第103話 出会いと勅命
王国歴163年1月20日 午前9時 北の滝亭にて――
グブズムンドル帝国への滞在が1ヶ月を過ぎた頃、思いもかけない人物がレオンシュタインの宿にやってきた。来客があると宿の主人に告げられ、レオンシュタインが階段を下りていくと見覚えのある眼鏡の女の子に気付く。オレンジ色の髪の毛が懐かしい。
疲れたように椅子にもたれかかりながら、目を瞑っている。
「シャルロッティさん!」
思わず呼びかけたレオンシュタインの声に、シャルロッティさんがびっくりしたように身体を起こす。
「旦那はん、お久しぶりですなあ」
さすがにやつれた顔でレオンシュタインに手を振る。レーエンスベルク辺境伯次男のパーティーに出席した際に、素晴らしい衣装を格安で貸してくれたのがシャルロッティさんなのだ。
「ええっ? シャルロッティさん? どうしてこの宿へ」
シャルロッティさんの向かいの席に座りながら、レオンシュタインはブレンドコーヒーを店員に注文する。
「旦那はん、服の勉強のためですわ。グブズムンドル風の洋服! これは大陸で当たりまっせ。この宿の住所はフリッツさんから手紙で教えられてたんです」
商魂のたくましさにレオンシュタインは感動しつつ、とりあえず一緒の宿で休んでもらいたいし、滞在したいなら何とか力になりたいと考える。店員がコーヒーを運んできたところで、北の滝亭の主人ヨウンを呼んでもらう。レオンシュタインから相談を持ちかけられたヨウンは、事情を察したらしい。
「分かりました。お部屋を準備します。代金は王宮につけておきますね」
粋な計らいを提案し、片目をつぶるところが憎い。すぐに部屋に案内してもらい、ティアナやイルマたちと旧交を喜んだのもつかの間、シャルロッティはあっという間にベッドに倒れ込んだ。すぐに小さな寝息が聞こえてくる。
レオンシュタインたちはそっと扉を閉めると、気が済むまで眠ってもらうことにする。起きた瞬間にサプライズを仕掛け、少しでも元気になってもらいたい。レオンシュタインたちは、店の主人ヨウンに相談を持ちかけるのだった。
§
「それでは、シャルロッティさんとの再会を祝して、乾杯!」
「乾杯!!」
地元のプレミアムビールで乾杯となった。このビールはグブズムンドルの澄み切った天然水を使用し、クリーミーな泡立ちと少しだけ感じる苦味が特徴である。雑味がなく、するすると喉を通っていく飲み心地が癖になる。
「さあ、シャルロッティさん。これを食べてもらわないと」
「なんやろなあ。ん? エビ?」
地元産のバターとハーブを使った手長エビの炒め物がテーブルの真ん中に高く積まれている。バターの匂いと、ローズマリーとタイムの香りが混ざり合い、食欲を大いにそそる。フォークで突き刺したエビをシャルロッティは口の中に入れる。
「ん~。このエビ、ブリップリ~。ソースも合う合う! めっちゃ、美味しいで~」
顔中に広がる笑顔を見て、レオンシュタイン一行は、ほっとしつつ嬉しくなる。みんなもエビとパスタを楽しんでいるのを見計らい、フリッツは重大な情報をメンバーに伝えることにする。
「レオンさん、シャルロッティさんは辺境伯領から逃げてきたんです。私たちにドレスを提供したことで、私たちの仲間だと疑われたようです。投獄にはならなかったようですが……」
腕を組みながらバルバトラスも頷いている。
「ええ! シャルロッティさん。ごめんなさい」
口に入れたエビを吹き出しそうになりながら、レオンシュタインは頭を何度も下げていた。あれだけドレスづくりに情熱を傾けていたのに、その拠点が駄目になったことは痛恨の極みである。彼女の夢を潰したかもしれないと、レオンシュタインは胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「へへ、そんな辛気くさい話はやめにしましょ。グブズムンドル風の洋服を学びたいと思うたのは本当です。でも、この国……遠いわあ」
航海の様子を思い出し、苦笑いをするシャルロッティだった。
「レオンはん。私のおとん、おかんは元気です。それにお店も大丈夫です。また作ればええんです。実はこの近くに働く場所を見つけてきたんです。明日から忙しくなりまっせえ」
骨付き羊肉の照り焼きにかぶりついてニッコリするシャルロッティを見て、そのバイタリティにみんな笑顔になる。ただレオンシュタインはフリッツらと相談して、シャルロッティへの金銭的な援助を決めたのだった。
§
シャルロッティの訪問で、レオンシュタインはフリッツとヤスミンとともにペルトラン大学へ行く予定が伸びてしまう。
「ヤスミン……。ごめんね」
「ううん、いい。マスターが一緒に行ってくれるから」
フリッツは1回、大学を見学していて、とても学びやすそうな大学だと教えてくれていた。レオンシュタインは、早く行こうと思っているものの、自分のレッスンやフラプティンナ姫のレッスンがあり、殺人的に忙しい。でも、このままじゃヤスミンが……。
そう悩んでいる間に、フリッツとヤスミンにとんでもない依頼が舞い込んだのだった。
§
それから3日後、帝国きっての名門貴族カハトラ公爵家の屋敷にフリッツとヤスミンの姿があった。
その理由はこうだ。
帝国でも有数の貴族の1つであるカハトラ公爵家の財政が悪化し、その公爵家のお嬢さんが借金のカタに無理矢理結婚させられそうになっていると、外国貴族の子弟から帝国政府に訴えがあったらしい。
それを重く見た帝国の重臣ヴィフトの進言を受けて、皇帝がカハトラ公爵家の財政立て直しについて適任者を探すよう命じたところ、ユラニア大陸で伯爵家の財政立て直しに成功したフリッツに白羽の矢がたったというわけだ。
「私が公爵家を……。これは重責ですねえ」
グブズムンドルの公爵家、まして突然の依頼にフリッツは戸惑うが、ヴィフトからアドバイス程度でもかまわない、責任は問わないという言質をとっている。
しかも皇帝からの依頼とあれば断るわけにもいかない。
(レオンさん、公爵家の領民、そして令嬢のためにやってみますか。これも未来につながるよい経験になりそうです)
(マスター。困ってる人を助けるよ)
正式な依頼は公爵家でおこなうとのことで、フリッツとヤスミンが公爵家まで出向いてきたというわけなのだ。
公爵家に到着後、フリッツたちはすぐにゲストルームに案内される。さすが帝国でも有数の公爵家である。壁には大理石を用いた輝くような白壁であり、天井からもいくつもロウソクを取り付けたシャンデリアがぶら下がっている。
歴代公爵家の肖像画が壁に並べられ、女神像などの彫刻も公爵家当主が座っている椅子の周りに飾られていた。すっかり暗くなった夕刻、その美しいゲストルームに異様な緊張が広がっていた。
「勅命である」
ヴィフトが宣言した瞬間、その場の全員が膝をつき、頭を垂れる。
「大陸から領土経営の専門家が我が帝国を訪れている。その専門家の意見を取り入れ、財政の改善を図るように。期間は3月20日までとする。グブズムンドル皇帝シーグルズル七世」
「勅命、謹んでお受けします」
公爵は厳かに返答し、フリッツの方に向き直る。
「私はカハトラ公爵である。専門家殿のお名前は?」
「フリッツと申します。こちらに控えているのは私の身の回りの世話をいたしますヤスミンと申します」
公爵は年の頃は40台半ばで、ハルパの父親だけあり若い頃は浮き名を流しただろうと思われるイケメンである。やや紫色の髪と茶色の瞳がとても似合っている。侯爵はフリッツと握手を交わすと横から執事が提案をしてくる。
「では早速、歓迎パーティーを……」
執事の言葉にフリッツは感謝を述べつつ、それを辞退し、すぐに帳簿の閲覧を申し出た。
「期間は3月まで。1日たりとも無駄にできませんから」
いきなりの申し出に執事はやや戸惑いの表情を見せる。全てを揃えるのに明日の昼までかかると言い、準備ができるまで休息してほしいとフリッツに伝えてきた。
「そうですね。長旅で疲れも出ています。夕食も済ませてありますので部屋でゆっくりと休ませてもらいますね」
そう言うと二人はメイドに先導され、宿泊する部屋に案内されていった。廊下を通るとき館内の装飾に目を凝らしていたフリッツだが、とくに華美な装飾は見られない。
(ふむ……)
部屋に通され2時間ほど休息した後、フリッツは隣の部屋のヤスミンを呼ぶ。
「何か用か?」
音もなくヤスミンは部屋に入ってくる。
「ヤスミン。あの執事を見張ってください。執事が隠匿している帳簿があったら手に入れて欲しいんです。できますか?」
「当たり前」
ヤスミンに黒づくめの衣装を差し出しつつ、フリッツは手短に依頼内容を説明する。
「ヤスミン。無理はしないでください。黒幕は多分、執事です」
「なぜ?」
「帳簿なんてお金の出し入れが書かれているに過ぎません。それをすぐに見せないのは後ろ暗いことがあるからでしょう」
すぐに服を着替えたヤスミンは、早速、夜の闇の中に紛れてく。その様子をフリッツは心配そうに見送るのだった。




