第102話 馬鹿ばっか
王国歴163年2月22日 午前11時 帝国騎士団 訓練施設にて――
「イルマ!」
小隊のみんながイルマの側に駆け寄り、オウジンが顔にそっと水をかけると少しだけ目を開けた。
「……上級貴族をぶっ飛ばしてやったよ。……見てたかい?」
「ああ。見てたよ」
それを聞くとイルマは笑顔を見せるが、また意識を失ってしまった。
「救護班!」
イルマはすぐに救護室へと運ばれて行く。それを見ていた最年少の騎士は、小隊長に1つのお願いをする。
「……なあ、オウジン。俺を殴ってくれ」
バシンと会場に大きな音が響くと、その騎士は口の中から血を吐き出し、腹の底からの声を出して気合いを入れる。
「俺、間違ってたわ。何が公爵、伯爵だよ。そんなのを気にしてた俺は騎士じゃない。騎士はイルマだけだった。俺は恥ずかしい」
そう言うと、試合の場所にゆっくりと歩いていった。
試合が始まると相手はすでに戦意を失っていた。イルマの気迫に当てられてしまい、いつものような下級貴族に対する心理的な有利さを全く感じなかった。それどころか、貴族階級を全く無視して攻撃してくる相手に恐ろしさを覚えていた。
続くオウジンも強敵相手に善戦し2人を倒すがヴァトナ隊はそこから覚醒する。
あっという間に逆転し、気がつけばヘクラ隊は最後の一人まで追い詰められていた。ヴァトナ隊はあと2人残っている。次の相手は騎士団の中でも最強と名高いラカギガルだった。
「最高のシチュエーションだな」
ヘクラ隊の最後の騎士はアーリという平民の次男だった。隊の中でも練習に真面目に取り組んでいるのだが、なかなか伸びきれずにいた騎士だった。アーリはこれまでの連戦で疲れ果てていたが闘志は失っていなかった。
「二人に勝ったら、俺、イルマに求婚しようと思う」
「おいおいマジか。それ、俺がやろうと思ってたのに」
アーリが冗談を言うのを仲間たちは初めて聞き、オウジンが笑顔で返す。そこに肩を支えられたイルマが入ってきた。
「おお、みんな頑張ってんじゃん。あと2人だね」
「イルマ!」
みんなの声にイルマは笑顔で答えるとアーリに声をかける。
「すごいじゃん。アーリ。ぶっとばせ!」
「ああ!」
そう言うと、アーリは剣を構えて対戦場に進んでいった。対戦直前、ラカギガルはアーリに向かって、
「なあ、イルマさんに求婚してもいいか?」
と真顔で話しかけてきた。
「それは無理だ。ヘクラ小隊、全員を倒せるならやってみろ!!」
そういうと猛然と剣を振るい始めた。相手は剣豪の貴族で、こちらは平民の息子。
(それがどうした!)
今までやってきた練習を思い出す。きついと思ったこともあるが、数ヶ月前にイルマが入隊してきてから、隊の雰囲気は変わった。みんな笑うようになった。何度も攻撃するアーリだったが、全てあしらわれてしまう。ラカギガルに隙はできなかった。
それどころか剣圧に押されてしまい、あっという間に会場の隅に追いやられていた。もう後がないと、アーリは剣を下段に構え直す。イルマと対戦した時に唯一、勝てた技。
(これに全てをかける)
そう考え、少しずつ相手と距離を詰めていく。ラカギガルが突進してきた瞬間、アーリは体を横にずらし、同時に頭上に剣を振り上げ、相手の剣の柄を目がけて振り下ろす。
電光石火の動き。
よし届いたと思った瞬間、敵の剣が自分の剣を巻き上げて頭上に飛ばしていた。
「勝負あり」
肩を落として、アーリは落ちてきた自分の剣を拾う。あと10cm速く届けば、あの剣豪を倒せたのだと悔しさに視界が霞んでしまう。
「よくやったよ、アーリ。あと少しだったね」
イルマが大声で健闘を讃えてくれたけれど、アーリは悔しさで顔を上げられない。そんなアーリを見てイルマは側に寄っていく。
「アーリ、顔を上げなよ。いい試合だったよ」
ますます顔を上げられないアーリを見て、ふっと笑顔になったイルマは彼を優しく抱きしめていた。赤い髪が顔にかかり、いつもはそっと香るライラックの匂いを何倍も強く感じる。イルマの胸に頬が当たり、アーリは真っ赤になる。
気にせずそのままぎゅっと抱きしめてイルマはアーリの頭をなでていた。それを見ていたヘクラ小隊のメンバーは、すぐに行列を作ってしまう。
「イルマさん。次は私を強めにぎゅうっとしてください!」
「アーリはもう元気が出たので、次は落ち込んでいる自分でいいっすか?」
見ていた仲間たちは口々に申し出て、さらにイルマに近づいていく。強引にイルマから離されたアーリの顔は真っ赤なままだ。
イルマは思わず溜息をつきながら、
「本当、馬鹿ばっか」
とびきりの笑顔でヘクラ隊のメンバーを眺めるのだった。




