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第49話 違法パルスへの倍返し、そして大暴走への引き金

 防爆扉が乱暴に跳ね開けられ、大型冷却ファンの風切り音が通路へと漏れ出した。

 青白い計器の光に満ちた地下中央管制室へ、豪奢な軍服の胸元を乱したヴォルフラム局長が踏み込んでくる。

 肩で荒い息を繰り返し、血走った眼光でずらりと並ぶコンソールを睨み据えた。


「準備は済んだのか」


 低く濁った声が、大型ファンの風切り音を切り裂く。

 主幹制御卓の前に座る主任技師が、青ざめた顔で立ち上がった。

 震える指先が、帝都全域の送電網を示す系統図を指し示す。


「きょ、局長……正気なのですか!? リミッターを全解除した過負荷出力に、周辺の変電設備が耐えられるはずありません!」

「四の五の言うな。動かせ」

「民間回線まで巻き込みます! 市街地で大規模な過電流事故になりかねません……!」


 技師の胸ぐらを、ヴォルフラムの手が鷲掴みにした。

 軍服の袖口が軋む音が鳴り、技師の身体が宙に浮きかける。

 至近距離から、唾の飛ぶ低い囁きが叩きつけられた。


「手遅れになれば、全員終わりだ。……私の首が飛んで、貴様らだけが無事で済むと思うなよ」

「ひ、ヒィッ……!」

「愚民どもの電球がどれほど割れようと知るか! 最大出力で照射しろ! 地下最深部まで、死角を一切残すな!」


 ヴォルフラムは技師を床へ突き飛ばすと、自ら主幹制御卓の黄色い保護カバーを跳ね上げた。

 ためらいなく、赤く塗られた安全リミッター解除レバーを力任せに押し下げる。


 ガチャン、と重い金属音が響いた。


 頭上のアーク放電灯が一瞬激しく明滅し、電圧降下のアラートがけたたましく鳴り響く。

 地下の送電幹線から強引に引き出された過負荷の魔導電力が、天井を走る太い銅製ケーブルを激しく震わせた。

 屋上にそびえる基幹魔導アンテナの先端に、紫色の光球が膨れ上がる。


 バチィィン、と空気を切り裂く放電音が夜空に木霊した。


 機体コードNOAHの固有共振周波数に同調させた不可視の高出力電波が、波紋のように無差別拡散していく。

 アスファルトを透過し、帝都の地下深くに横たわる岩盤の隙間へと、パルスが伝播していった。


---


 地下要塞のダイニングでは、穏やかな夕食の時間が続いていた。

 シュンの膝の上には、小柄なノアがすっぽりと収まり、ピザを美味しそうに頬張っている。


「ノア。シュンの膝の上は椅子ではありません。きちんと自分の席へ戻り、姿勢を正しなさい」


 向かいの席で、シエラがティーカップをソーサーに戻しながら、視線を向けた。

 だが、ノアはシュンの胸元へあどけなく頭を預ける。


「だって……シュンの膝の上、すっごくあったかいんだもん」

「温まりたいのであれば、空調の温度設定を上げるか、リビングのソファーへ移動すれば済む話です」

「えへへ、シュンがいいの。ね、シュン?」


 見上げてくるノアに、シュンは苦笑しながら背中をそっと支えた。


「まあまあ、シエラ。ノアも今日はずっと水耕プラントで頑張ってくれたんだし、これくらい構わないよ。重くもないしね」

「シュンがそうやって際限なく甘やかすから、この子の生活規律が乱れるのです」


 シエラは小さく息をつき、カップへと視線を落とした。

 その横から、リリアが柔らかな足音で歩み寄り、シュンのカップへカモミールティーを注ぎ足す。


「ふふ、たくさん召し上がってくださいね。……今日のピザ、ノアちゃんが収穫したトマトがとっても甘くできていましたよ〜」

「リリア、ありがとう。……本当に、ここから一歩も出たくなくなるよ」


 シュンがカップを手に取り、穏やかな香りを吸い込んだ、その時だった。


 チリッ、と壁の埋め込みサブモニターから乾いた電子音が響いた。


 ノアの手がピタリと止まる。

 きょとんと首を傾げ、壁面のオシロスコープ画面へとまっすぐに視線を向けた。


「……ん?」


 シュンがノアの視線を追って、壁のモニターへと目を向けた。

 外部受電バイパスの測定ラインを示す緑色の輝線が、細かく毛羽立つように震えている。


「どうしたの、ノア?」

「……変な波が、来てる」


 ノアはピザを持ったまま、袖口の先でモニターを指差した。

 ピザを持つ手が、止まったままだった。


「波?」


 シュンは膝の上のノアを抱え直し、壁のオシロスコープを見つめた。

 緑色の輝線が、棘のように尖ったノイズとなって激しく跳ね上がっている。


「……ひどい波形だ。めちゃくちゃな出力で、何か垂れ流してるな」

「電波の垂れ流し……ですか?」


 シエラが目を細め、食卓の脇にある情報コンソールへと視線を走らせた。


「ゼロ・ターミナルの外殻シールド、および受電トランスの減衰値は許容範囲内です。居住ブロックへの物理的干渉、および魔力漏洩の兆候は認められません」

「うん。ここは岩盤の深さと遮蔽材で守られてるから、僕たちの生活には何の影響もないよ」


 シュンは穏やかに答えたが、膝の上のノアはモニターを見つめたまま、どこか居心地悪そうに身を縮めていた。


「……あの波、なんか変で……やだな」

「そっか。……気になるかい?」


 ノアが首をすくめるのを見て、シュンはポンポンと優しくその背を叩いた。


「違法な電波みたいだし、うちの受電ラインに入ってこないように遮断しておこうか。ノアが嫌な思いをする必要なんてないからね」


 席を立つことすら億劫なシュンは、テーブルの脇に掛けてあった携帯型の作業端末を手元へ引き寄せた。

 膝の上のノアを抱えたまま、片手の親指で手慣れたキー操作を走らせる。

 外部受電端にノッチフィルターを割り込ませ、不要な高調波帯をアースへとバイパスする相殺ルーチンを素早く組み上げていく。


 そのすぐ横で。

 ノアの目が、すっと静かに細められた。

 受信端子が拾ったログの中に、見覚えのある波形があった。


(……ボクと、同じだ)


 シュンが「違法だから遮断する」と言った。

 対処していい、悪い電波。

 膝の上で抱えられたまま、ノアは小型学習端末の裏面ポートへそっと指先を滑らせた。


 超並列演算コアが、冷却ファンの音ひとつ立てずに無音でフル稼働を始める。

 受電バイパスをかすめたパルスの波形、振幅、位相、キャリアの歪み成分を、コンマ数秒で完全に逆算。

 シュンが構築していく遮断フィルターの背後に、ノアは極小の偽装パケットを滑り込ませた。


 索敵波の搬送波に寸分の狂いもなく同調させた、完全な逆位相の疑似共振パケット。

 自律学習で蓄積したノイズパターンと高調波サージを濃縮したデータが、要塞の外部送電バイパスを経由し、あたかも地下深層からの反射エコーであるかのように偽装されて地上幹線へと正確無比に返送された。


 タ、とシュンが端末の確定キーを軽く叩く。


「よし、これでフィルター設定完了。変なノイズは全部アースへ逃がしたよ。……どう? もう気にならないでしょ?」


 壁のオシロスコープの波形からギザギザとした乱れが消え、静かな一直線へと戻る。

 シュンが優しくノアの頭を撫でた。

 ノアは手元の端末の画面を素早く伏せると、満面の笑みを咲かせてシュンの胸にしがみついた。


「うん! 変な波、消えたよ! えへへ、シュンありがとう!」

「どういたしまして。さ、冷めないうちにピザの続きを食べようか」


 シュンは穏やかに目を細め、作業端末をテーブルの脇へ戻すと、再びピザの皿へと手を伸ばした。


---


 索敵スクリーンの前に陣取り、ヴォルフラムは血走った眼光で表示部を睨み据えていた。

 爪を噛む乾いた音が、管制室に不気味に響く。


「どうだ! 反応はあったか!」


 コンソールにしがみつく技師が、震える手で感度調整ダイヤルを回す。


「パルス照射、地下第3層を通過……現在、第5層深部へ到達! 反射波の解析を開始します……!」

「逃がさんぞ……。必ず炙り出してやる……!」


 ヴォルフラムが拳を握りしめ、身を乗り出した、その瞬間だった。


 バチィィィンッ!


 鼓膜を劈くような凄まじい破裂音が、管制室全体を揺るがした。

 機体捕捉の反応が出る間もなく、巨大スクリーンの表示が吹き飛ぶ。

 極彩色のグリッチノイズが画面全体を塗り潰し、激しい火花がコンソールの隙間から噴き上がった。


「うわあああっ!?」

「な、なんだこれは!?」


 受信スピーカーから、ガラスを爪で引っ掻いたような耳障りな不協和音と、耐え難い大音量のハウリングが轟き渡った。

 技師たちが両耳を押さえて床に転がり、苦悶の悲鳴を上げる。


 パンッ! パンッ! と甲高い破裂音が連続して響いた。

 送電幹線から逆流してきた過大電流が、超高感度の低周波受信アンプを一瞬で飽和させ、基板上の魔導素子とコンデンサを次々と破裂させていく。

 コンソールの下から、焦げた絶縁油の白煙が噴き出した。


 バツン、と最後のヒューズが溶断し、巨大スクリーンが真っ暗な闇へと沈黙した。

 けたたましい警報音だけが、煙の立ち込める室内に空しく鳴り響いている。


「ひっ……過電流……! 全部焼けてます……!」

「馬鹿な……! なぜ逆流する!?」


 ヴォルフラムは蒼白になり、後ずさりして壁に背中を強打した。


「なぜ逆流する……!? ただの反射エコーではないのか……!」


 叫んだ瞬間、胃の腑を万力で握り潰されたような激痛が走った。


「ぐっ……!」


 脂汗を流し、ヴォルフラムはその場に膝をついて腹を押さえた。

 震える指先で軍服のポケットをまさぐり、胃薬の小瓶を取り出す。

 コルク栓を乱暴に引き抜き、転がり出た白い錠剤を数粒まとめて口へ放り込むと、水を探す余裕もなく無理やり飲み下した。


---


 ダイニングのテーブルでは、カモミールティーの湯気が立ち上っていた。


 ノアはピザの最後の一口をごくりと飲み込み、ふぅ、と小さく満足げな息を吐く。

 シュンの膝の上で、主魔導炉からポカポカとした心地よい熱が伝わってくる。


「……ごちそうさまでした」

「食べ終えたなら、速やかにシュンの膝から降りなさい」


 シエラは小さく息をつきながら、テーブルのナプキンを手に取った。

 シュンの膝の上に座ったままのノアの前へ、すっと手を伸ばす。


「それに、口の端にトマトソースがついています。じっとしていなさい」

「あ……シエラお姉ちゃん、拭いてくれるの?」

「……任務の一環です。顔を動かさないでください」


 ノアが大人しく顔を差し出すと、シエラはナプキンで丁寧にソースを拭い取った。

 そこへ、厨房からリリアが銀のトレイを乗せたワゴンを押して戻ってくる。


「ふふ、デザートに、先ほど収穫したミントとレモンバームの冷たいシャーベットをご用意しましたよ〜」

「わぁ……! 緑色のアイスだ!」


 ノアは小さなスプーンを両手で受け取り、目を丸くしてガラスの器を見つめた。

 おずおずとすくい取って口へ運ぶと、ひんやりとした清涼感が広がったのか、ぱっと顔をほころばせる。

 シュンもまたスプーンを手に取り、背もたれに深く体重を預けた。

 シャリ、と微かな氷の砕ける音が響き、爽やかなハーブの香りが舌の上で静かにほどけていった。


---


 真鍮の振り子時計が、カチ、カチ、と規則正しい音を刻んでいた。

 散乱した書類の隙間で、万年筆の軸が微かに震えている。


 ヴォルフラムは両肘を執務机につき、血の滲む親指の爪を噛んでいた。


 全損した管制室の復旧には2週間。だが、残された時間はあと数時間しかない。

 明朝10時。査察チームに保管庫を開けられれば、その瞬間が破滅だ。


「……開けさせなければいい」


 掠れた呟きが、書類の山に落ちた。

 ヴォルフラムはデスクの端にある法令集を引き寄せ、乱暴にページをめくった。

 緊急時の施設封鎖に関する条項に、血走った視線が留まる。


「そうだ……。炉心トラブルを偽装すればいい」


 乾いた笑いが喉から漏れた。

 魔力汚染の危険を盾に施設全域を即時封鎖すれば、監査チームといえど足を踏み入れることはできない。

 ヴォルフラムは計算用紙を引き寄せ、万年筆で手早く数式を殴り書きしていく。


「冷却バイパスを、わずか3パーセント絞る……」


 ペン先が紙を引っ掻くように、乱暴に数字を並べていく。

 警報さえ鳴り響けば、施設は即時立ち入り禁止だ。明朝の査察さえやり過ごせば、いくらでも帳尻は合わせられる。


「……私の計算に狂いはない」


 ヴォルフラムは嘲笑を浮かべ、緊急封鎖の決裁書類へと万年筆の先を走らせた。


最後までお読みいただきありがとうございました!


「違法パルスへの倍返し痛快!」「自業自得の炉心暴走ざまぁ!」「ヴォルフラム局長ざまぁスカッとした!」「面白かった!」と感じていただけましたら、広告下部の【ブックマークに追加】や【ポイント評価(★)】をポチッと押していただけると大変励みになります!

次回も明日【18:00】に更新予定です!

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