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第63話 業務効率化の果てのデッドロック

 火花は、一つでは終わらなかった。


 赤熱した配管の継ぎ目から、青白いアーク放電が連なって爆ぜる。

 次の瞬間、閃光とともに金属管が破断し、飛び散った火花が床のコンクリートを焦がした。

 最後の安全弁が、焼き切れた。


 行き場を失った数十万ボルトの高圧サージが、主幹網を逆走し始める。

 主配電盤の指針が一斉に右端へと張り付き、地下室の天井からけたたましい主警報サイレンが鳴り響いた。


「……駄目です、主幹網に逆流します……!」


 監視卓の若手技師が青ざめた声を絞り出すより早く、ミレイは主幹制御卓へ踏み込んでいた。

 激しく明滅する計器盤に視線を迷わせることもなく、制御卓の端にある黄色い手動トリガーレバーへ真っ直ぐに手を伸ばす。

 一気に奥へと押し倒す。


 カチリ、と硬質なラッチ音が響いた。


 主幹網の深層に組み込まれていた民生防護回路が、即座に起動する。

 一般市街地、住宅街、スラム、そして中央病院へと繋がる受電ラインの保護リレーが、ミリ秒単位で一斉に物理遮断された。

 街の灯りを支える主要インフラ網は、逆流の波形から瞬時に切り離され、無傷のまま隔離される。


 だが、逃げ道を塞がれた数十万ボルトの奔流は消滅したわけではない。

 高圧サージは主幹網を猛烈な勢いで逆走し、一直線に向かっていった。

 ——帝国魔電公社、本社ビルへ。


 地下メイン電算室の受電盤に、過電圧の奔流が直撃した。

 避雷器もバイパス弁も備わっていない盤面で、メイン電算機ラックのコンデンサと変圧器ユニットが、パンッ、パンッと乾いた破裂音を立てて連続短絡を起こす。

 基幹電算システム、電子会計サーバー、通信制御盤の素子が焼き切れ、給電遮断とともにインジケーターのランプが一斉にブラックアウトした。


 短絡の連鎖は、最上階の役員フロアへ冷気を送っていた専用大型魔導空調室へも波及した。

 動力回路にサージが入り込み、巨大なコンプレッサーが鈍い軋み音を立てて焼き付く。


 役員室の天井にある給気ダクトから吹き出していた冷風が、ピタリと止まった。

 代わりに出てきたのは、焦げ付いた機械油の生温かい臭気だけだった。


 午後の直射日光が、遮るもののない巨大な一枚ガラスから容赦なく差し込んでくる。

 帝都を一望するために嵌め殺された巨大窓は、開けることすら叶わない。

 冷気の供給を絶たれた密閉空間の室温は、みるみる跳ね上がっていった。


 厚手ウールのスーツを着込んだ役員たちが、噴き出す汗に顔を歪めている。

 ネクタイを乱暴に緩め、ハンカチで額を拭うが、重苦しい熱気はじっとりと肌にまとわりついた。

 卓上の端末を叩く音が重なり、苛立った呻きが漏れる。


「画面が消えているぞ! 電算端末がまったく反応せん!」

「蒸し風呂じゃないか……! おい、どうなっている!」


 怒声と荒い息遣いが立ち込める中、レジナルド・クロフトもまた、ベストの襟元に指をかけていた。

 額から顎へと脂汗が伝い落ちる。

 役員の一人がハンカチを固く握り締め、クロフトのデスクへと詰め寄った。


「クロフト顧問! 貴様が主導したインフラ適正化の成果がこれか! 今すぐ現場の復旧班を呼び出せ!」


 クロフトは役員を一瞥もせず、手元の携帯魔導端末をタップした。

 中央変電所への直通緊急回線が開く。

 汗に濡れた指先とは裏腹に、スピーカーへ向けた声は平板だった。


「中央変電所か。レジナルド・クロフトだ。ただちに現場の全要員を緊急招集し、本社へ急行させろ。電算ラインの機能停止だ、全工数を最優先でこちらに回せ」


 端末の向こうから、用紙をめくるパサリという硬質な音が返ってきた。


『恐れ入ります、クロフト経営顧問』


 ミレイの声には、一切の淀みがなかった。


『現場要員の緊急出動はいたしかねます』


「……何だと?」


『クロフト顧問が策定され、役員会で可決された固定費適正化規程に基づき、現場の緊急待機および宿直体制は全面廃止されております。現場要員を稼働させるには、三階層承認と所定の書式による、三営業日前までの事前申請が必要です』


 クロフトの指先が、端末の縁で一度だけ止まった。


「……同規程の第七条に、緊急即時出動の例外ルートがあるはずです。それを適用してください。以上」


 蒸し風呂の室内で、その声だけが妙に冷えていた。

 だが、通信口から戻ってきた声は、それ以上に冷ややかだった。


『緊急即時出動ルートですね。承知いたしました。……ですが同規程により、不正防止のガバナンス強化として、紙面による例外処理は全廃されております。出動承認には、本社基幹電算システムを通じたリアルタイム電子稟議の決裁ログが必須要件です』


 静かな一拍が落ちる。


『そちらの基幹サーバーは、現在すべて応答を停止しております』


 紙を一枚めくる、乾いた音。


『……起案用紙を、郵送いたしましょうか?』


「…………っ」


 クロフトの喉から、掠れた息が漏れた。

 指先から力が抜け、握りしめていた端末を取り落としそうになる。

 反論を探して激しく唇を震わせるが、声は掠れて上がってこない。


「……ば、かな……」


 クロフトの顔から、完全に血の気が引いた。

 その瞬間、通信を耳にしていた役員たちの怒りが爆発した。


 ドォン! と重役机を叩きつける鈍い衝撃音が室内に轟く。


「三営業日だと……!? 基幹システムを止めたまま、三日も放置しろというのか!」

「貴様の改革とやらは、有事に何一つ動かんのか!」

「公社を破綻させる気か! どう責任を取るつもりだ、おい!」


 詰め寄る役員たちの怒声と、脂汗を滴らせた影がクロフトを呑み込んでいく。

 クロフトは通話の切れた端末を握ったまま、黒く沈んだその画面から目を離せずにいた。


---


 リビングの革張りソファーの上で、シュンの膝元に収まっていたノアが、微かに身じろぎをして目を覚ます。

 眠そうに目をこすりながら、ソファーの上でちょこんと座り直した。


「シュン様、ノアちゃん。目が覚めましたか〜?」


 リリアが柔らかく微笑みながら歩み寄り、水滴のついた硝子グラスを差し出してきた。

 冷えた茶色の水面に、氷が小さく揺れている。


「冷たいお茶をどうぞ〜」


「ありがとう、リリア。……寝起きにちょうどいいや」


 グラスを傾けて一息ついたシュンは、ふと、壁面のオシロスコープに目を留めた。

 緑色の輝線が、特異な波形を刻んでいる。

 グラスを手にしたまま、身を乗り出す。


「……雷サージかな。ずいぶん大きな電圧が乗ったみたいだ」


 波形を指で追う。

 市街地やスラム、中央病院へと繋がる受電ラインの波形は、ピークに達する直前で綺麗な直線を描いて遮断されていた。

 ミリ秒単位で保護回路が作動した痕跡。


「現場の保全がしっかり行き届いているな。これなら街の停電は防げたはずだ」


 シュンは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

 だが、続けて公社中央棟の受電ラインの波形を目にした瞬間、不可解そうに首をかしげた。


「……変だな。なんで公社本社だけ、こんな極端なサージ直撃を受けて全損してるんだ? あそこには最優先の多重遮断器と、フェールセーフ用の迂回保護回路を組んでおいたはずなんだけど……」


 窓際のサイドテーブルで工具を磨いていたシエラが、手を止めずに口を開いた。


「本社回線、応答なし。……あなたが組んだ保護回路が生きていたなら、こうはなりません。誰かが外したのでしょうね」


「ええ……? あそこ、僕がいた頃は三重の安全マージンを取ってあったのに。誰がそんな無茶なことしたんだろ……」


 シエラは手にしていた整備用クロスをトレイに置き、静かにシュンを見つめた。


「気になりますか?」


「え? ……ううん、別に。元技術者としては、変な波形があると目についちゃうだけだよ。もう退職した身だし、僕には関係ないよ」


 シュンは苦笑しながら首を横に振った。


「まあ、さすがに本社の異常だしね。予備機もあるし手順書もある。すぐに対応されるでしょ」


 手元のグラスに残った冷たいお茶を、最後の一口まで飲み干す。

 コトン、とテーブルにグラスを置く乾いた音。

 グラスの底で、小さな氷が一つ、静かに音を立てて溶けていった。


最後までお読みいただきありがとうございました!


「机上論コンサルの自滅ざまぁ痛快!」「ミレイ主任の反撃カッコいい!」「現場を舐めたツケが回った!」「スカッとした!」と感じていただけましたら、広告下部の【ブックマークに追加】や【ポイント評価(★)】をポチッと押していただけると大変励みになります!

次回も明日【18:00】に更新予定です!

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