表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
末法の退魔師 ~戦国妖鬼討滅伝  作者: ビジョンXYZ
第二章 越後の龍
76/77

第二十八幕 潜みし刺客

 越後守護代長尾家の居城である春日山城。広大な山腹全体に渡って城郭が張り巡らされ、その中に主将の屋敷や政庁、様々な防衛施設などが点在しているのが特徴だ。それらの施設を守る最も外縁に位置する三の丸。


 その三の丸の御殿に現在、城主の景虎を始め長尾軍の重要人物が何人も集って朝餉の真っ最中であった。といっても勿論彼等はただ集まって朝食を摂っている訳では無い。朝餉はついで(・・・)であり、その本題は……



「殿……我々は殿の兄君である晴景殿の反乱(・・)という一大事について、その作戦会議(・・・・)のために集まったはずですが……そちらにおわす尼僧(・・)は一体どなたでいらっしゃいますかな?」


 三の丸の座敷で朝餉の席を囲みながら、景虎の隣の席に座す妙玖尼に対してやや胡乱げな目を向けるのは、宇佐美定満と名乗った長尾軍の武将であった。


「林泉寺の関係者でしょうか? いずれにせよ戦の軍議の場には些か場違いではいらっしゃいませんかな?」


 定満は露骨に不審そうな態度を取る。因みに林泉寺とは春日山城下にある、景虎がまだ虎千代と名乗っていた頃に入門していた寺のことだ。幼少期の景虎はここで学問や武芸を学び、現在『越後の龍』とまで呼ばれる才能を開花させて越後統一を果たしたという経緯もあり、景虎の庇護の元で今も隆盛を誇っているのは余談だ。 


「それとも……戦の場にも同行させる小姓(・・)代わりかな? 音に聞こえた龍殿は少々特殊な嗜好(・・・・・・・)をお持ちのようだ」


 揶揄するように陰険な笑いを上げたのは定満の向かい側に座る武将で、景虎の義理の兄(・・・・)にあたる長尾政景だ。あの綾御前の夫でもある。しかし景虎の軍門に下った経緯を考えれば当然なのかも知れないが、義理の『妹』である景虎にあまり良い感情を抱いていないようだ。


「おほんっ!! ……旦那様?」


「……っ! う、うむ、まあ、龍殿の事だ。何かやんごとない理由があるのだろう。まずは龍殿の話を聞こうではないか」 


 やはりこの場に同席しているその綾御前が少し大きめに咳払いすると、政景は途端に動揺して目を泳がせて迎合的な態度に変わる。どうやら家庭内力関係は完全に妻の方が上のようだ。まあ綾御前の性格と立場、そして二人もの嫡子の生母であるという事実を考えれば妥当な関係ではあったが。


 城主である景虎自身、そして綾御前と定満、政景。それに景虎の護衛(・・)として随伴する妙玖尼。この五名がこの朝餉に参加している面子であった。あとはそれぞれの武将達が連れてきた側仕えの武士たちが部屋の隅に帯刀して控えているのみだ。


 越後にも長尾軍にも当然他にも多くの家臣や豪族がいるが、大半は景虎たちの決めた事に従うのみで、勢力全体の意思決定をする立場にはない。特にこのような緊急審議の場合、君主の景虎と軍師たる定満、そして有力豪族の筆頭である政景が揃っていれば、最低限こと足りてしまうのだ。そしてそこに『龍使い』たる綾御前も加わっていれば、即ちそれが現在の越後国の最高意思決定機関という訳だ。



「皆の疑問は尤もだな。こちらは金剛峯寺の妙玖尼殿だ。彼女にこの場に同席してもらっている理由は……私の護衛(・・)としてだ」


 定満や政景の疑問を受けて頷いた景虎は、彼等に妙玖尼を紹介する。定満と政景が眉を上げた。


「護衛? 帯刀もしておらぬ、その尼僧が?」


「そうだ。彼女は非常に腕利きの退魔師(・・・)でな。信濃では何度も命を救われた。彼女がいなければ今頃私はとうに妖魔(・・)に殺されて、信濃の土の肥やしになっていた事だろう」


「……!!」


 景虎の答えに定満の表情が厳しいものになる。どうやらそれだけで今回の晴景の乱にも妖魔が絡んでいるという事情を察したらしい。伊達に軍師を名乗ってはいないようだ。


「よ、妖魔だと? 龍殿は気でも違ったか? それが彼女がここにいる理由と何の関係がある?」


 一方、定満ほど頭は切れないらしい政景は疑問符を浮かべて首を傾げる。妻である綾御前がその様子に溜息を付いた。


「つまり信濃で景虎が妖魔に襲われた件と、今回の兄の反乱は繋がっているという事です。そして報告では信濃で兄に呼応するようにやはり景虎へ謀反を起こした大熊朝秀は、妖魔に変じて(・・・・・・)景虎を襲ったとの事。……ここまで言えば当然もうお分かりになりますね?」


「……っ! も、もも、勿論だとも、綾よ! 全く、晴景め。こともあろうに薄汚い妖魔なぞと手を組むとは、武士の風上にも置けぬ所業よ。一度はあやつに与した身として恥ずかしい限りよな!」


 綾御前の発する圧に『夫』である政景は冷や汗をかきながら迎合する。政景自身が過去に景虎の家督相続に不満を抱いて謀反(綾御前が政景に『輿入れ』する事になった要因)を起こしているが、それ以前にも晴景とまだ幼い景虎が家督を巡って対立した際に晴景側に与したという過去がある。


 過去にこれほど敵対した人物を重臣にしてしまうのだから景虎の度量の広さは勿論、綾御前の手腕(・・)も大したものだと認めざるを得ない。


 しかし現在敵対したとはいえ、過去には仲の良かった兄弟である晴景のことをこのように扱き下ろせば、綾御前はともかく情に厚い景虎がどのように思うか想像できない所からも、政景という人物の器量が伺い知れた。



「そういえば……晴景殿は簒奪に成功した暁には武田と和睦する(・・・・・・・)と宣言しているとか? となると、よもや此度の騒動そのものも……?」


 一方、定満は既にこの『反乱』の裏の事態にまで考えが及んでいるようだ。景虎は神妙な表情で首肯した。


「うむ……私は既に武田が妖魔と手を結んでいるという確信(・・)を得ている。今回の兄上の反乱の裏には間違いなく武田の存在があるはずだ」


「……!! 『甲斐の虎』……あの(・・)武田晴信が妖魔と手を組んだとなると、由々しき事態ですな。この越後や信濃はおろか、下手をすれば日ノ本そのもの(・・・・・・・)にとっての脅威となるやも知れませんぞ」


 やはり定満はかなり頭が切れるようだ。強力な戦国大名が妖魔と繋がった際の脅威を正確に認識している。


 隠居の立場だった斎藤道三でさえ、美濃を揺るがすような脅威となったのだ。一国を統べる戦国大名、ましてや知勇兼備と名高い有力な(・・・)大名がもし妖魔の勢力に取り込まれたら…………定満の懸念は決して大袈裟ではない。


「まさしく定満の言う通りだ。今回の兄上の反乱を鎮圧する事で、その後ろにいる武田や妖魔を炙り出すことが真の目的だ。皆には武田との前哨戦(・・・)のつもりで事に臨んで欲しい」


 景虎の言葉に神妙な表情で頷く一同。正確には政景だけは唖然とした顔のままであったが、ここで余計な事を言うとまた綾御前から大目玉(・・・)を食らうということだけは解っているらしく、とりあえず場の空気に合わせる知恵はあるようだった。




 その後、朝餉を終えた彼等が本格的にまずは対晴景軍の対策を話し合おうとした時、部屋の隅に控えていた武士の一人が唐突に立ち上がった。突然の動作だったため、部屋の全員の視線が彼に集中した。


「彦五郎? 急にどうした? 厠か?」


 定満が眉を上げる。どうやら定満が随伴させていた武士の一人だったようだ。三十は越えていないと思われる比較的若い武士であった。彦五郎と呼ばれた武士はそれには答えず、懐から真っ赤な布に包まれた玉のような物を取り出した。


「……我が主(・・・)よりのご命令だ。この機会を利用して越後長尾の重鎮たちを一網打尽にせよ、とな」


「な、何だと……!? 貴様、よもや……!?」


 定満が目を瞠った。唖然としていた他の随伴武士たちも一斉に刀を抜いて彦五郎に向ける。だが彼はそれを意に介さず、玉を包んでいた赤い布を取り払った。すると……



「ッ!! これは……瘴気(・・)!? 景虎様、お下がりください!!」



 それまで約束通り一切口を挟むことなく無言を貫いていた妙玖尼が、初めて沈黙を破った。赤い布を取り去って出てきたのは、全ての光を吸収するような黒一色の球体であった。禍々しい瘴気を色濃く発散している。どうやらあの真っ赤な布は瘴気を遮断する効果があったようだ。それで妙玖尼も気づかなかったのだ。


 彼女は唇を噛み締めた。邪気や瘴気を感知できる自らの感覚に頼りすぎていた事が仇となった。痛恨の不覚であった。これなら妙玖尼ではなく紅牙が護衛として同席していた方が、むしろ彦五郎の不審な気配にいち早く気付いていたかも知れなかった。


 だが悔やむのは後でも出来る。今はとにかく景虎の安全を確保する事が先決だ。彼女の記憶が確かならあの球体は『瘴気石』のはずだ。それも磨き(・・)抜かれて、より強い瘴気を内包しているようだ。


「瘴気だと!? それでは奴は妖魔の……。おのれ! 斬れ! そやつを斬れっ!」


 景虎も目を剥きつつ立ち上がり、妙玖尼の言葉に事情を察してその整った容貌を憤怒に染める。妖魔に与した者に慈悲が必要ないことは朝秀の一件で痛感しているようで、即座に周囲の武士に彦五郎の誅殺を命じる。


 領主からの命令に武士たちが一斉に彦五郎に斬りかかる。だが……


『クハッ! 遅いわッ!!』


 彦五郎は人間離れした体術で武士たちの斬撃を躱しつつ自身の刀を抜き放つと、やはり恐ろしい速さで刀を縦横に煌めかせる。


 ――夥しい鮮血が舞い散った。一瞬の内に、斬り掛かった武士たちの生首が部屋に転がり散った。頭を失った複数の胴体が血潮を噴き上げながら崩れ落ちる。


「うひぃっ!?」


 その光景に政景が武士にあるまじき悲鳴を上げる。凄絶なまでの剣技だ。確実に紅牙よりも速い。そこで妙玖尼は彦五郎が額から角を生やし、目を赤く光らせ、口からは牙を覗かせていることに気づいた。


 長時間濃い瘴気に当てられた人間が変異する鬼……外道鬼だ。それもただの外道鬼ではなく、美濃でも彼女たちを散々苦しめた鬼武士だ。『瘴気石』から噴き出る瘴気が濃すぎて気づかなかったが、彦五郎自身もいつの間にか鬼武士へと変じていたのだ。


「ぬぅ! おのれ、鬼め……!!」


 だが流石に景虎は怯むことなく、側に置いてあった薙刀を手に構える。定満も既に抜刀している。定満の腕前は分からないが、景虎なら鬼武士相手でも持ち堪えられるはずだ。そこに妙玖尼の法術による援護があれば、この場で彦五郎を討伐することも可能なはずであった。


 綾御前も努めて冷静に景虎の後ろまで下がる。この修羅場でも動揺しないとは大した胆力だ。だが……



「ひ、ひぃぃ!! た、助けてくれぇっ! 誰ぞ! 誰ぞ出合えぇ!!」


 その綾御前の『夫』である政景は錯乱したように叫んで部屋から遁走しようとする。錯乱した彼は却って景虎や妙玖尼たちの邪魔になってしまう。そして当然そんな隙を見逃す敵ではない。


『誰も逃さんっ!!』


 彦五郎は左手に持っていた『瘴気石』を……床に叩きつけて割った(・・・)


「な……」


 妙玖尼も景虎も定満も綾御前も……皆が一瞬呆気に取られた。美濃では『瘴気石』は妖魔を呼び寄せ、その活動範囲を広げる結界石のような使い方をされていた。意図的に割るというのは妙玖尼も初めて見る使用方法(・・・・)だ。そしてその効果(・・)はすぐに現れた。


 二つに割れた『瘴気石』の中から、黒い煙がもうもうと立ち昇った。その黒い煙はすぐに固まって実体化し、人の形(・・・)を取って『着地』する。数瞬の後、そこには燃え盛る灰を固めて作ったような表皮を持つ、筋骨隆々の魁偉な巨漢の姿があった。その『目』に当たる部分が赤く発光し、景虎たちを睨み据える。



『やれ、煙々羅(えんえんら)!! 奴等を皆殺しにしろ!』



 燃え盛る灰の巨漢――煙々羅の後ろから、彦五郎が景虎たちを指さして命令する。命令を受けた煙々羅の目が一際強く明滅し、奇怪な唸り声を上げながらその灰の腕をこちらに突き出してきた。


「っ!! 皆、私の後ろへ! 『オン・クロダノウ・ウン・ジャク!!』」


 本能的に危険を感じた妙玖尼は、景虎たちを後ろに庇いつつ『真言界壁』の法術を発動する。ほぼ同時に煙々羅の腕から炎の渦(・・・)が発生し、妙玖尼たちを丸ごと包み込んで巨大な火柱(・・)を立てながら激しく燃え上がった!

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=762691327&size=135 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ