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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第2部 華やかな北の都 第4章 フリッツとヤスミンの物語

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111/280

第111話 ヤスミンとお出かけ

 王国歴163年3月30日 午前10時 カハトラ公爵家にて――


「ヤスミン、起きてる?」


 大きなチーズケーキのホールを手に持ちながらレオンシュタインは部屋に入っていく。ベッドの上のヤスミンはレオンシュタインを見ると、ぷいっと壁の方を向いてしまった。枕元に座ったレオンシュタインは、ケーキのホールをテーブルに置く。


「ヤスミン、ごめんね。一生懸命戦ってくれたのにあんな言い方」


 ヤスミンは向こうを向いたままだ。チーズケーキを切り分けたレオンシュタインは、ピースを1つ皿の上に取り分ける。


「このチーズケーキは自家製のチーズがとっても美味しいらしいよ。食べてみない?」


 ヤスミンの肩がピクッと動く。やはりケーキの誘惑には逆らえないようだ。


「手が上げられない」


 相変わらず向こうを向いたままだが、ようやく会話に応じてきた。レオンシュタインは皿に入れたケーキを一口大にして、フォークに刺して、それをヤスミンの方に向ける。


「ほら、美味しいよ」


 ようやくレオンシュタインの方を向いたヤスミンは、目を瞑って大きく口を開ける。入れろという事だろう。ヤスミンの銀色の髪がぱらりと肩に広がる。少し躊躇したレオンシュタインだったが、ぎこちなく口に入れてあげる。小桜色の唇に妙にドキドキしてしまう。


「ん! 美味しい。レアチーズ!」


 途端に顔が明るくなる。ほっとしたレオンシュタインは皿をヤスミンに渡そうとするが、ヤスミンは手を毛布の上に出そうとしない。そして、また、口を開ける。レオンシュタインは次々とチーズケーキを口に運び、皿のケーキがなくなる頃、ようやくヤスミンの機嫌が直る。


「ヤスミン。さっきはごめん。それと本当にありがとう」

「ううん。本当は嬉しかった」


 もう一度謝るレオンシュタインにヤスミンは頭を振る。目を見つめながら、ヤスミンは毛布の上に両手を組む。


「みんな、よくやったって褒めてくれた。でも、怒った人はマスターだけだった」


 頭をかきながらレオンシュタインはヤスミンの話に耳を傾ける。


「マスターは心から心配してくれたんだよね。ごめんなさい」


 ベッドの上にちょこんと座り直し、頭を下げる。レオンシュタインにようやく笑顔が戻る。


「ヤスミンが無事で本当に良かった」


 チーズケーキをもう1ピース取り分けて、ヤスミンに渡す。ヤスミンはそれを自分で食べながら、


「ところでマスター。いつ大学を案内してくれるのか?」


 と質問してきた。確かにグブズムンドルに来たときの約束がそのままになっていた。でも、行くとしたら今日しかない。


「ヤ、ヤスミン。もうこの後しか時間がないんだけど……」


 そう話すとヤスミンは突然、寝間着を脱ぎ始める。レオンシュタインは思わず横を向くが、ヤスミンは下着を見られることを気にすることなく外出できる服に着替え始めた。


「今、行く!」


 すぐに着替えをすませてレオンシュタインの横に立ち、手を引っ張るように公爵家の門から出て行くのだった。


 §


 公爵家から大学までは距離があり今日中には行けない。かわりに公爵家の近くのフラトエイリの町を一緒に歩くことにする。


「マスター。このお店、かわいい」


 リーフグリーンの壁に窓枠が白で統一されている建物をヤスミンは指さし、その中に入っていく。木のテーブルが4つ置かれ、きちんと並べられた白い椅子が可愛い。壁の収納の棚には皿やカップが綺麗に飾られ、壁際のテーブルには自家製のマフィンが木の入れ物に入れられている。


 窓際の椅子に座ったヤスミンとレオンシュタインは、メニューを開く。


「私、ワッフルと紅茶」

「ぼくは、ブルーベリーマフィンとコーヒー」


 店員さんにオーダーすると、店長がミルにコーヒー豆を入れてゴリゴリとひき始める。その横で奥さんが紅茶をゆっくりと入れている。ワッフルメーカーに生地が入れられストーブの上に上げられる。同時にコーヒーの匂いが店内に漂い、午後の気怠い雰囲気が店内に広がった。


「マスター。私、喫茶店って初めて」

「本当? 初めてがこんな素敵な場所でよかったね」


 互いに顔を見合わせながら含み笑いをする。昨日まで死闘を繰り広げていたヤスミンは、この落差に夢を見ているような気がしてならない。


「お待たせいたしました」


 店員さんが可愛い色彩の皿に載せたワッフルとマフィンを、そっとテーブルに置く。どちらも、とても美味しそうだ。ヤスミンとレオンシュタインはまず飲み物を口に含み、その匂いを堪能する。その後でワッフルとマフィンを一口食べると、どちらも踊りだしたくなるくらい美味しい。


 二人は笑顔のまま美味しいお菓子を堪能し、可愛い店内の雰囲気を楽しんでいた。たわいもない会話をしながら、その店に1時間も長居してしまった。


 店を出た後も街をブラブラと歩き、小物を売っている店をひやかしながら歩いていく。


 と、ペンダントを売っている店の前でヤスミンの足が止まる。店先のショーウィンドウにはターコイズブルーの四角い石に黒い革紐がついているものが置かれていた。店に入った二人は店員にペンタントを試させてもらう。


 ぎこちなくヤスミンの首にペンダントをつけようとするが、銀色の髪の毛が手にかかり金具がよく見えない。髪の毛からはいつものベルガモットではなく石鹸の匂いが漂い、それがさらにレオンシュタインをドギマギさせてしまう。


「彼氏さん。彼女さんは急いでませんからゆっくりどうぞ」

「あ、あの、その……。はい」


 その言葉にヤスミンは幸せそうに笑っている。ようやく、金具を付けられたペンダントがヤスミンの胸元を飾っていた。ヤスミンは鏡を見て、はじけるような笑顔になった。


「彼女さん、ものすごくお綺麗ですね。銀色の髪にターコイズの空色がよくお似合いですよ」


 店員さんの『彼女』がとても嬉しくて、ヤスミンはニマニマと頬が緩む。レオンシュタインは店員に購入すると伝え、ペンダントはそのままつけていくことを話した。代金を支払って店の外に出ると、ヤスミンがもじもじしながら話しかけてきた。


「マスター。おかしくないか?」

「とっても似合ってるよ。可愛い」


 初めて付けたペンダントが気になるヤスミンだったが、レオンシュタインの言葉に顔を赤らめてしまう。道を歩きながらヤスミンはペンダントをしきりに触って笑顔を浮かべている。


 そのまま言葉少なに川の側まで来ると、もう太陽が地平線に沈みそうになっていた。夕日を橋の上から眺めながら、レオンシュタインはフリッツと約束したことをヤスミンに話していた。


「もうヤスミンが命をかけなくてもいいように自分の領土をもつことにしたよ」

「領土?」


 ヤスミンが首をかしげる。


「うん、みんなが笑顔で暮らしていける場所をつくりたいんだ」

「ふうん」


 横にいるヤスミンに顔を向け、少しだけ真剣な顔つきになる。


「ヤスミンも力を貸してくれる?」

「もちろん。私はマスターのそばにずっといる」

「そっか……。ありがとう」


 もうすぐ最後の光が地面に吸い込まれそうになり、二人はその夕日をずっと眺めていた。


 大陸に帰る日が、すぐそこまで迫っていた。

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