第105話 フリッツの推理
王国歴163年1月23日 午後8時 カハトラ公爵 書類の保管庫にて――
(レオン……)
男達の剣がロウソクの光で不気味な輝きを放っている。もう、戦うしかない。ヤスミンがそっとナイフに手を伸ばした瞬間……
「あったあ。ありやした」
隣の部屋から大きな声が響き、二人はすぐに隣の部屋に走っていった。すぐに棚から降りたヤスミンは別の棚に登り直すが、なかなかうまく登れない。重い足を叩きながらヤスミンはようやく棚の上に体を横たえる。
「どこにあったんだ?」
執事が尋ねると、小男は黙って自分の足元から5つの帳簿を持ち上げる。表紙を確認した執事は目的のものであると確認して、安堵のため息をつく。
「念のために隣の部屋を確認してきます」
大男は先ほど気になった棚の前に移動し、何かいないか棚に登って確認する。
(何かいたような気がしたんだが)
何も見つけられなかったことから、首を捻りながら部屋を出て行った。
(ふう)
資料室の灯りが消され3人が出て行った瞬間、ヤスミンは大きく息を吐き出した。暗くて見えないけれど、きっと白いだろう。魔法が使えない今、迂闊に動くと危ないと判断したヤスミンは、男達が出て行ってから小一時間が経過してからようやく動き出す。
身体は寒さで冷えていたが無事に生きている。棚から下りてストレッチで身体を暖めようと、開脚しながら胸と手を何度も床につける。身体が自由に動くことを確かめると、鍵をかけられていた扉ではなく、小男たちが登ってきた窓から外に出る。
夜の12時になる頃、ようやくフリッツの部屋に戻るのだった。
「ヤスミン、大丈夫か?」
フリッツがソファーに駆け寄るとヤスミンは答える代わりに5つの帳簿を差し出す。
「これは?」
「執事が隠そうとしてた」
フリッツが手渡してくれたジャガイモのスープをゆっくりと飲み干すと、ヤスミンはそのまま暖炉の前で倒れ込むように眠ってしまった。毛布を優しくかけたフリッツは、すぐに机に戻って手元にランプを引き寄せると、書類を穴が空くほど読み込むのだった。
§
翌日、ヤスミンが起きたのはお昼を過ぎた頃だった。
「ヤスミン、お手柄でしたね」
そう言いながら、フリッツは卵とトマト、チーズ、レタスを挟んだパンを差し出す。飲み物はヤスミンの好きな林檎ジュースを用意していた。2つ目のパンをお腹に収める頃、ヤスミンはようやく声が出せるようになった。
「何か分かった?」
フリッツは調べたことの概要をヤスミンに説明し始めた。
「ヤスミンが持ってきてくれた書類から2つのことがわかりました。1つは災害を逆手に取った資金の流出、もう1つは不可解な金貸しとの取引です」
近くのテーブルに2種類の書類をバサリと置く。
「執事の持ってきた書類とヤスミンが手に入れた保管庫の書類を比べてみました。驚くことに実際の災害復旧にかかったお金の5倍を支払っています。酷いもんです。そして、資金が足りなくなると、ダーグル伯爵家お抱えの商人ヘルマンニからお金を借りています。1ヶ月で10%の複利です。破産しない方がおかしい」
窓の方に歩いて行くと、外の景色を眺めながらフリッツは軽く溜息をつく。
「ただ、これでは決定的な証拠にはなりません。執事に見せたところで捏造だと言い放つでしょう」
フリッツはヤスミンに昨日の出来事を詳しく聞き取り始めた。二人の男が手下として働いていたこと、金の運び場所が黒い森にあるらしいことをヤスミンが伝える。
「それです!」
ヤスミンの方に向き直ったフリッツは興奮したように人差し指を立てる。
「執事に口を割らせるには、その男たちの証言が必要です。それに公爵家から騙し取ったお金はその黒い森にある可能性が高いです。それにしても、なぜすぐにお金を自領へ運ばなかったのか……」
フリッツは考え込むがすぐに解答はでない。それでも公爵家の疑惑に光明が見え始めていた。その日から、フリッツは帳簿と実態を確認する作業に集中し、様々な人々から聞き取りを開始した。けれども、なかなか執事の悪事を暴くことはできないまま月日は過ぎていった。
§
二人が館に来てから1ヶ月が過ぎ、冬の厳しさがさらに増してきた。2月中旬は最も寒さが厳しい季節で、ヤスミンは毎日震えながら過ごしていた。そんなある日、フリッツが手がかりを掴んだと興奮しながらヤスミンの部屋に入ってきた。
「以前、災害時にお金を借りたヘルマンニという商人がダーグル伯爵家御用達だと話しましたね。その伯爵家は公爵家のハルパさんに求婚しています。求婚と公爵家を再建させることは伯爵家に都合がいいだろうと出入りの花屋から聞くことができました」
「それが?」
「公爵家への陰謀に伯爵家が関わっているということです。ダーグル伯爵はカハトラ公爵領を我が物にするつもりでしょう。公爵は再建してもらえると思っているようですが、それはありえません」
意外なフリッツの断定にヤスミンは少し驚いていた。
「再建するつもりなら伯爵家は災害復興費用を割増で請求しないでしょう。借金と引き替えにカハトラ公爵領をもらうはずです。求婚している間柄であれば世上の噂も悪くないでしょう」
さらにフリッツは話を続ける。
「あと、どうして奪い取ったお金を使わなかったのか、それがようやく繋がりました」
「簡単にね」
難しい話かもしれないので、ヤスミンはあらかじめ釘を刺しておく。わずかに頷いたフリッツは、少し話を整理した後に話し始める。
「災害復興の資金は、公爵家でしか使えない金貨で支払われていました。それを他の場所で使うのは目立ちます。また、それを溶かして新たなお金を作るのはリスクが大き過ぎます。そこで公爵家を乗っ取り、奪った金を使おうと思ったのでしょう。伯爵家御用達の商人を調べる必要があります。ヤスミン、お願いできますか?」
「チーズケーキを用意して」
「もちろんだ。ホールで食べさせるよ」
「それはなんか嫌」
公爵家から馬を借り、旅の行商人の書類なども全て揃えてもらい、ヤスミンは伯爵領に潜入することになった。




