中で手を振り信じられないといった態度になる。
「ほう……。あれが武芸をたしなんでいたとは驚きだな」
「用心棒がいたのです。偶然、連れだっていたようでしたが」
黒頭巾は微動だにせずに報告を済ませ、頬杖をついたままそれを聞いていた主は、気になることを尋ねる。
「で、証拠は掴まれていないだろうな」
「は。弓を1つ落としましたが、足の付くようなものは全て削ってあります。我が主にたどり着くことはございません」
「そうか、よし」
横の机に置いた小さな麻袋を黒頭巾の前に放り投げると、部屋の中にジャリンという音が響き渡った。
「褒美だ。次は失敗するなよ」
袋を懐にしまうと、黒頭巾は音も立てずに部屋から姿を消す。
「次」
主は機嫌が悪そうな声を発する。
「我が主」
商人風の男が目の前に進み出る。
「私はティアナさまのお顔を拝見することができました」
「ほう、それは興味深い。で、どうだった?」
「我が主の予想通り。いえ、おそらくは予想を超えておりましょう」
「何!? それほどか」
思わず椅子から身体を乗り出した主が明るい口調で尋ねていた。
「は。私はこれまで、あれほど美しい女性を見たことがありません」
部屋に湿った笑いが響き渡り、周囲の家来たちも機嫌を取るように申し訳程度に笑っている。商人風の男は笑いもせずに口を閉じたまま主を見つめている。
「俺に相応しい……ということだな」
「御意」と恭しく頭を下げて、報告を終了する。
「素晴らしい情報だったぞ」
そう言うと、机に置いてあった麻袋を男の前に放り投げる。先ほどの男に投げたものよりも大きい袋だ。地面に落ちた瞬間、ジャラ、ジャリンと音が響き渡る。
「褒美だ。このような情報を待っていた。これからも行き先を掴んでおけ」
「分かりました」
そう言うと男は靴音を響かせながら優雅に部屋を出て行った。
「で、お前は何を掴んだのだ?」
最後に残った背の低い男に主人が尋ねる。先ほどとはうって変わって機嫌の良い声だ。
「我が主」
背の低い男は主の前まで進み出て、片膝をついて声を発する。机の上の袋はあと2つ。大きな袋をもらえるかどうかは男の報告の中身次第だ。
「私はティアナさまのお身体を確認することができました」
主人の目つきが、すっと細くなり、心なしか部屋の雰囲気もピリッとした緊張に包まれた。
「……何を確認したのだ」
男は背中に冷や汗が流れるのを感じ、用心しながら報告を続ける。
「は。池で水浴びをされている様子を確認しました。遠くからでしたが、やはり抜群のプロポーションでした」
「それは、うれしい報告だが。……お前は、その身体の全てを見たのか?」
全身が震え、男はすぐに答えることができない。主は椅子から立ち上がり、腰のレイピアを鞘から抜き放ち男に突きつけた。男の鼻の前でレイピアの切っ先が細かに揺れている。
「不正確な報告だ。もっと詳しく話せ」
どっちが正解なんだと男は葛藤する。自分が生と死の狭間にいることを嫌でも感じざるを得ない。実際は魔法で攻撃され、ほとんど見ていない、それを正直に話すべきか、それとも……。
「時間切れだ」
レイピアの切っ先がゆっくりと後ろに引かれている。その動きが止まった瞬間、切っ先は男の体の中へと突き込まれるに違いない。
「わ、私はかなり離れておりましたので、シルエットしか確認できておりません。申し訳ありません」
その瞬間、レイピアはカシャンと鞘の中へとしまい込まれた。
「いや、いいのだ。逆にお前が全てを見ていたら、このレイピアで目を突き刺していたところだ」
腰のレイピアを軽く叩きながら、笑顔の主が男に話しかける。
男は黙って頭を下げる。賭に勝ったのだ。自分の機転が命を救ったのだと気付かれないように安堵のため息をつく。すでに汗はしたたるくらい地面に落ちている。
「ますます俺のものにする楽しみができた。礼を言う」
「もったいのうございます」
頭を下げたまま報告は終了となった。
「俺が求めていた情報だったぞ」
そう言うと机に置いてあった麻袋を男の前に放り投げる。先ほどの男に投げたものと同じ袋だった。
地面に落ちた瞬間、ジャラン、ジャリンと音を立てながら中身がこぼれ出る。
(金貨だ!)
男は黙ってそれを拾い、袋に入れていく。
「褒美だ。それと、これからは身体の情報はいらない。行き先だけで良い。分かったな」
「勿論です」
「では、すぐに行け」
男は音を立てずに部屋から出る。気がつくと全身から汗が噴き出し、服が肌にへばりついていることに今更ながらに気づく。
家来を下がらせた主人は部屋で歪んだ笑みを顔に浮かべ、独り言をつぶやく。
「絶対手に入れる。そして思いつく限りの快楽を味わわせてやる」
いつの間にか後ろに、身体が見えるくらい薄いシルクで身を包んだ3人の女性が控えていた。
「それまでは、お前たちで満足しておくことにするか」
男は寝室へと歩み始め、その後を女たちが音も立てずについて行く。
やがて部屋の奥で嬌声が響き渡り、夜の帳を引き裂くのだった。




