第112話 学園のティアナ
王国歴162年12月18日 昼12時 ケリズ魔法学園 大講堂にて――
「それでは、今日から約4ヶ月間。一緒に学ぶことになったティアナさんです」
ケリズ魔法学園の中は薄暗く、講堂の中も静寂に包まれている。階段状になっている椅子にたくさんの学生が座っているけれども、誰もいないような静けさである。ケリズ魔法学園は帝国の中では名門として名高く、貴族の子弟が魔法を上達させる場となっている。
3年前から誰にでも門戸を開くように規則が変わったのだが、今でも入学者の9割が貴族出身、残り1割が平民という人数構成になっていた。平民は途中でほとんどケリズ騎士学園に転園してしまい、魔法学園は相変わらず貴族が独占している状態である。
開明的と言われるシーグルズル7世の治世にあっても、なかなか悪習は変えられなかった。
ティアナは教師から自己紹介するよう促される。
「皆さま、初めまして。私はティアナと申します。シュトラントから参りました。短い間ですが、どうぞ仲良くしてください」
優雅な所作で挨拶、そして弾むようなソプラノの声が可愛い。金髪が煌めき、薄暗い講堂に一筋の明かりが差し込んだように見える。身体のラインがくっきりと見える学年の制服からは抜群のプロポーションが透けて見える。男子学生は目を惹きつけられ女学生は好奇の目を向けている。
……が、やはりみんな、あのことが気になった。
(あの黒い仮面は……何?)
誰も突っ込めない。
ティアナの着ている服は貸与された学園の制服であり、着こなしが見事だった。ただ、この制服は身体のラインが強調されるデザインでスカートも短い。少し恥ずかしかったが、これも文化の違いかとティアナは割り切っていた。
すると、前に座っていた一人の男子学生が質問してきた。
「ティアナさんと言いましたか。私はダーグル伯爵家次男、ビルキルトと申します。お会いできて光栄です」
さすがに伯爵家ともなると優雅な挨拶である。
「シュトラントには詳しくないのですが、ティアナさんはどちらの貴族の一員でしょうか?」
当然のように出自を確認してくる。
「私は貴族ではありません。貴族の館で働いていたメイドです」
ティアナは気にもせずニコニコしながら答える。ビルキルトはあっけにとられたままだ。
「というと平民……ということでしょうか?」
「そうですね」
これには周囲の学友たちも驚きを隠せず、静寂が破れてしまった。
「馬鹿な!」
ビルキルトはティアナの席の前にツカツカと移動する。
「貴族の前で平民が仮面をつけたままとは無礼ではないか。今すぐ、仮面を取って挨拶せよ」
穏やかではあるけれども、有無を言わせない言の強さがあった。ティアナは、そんなものかと思いを巡らせる。
(4ヶ月間、揉めるのも嫌だしね。貴族って面倒くさいな。レオンが特別なのかな?)
レオンシュタインのことを思い出してクスッと小さく笑う。
(ま、いいか)
すぐに詠唱を始めティアナの上半身が黄緑色の光で包まれる。
「解呪」
その瞬間、黄緑色が輝きを増し、座っていた学生たちは目が眩む。その光がだんだん弱まり、ティアナの仮面は顔からなくなっていた。
ようやく目が慣れてきた学生たちは一様に息を飲む。
帝国の白薔薇フラプティンナ姫に勝るとも劣らない美しい瞳と長い睫毛。それに優しさと少しの勝気さが同居した口元と薔薇色の唇。グブズムンドルでは、あまり見ることのできない美少女がそこに立っていた。ティアナはゆっくりとビルキルトの前に進む。
「申し訳ございません、ビルキルトさま。ご無礼をお許しください」
ティアナの美しさに見とれてしまったビルキルトは言葉が出ない。
他の男子学生も同様で、眩しそうにティアナを見つめていた。女学生は、キラキラとした目でティアナを食い入るように見つめている。
「ということで、みなさん。仲良くね」
教員の一言で、 みんな目が覚めるような気がしたのだった。
ただ、その日は誰もティアナに話しかけてこなかった。伯爵家との関係が壊れるのも憚られたし、ティアナの容姿に怯んだというのもあった。
(ま、仕方ないね)
ティアナは気にもせず魔法の勉強に取り組んでいた。魔法に関しては、シュトラントよりグブズムンドルの方が遙かに研究されていた。
(雷系の魔法でも、様々な術式が考えられてる)
シュトラントでは4つしか紹介されていなかった術式が、ここでは20種類も存在していた。
(レオンのために覚えよっと。何と言ってもただだしね)
そう考えると、聴講にも熱が入る。幸いなことに、言葉は大陸共通語が使われており、ティアナも理解できた。ただ、朝から夕方までの勉強は、これまで経験がなかったため、部屋に戻ると寝てしまうのが日課になったのだった。




