第109話 孤独な戦い
王国歴163年3月28日 午後8時 ヘルマンニの隠れ家にて――
丸太小屋の中に入ると小男が部屋に灯りをつけ、ぼんやりとした橙白色の光が室内を照らし始める。すぐにヤスミンは小屋の隅々さりげなく視線を送る。
2階建ての丸太小屋の1階はテーブルとその周りに3つの椅子が置かれ、2カ所の窓には全て黒いカーテンがつけられている。すぐに逃げられる場所は入口しかない。2階には人の気配がする。椅子に座っている大男はロングソード、その横に立つ小男はダガーを装備している。魔法については、はっきりしない。
ゆっくりと小屋の中を歩いているヤスミンに向かって、戸棚から酒とグラスを準備した小男は盛んに手招きしている。ヤスミンを酔わせてしまいたいのだ。
(一気に制圧する)
大男を倒そうと『影足』を詠唱するが、魔法が発動しない。
(嘘!? ……結界魔法)
恐らく2階にヘルマンニがいるのだろう。こんな場所に結界を張るとは思っていなかったヤスミンは、隙を作って一人ずつ片付ける作戦に変更する。
「じゃあ、乾杯するか」
小男がグラスをヤスミンと大男に渡し、3人はテーブルの周りに集まり小さく乾杯をする。酒に口をつけたヤスミンは舌で薬が入っていないか確認する。毒はかなりの訓練を受けてたため、すぐに分かる。
(そこそこ強い痺れ薬……)
アサシン教団でよく使われていた薬だ。舌が覚えている。
(こいつら!)
酒は飲み込まず床に流しているが薄暗いのでどうやら気付かれていない。大男はグラスを持ったまま1階の入口の鍵を閉める。逃げるのは格段に難しくなった。
「ほう、なかなか美しいな」
こつこつと音を立ててヘルマンニが階段を降りてくる。宴が始まる合図なのだろう。ヤスミンはとりあえず小さく頭を下げる。
「じゃあ、上に行くぞ」
小男が酒をぐっとあおりヤスミンを2階に誘う。ゆっくりと階段を上がるヤスミンの後を小男は鼻の下を伸ばしながらついていった。
(小男で時間を稼ぐ)
2階には小さなバーカウンターがあり3脚の椅子が無造作に置かれていた。グラスをカウンターに置きながら、ヤスミンは窓の場所を確認する。窓は2カ所あり黒いカーテンで覆われていた。ヤスミンは耳のピアスをくるくると弄ぶ。考え込んでいるヤスミンの癖だ。
「ねえ、まず飲みましょ」
いつものヤスミンとは思えないほど大人の雰囲気を感じさせる声だ。ヤスミンが小男をバーカウンターに誘い、カウンターの2つのグラスに酒を注ぐ。手渡された酒をぐっとあおった小男は、すぐにヤスミンの隣の椅子に座る。
「じっと見られたら恥ずかしい。向こうを見てて」
小男は言うがままに向こうを向く。準備をしていることをアピールするために、ヤスミンはわざと音を立てて上着を床に落とす。そして小男の後ろに回り、両腕で小男に抱きついた。
「じゃあ、しばらく目を瞑ってて」
耳元でささやき二の腕を小男の首に回す。そう話しかけながら少しずつ首を絞めていく。小男は頭がぼうっとし体が痺れてきたことを感じる。
「うん? 酔ったかな?」
「大丈夫?」
ヤスミンは心配する声を出しながら、さらに頸動脈を絞める。10秒ほどで小男は意識がなくなり気絶してしまった。
(気絶は数分)
酔って眠ってしまったと思わせるためにバーカウンターに上半身を俯せにしておく。小男が腰に差していたダガーは見えないようにカウンターの下に隠し、新しい酒やグラスを棚から出してカウンターの上に準備する。
「ねえ、誰か来てくれない。この人、寝ちゃったのよ」
階下の男たちを2階に誘うと、すぐに大男が階段を上ってきた。
「私、退屈だわ。誰もかまってくれないんだもの」
拗ねたようにヤスミンは大男にグラスを差し出し、自分の酒を一息で飲んでみせる。
グラスをカウンターにとんと置くのを見て、大男はニヤリと笑い同じように一息で酒を流し込む。そういうとヤスミンにゆっくりと近づいてきた。
「俺が二人分、かわいがってやる」
「きゃあ、怖い」
ヤスミンはそう言いながら大男の横をすり抜けて下の階に走っていく。ゆっくりと酒を飲んでいるヘルマンニに助けを求める。
「助けて。乱暴されそうなの」
ヘルマンニはニヤリと笑い、ヤスミンの身体に目をやる。
「俺は優しいぞ」
と言いながら、ヤスミンに触ろうとする。大男が下に降りてきたのを見ると、ヤスミンはまた2階に上がっていく。ヘルマンニと一言二言話をすると、大男はまた二階に戻っていった。
「もう少し灯りを消して」
バーカウンターに座っていたヤスミンが艶めかしい声で大男にお願いをする。大男は少し足元がふらついてきたのを訝しく思いながら、上着を脱いで一つ一つ灯りを消していく。ヤスミンは大男の身体を見て意外そうな声を出す。
「結構、鍛えてるのね。だからかな」
「何のことだ?」
「時間がかかったな、って」
バーカウンターにたどり着いた大男だったが、もう足が動かない。「馬鹿な……」と言いながら、大男もカウンターに伏せてしまった。
(薬はあと1つ)
残りの薬が入ったイヤリングを触りながら、ヤスミンは考える。金の隠し場所が分からない以上、教えてもらうしかない。ヤスミンは隠していたダガーを腰に差し、2つの窓を開ける。これでいつでも外に逃げられる。
次に棚にある一番強い酒をカーテンにかけ、火のついた蝋燭を近づける。すぐにカーテンはゴウゴウと音を立てながら炎を上げていった。
「な、何だ?」
小男があまりの熱さに目を覚ます。
「大変よ。公爵家がここを攻めてきたの! ヘルマンニさんからは金を動かすように言われたけど、どこにあるの?」
びっくりした小男は、裏の井戸の横に埋めてあると話してしまう。
「じゃあ、少し眠っててね」
ダガーで小男の後頭部を叩いて再度気絶させる。ヤスミンが悲鳴を上げて逃げていくと、ヘルマンニは下のソファに落ち着き払って座っていた。その余裕の表情を見て、ヤスミンはいぶかしむ。何か切り札があるに違いない。
「まさか、公爵家の犬とはな。どうりで薬が効かないはずだ」
「もう諦めたら? もうすぐ軍が来るわよ」
「それは嘘だ。だったら、もう来ているはずだからな」
ブラフにヘルマンニは引っかからなかった。ドカドカと階段を下りる音が聞こえ、ナイフを持った小男と、ロングソードを抜いた大男がヤスミンの前に立つ。
「ヤスミン。お前には、たっぷりお仕置きをくれてやる」
その瞬間、脚から2本のナイフを抜き出したヤスミンは、二人に投げつける。ナイフは過たず、小男の肩と大男の右手に当たる。一瞬怯んだ隙を見て、ヤスミンは鍵を外して外に飛び出していった。
赤々と燃え盛る丸太小屋を背にしたヤスミンの目に、剣を抜いて立っている屈強の5人の男が映る。
「まさか3人だけでくると思ったか?」
あざ笑うようなヘルマンニの声が小屋の入口から響いてくる。
「あの女を捕らえろ。捕らえた奴には、一番最後にあの女をくれてやる」
歓声を上げながら男たちはヤスミンに群がってくる。ヤスミンのダガーが暗闇に光り、そのたびに周囲に血の匂いが広がっていった。




