第116話 誰かロマンティック止めて!
「それでは最終試験を始める」
ケリズ魔法学園の屋外円形劇場が緊張に包まれる。
これから伯爵家のケーティトリと男爵家のアントリの決勝戦が行われる。ケーティトリは学園始まって以来の魔法の天才と称されており、実力も折り紙付きだ。ところが最近アントリも急激に実力をつけていた。彼の炎の魔法は対戦相手を焼き尽くし、その威力は留まるところを知らない。実力がここにきて開花した感が強い。
「すごいねえ。アントリくん」
ティアナは周囲の盛り上がり方にあっけにとられている。自分の時とは比べものにならないくらい会場が盛り上がっている。さすが魔法が盛んなお国柄だけあり、帝国の魔法兵団からも観戦者が派遣されている。
「そうですね。たくさん見てますね」
なぜか、アントリは落ち着いていた。ティアナとの別れが近づく中、彼女には自分のことをずっと覚えていてほしいと思っていた。何せ、グブズムンドル帝国とユラニア王国は遠すぎるのだ。
彼女の記憶に残るためには勝つしかない。
「では、両者前へ」
互いに礼をして、ついに試験が始まった。水の属性をもったケーティトリとの対戦は、圧倒的にアントリが不利だった。
「全てを焼き尽くせ、業火!」
アントリは高さが10mほどもある巨大な炎を相手のまわりに出し、その熱が会場中に伝わってくる。けれども、ケーティトリは涼しい顔だ。
「暑苦しいな。瀑布!」
巨大な滝が炎よりさらに高い場所から落ちてきて、シュウシュウと大きな音と共に一瞬で炎が消されてしまう。やはり一筋縄ではいかない相手だった。
このままではじり貧になると思ったアントリは、術式を組み合わせ3匹の炎の龍をつくり出す。会場の上空を縦横無尽に飛ぶ火の龍は、時折、耳をつんざくような声で咆哮する。その巨大な龍たちがケーティトリ目がけて殺到した。
「凄い!!」
1匹でも扱いが難しい龍を3匹も操っているアントリに、周囲から賞賛の声が漏れる。学園の同級生たちはその実力に今更ながら圧倒されていた。
龍がケーティトリを飲み込もうとした瞬間、巨大な水の巨人が現れる。その大きさは龍よりも遙かに大きく、2匹の龍は手で掴まれてしまい、もう1匹は口から出された水によって消滅してしまった。掴まれた龍も巨人の手から出された水によって、あっという間に消火されてしまった。勝利を宣言するかのように巨人が、地から轟くような咆哮をあげる。
アントリは業火や業炎を繰り出すけれども、その水の巨人を倒すことができない。一歩ずつ巨人がアントリに近づいてくる。アントリが後ろを振り返るとティアナが心配そうな眼差しでこちらを見つめている。
(そうだよな……)
アントリの目に決意の色が宿る。
業炎の壁で巨人を一瞬立ち止まらせ時間を稼ぎ、複数の術式を組み合わせて巨大な魔力を操作する。魔力不足で倒れそうになる中、水の巨人が業炎を乗り越えてきた。
(勝った自分を見せるんだ!!!)
その瞬間、水の巨人と同じくらいの炎の巨人が地面に描かれた魔方陣からせり上がってきた。会場は異様な熱さに包まれる。
「馬鹿な!」
「業炎の魔神を召還したのか!」
「死ぬぞ!」
魔法兵団の観戦者が思わず立ち上がる。業炎の魔神は巨大な咆哮をあげ観衆は耳を塞いでしまう。
「魔神よ、水の巨人を倒すんだ!」
その瞬間、魔神はアントリ目がけて拳を振り上げ、魔法兵団の観戦者から悲鳴に近い声があがる。
「駄目だ。コントロールできてない!!!」
その瞬間、アントリは魔神を睨み付け大声を上げる。両手には操作の魔方陣を並列起動させていた。
「馬鹿野郎!! 水の巨人を倒すんだ!!」
アントリと目が合った瞬間、魔神はさらに大きな咆哮を上げた。
(ティアナさん……)
覚悟を決めたアントリの横で魔神が地響きを立てて水の巨人に向かっていく。
「馬鹿な?」
あまりの出来事にケーティトリは対応しきれない。水の巨人に戦うように命じ、巨大な水柱をいくつも魔神に当てるが、それをものともせず炎の魔神が向かってくる。水は魔神の炎を消すことはできず、逆に蒸発してしまう。
近づいた炎の魔神は大きく拳を振り上げ、水の巨人に殴りかかる。ジュオッという大きな音を立てて水が瞬時に蒸発し、水の巨人がみるみるうちに縮んでいく。ケーティトリは瀑布をだし巨大な水を魔神に当てるものの魔神には全く効果がない。ついに水の巨人が全て蒸発してしまった。
魔神はゆっくりとケーティトリに向かっていき、ケーティトリは恐怖に歪んだ顔のまま動けない。審判は危険を察知しアントリの勝利を宣言する。
「勝者、アントリ!」
会場が巨大な歓声に包まれる。アントリはふらふらする足を叩きながらその場に立っていた。
「業炎の魔神よ、よくやってくれた」
笑顔で話すアントリを見ながら業炎の魔神は大きな咆哮を上げ、ゆっくりと地面に吸い込まれていく。その瞬間、アントリはその場に崩れ落ちた。
「アントリくん」
手に水とポーションを持ったティアナが、全力でアントリのそばに走っていく。
「アントリくん、しっかりして!」
自分の膝にアントリの頭を載せると、すぐに魔力回復のポーションを飲ませる。魔神召喚の場合、魔力が切れることは死を意味する。アントリの喉がごくりと動き、ようやく目に光が戻ってきたことに、ティアナは安堵の溜息をついた。
「……ティアナさん、見てくれました?」
少しだけ目を開いたアントリは、ティアナの仮面に気がついた。
「うん、凄かった。アントリくんの勝利だよ」
泣きそうな声でティアナが話す。ぼんやりしながら、この優しさが好きだなあとアントリは強く思う。
「もう、お別れだから……。忘れてほしくなくて」
「馬鹿ね」
アントリのおでこをティアナの中指が軽く弾いていた。きっと仮面の下は笑顔だろうとアントリは想像する。それを目に焼き付けておきたい。
「ティアナさん、仮面……取ってもらっていいですか?」
「ん?」
黄緑色の光に包まれたティアナの仮面が取れる。それをマジマジと見つめるアントリは、やっぱりティアナは世界一綺麗だと確信する。
「ティ、ティアナさん。」
「なに?」
「大好きです。ぼ、僕と結婚してください。」
言えた自分が誇らしい。絶対にダメだと分かっていても、自分の気持ちを相手に伝えなくてはいけない時がある。
それが多分、今なのだ。
膝の上で真剣に話すアントリを、ティアナは優しい眼差しで見つめている。
「アントリくん、私、とっても嬉しい。本気で好きって言ってもらうのは初めて」
ティアナの目に暖かい色が灯る。
「ありがとう、アントリくん」
そのティアナの笑顔がアントリは何よりも好きだった。それを自分がもたらしたことに誇りを感じる。
「じゃあ、この手を握ってもらえますか」
目の前に差し出された手をティアナはじっと見つめていた。
「ごめんね……私、もう結婚する人を決めてるの」
「……分かってました」
ティアナの横顔は本当に美しいなと思いつつアントリの目から涙が零れる。それを見たティアナはアントリの顔に近づき、おでこにそっとキスをした。
「ティ 、ティアナさん?」
「へへ、アントリくんがすっごく勇気を出してくれたから、私からプレゼント」
アントリは満面の笑みになる。身体を起こして膝をつき合わせ、ティアナと向かい合う。
「次に会う時には、きっと体重を落とします」
「あっ……そこ?」
「ティアナさんに『もったいないことしたな』って思ってもらえるような男になってみせます」
ニヤニヤ笑いをしながら、ティアナは嬉しそうにアントリを見つめている。
「ええ、すごいじゃん。会うのが楽しみだなあ」
「そんな男になっていたら、今度は唇にキスでいいですか?」
「調子にのるな!!」
顔を見合わせて大笑いしている二人を見て、周囲は幸せの波動を感じていた。
「何だか、あの二人、幸せそうじゃない?」
「ええ? もしかして告白!」
「ロマンチック! 私だったらOKしちゃうかも!」
二人の話は聞こえないものの会場は新しい恋の予感に包まれる。そんな中、二人はゆっくりと会場を去るのだった。




