第21話 神頼みダイレクト配送事故
地下要塞「ゼロ・ターミナル」のリビングには、昨晩換装したばかりのヴィンテージ真空管——PX-25改を通した真空管アンプから、チェロの艶やかで深みのある重低音が心地よく響き渡っていた。
天井のスリットから循環する微風が、部屋の隅々にまで柔らかな心地よさを届けている。
革張りソファーに深く体を沈めたシュンは、膝の上に専門書を広げ、優雅に頁をめくっていた。
サイドテーブルのモニター上では、先ほど最適化したばかりの通信スクリプトが寸分の狂いもなく稼働し、都市商品取引所からの確定収益ログが滑らかに数字を刻んでいる。
「シュン様〜、焼きたてのスコーンが焼き上がりましたよ〜」
キッチンから、エプロンを揺らしながらリリアが陶器の角皿を運んできた。
皿の上には、こんがりと黄金色に焼き上がった大ぶりのプレーンスコーン。その脇には、たっぷりの自家製クロテッドクリームと、深紅に輝く甘酸っぱいベリージャムがガラスの小鉢に盛られている。
香ばしいバターと小麦の甘やかな香りが、ふわりとリビングいっぱいに広がった。
「わあ、すごくいい焼き色だね! ありがとう、リリア」
「ふふ、外はサクサクで中はふわふわですよ〜。熱いうちにどうぞ召し上がってくださいね〜」
リリアがカップに注いでくれた温かいアッサムティーからは、芳醇な茶葉の香りが湯気とともに立ち上っている。
シュンがフォークを手に取り、ほかほかのスコーンを割ろうとした——まさにその瞬間だった。
ガシャン! ガタコン……!
サーバーラックと本棚の間に据え付けられた、旧軍用の物資受取シュートが、重厚な油圧シリンダー音を響かせて作動した。
壁面のインジケーターが激しく明滅し、ピピピッという軽快な電子音とともに、安全スキャンフィルターのランプが鮮やかな青色に点灯する。
「…………え?」
シュンはスコーンを持ったまま、目を丸くして動きを止めた。
「……また、地上からの『お供え物』ですか?」
サーバーラックの前で待機していたシエラが、琥珀色の瞳を細めて受取トレイへと歩み寄った。
「自動セキュリティ診断、全項目クリア。魔力トラップ、有害毒物、追跡ビーコン、すべて検出されず。……ただし、荷物の形状および梱包が、従来のスラム住民からの奉納品と明らかに異なります」
シエラがトレイから引き出したのは、公社の特務刻印が焼き印された小さな白木箱と、見覚えがありすぎる深緑色の紙袋、そして丁寧に封蝋された桃色の封筒だった。
「……木箱の中身は、公社開発部規格の超高純度絶縁セラミック材。高電圧回路の耐熱スペーサーとして最高峰の物性を誇る特注品です。そして、この紙袋は……」
「そ、それ……っ!?」
シュンは手からフォークを取り落としそうになりながら、身を乗り出した。
「公社の購買部でしか売ってない、職員限定のプレミアム深煎り珈琲豆じゃないか……!?」
シュンの声が激しく裏返った。
公社時代、過酷を極める深夜残業の合間に、自分への唯一の贅沢として買い求めていた特注の珈琲豆。極上の豆を極限まで深煎りにしたもので、一般の市場には一切流通しない公社技術者専用の限定品だ。
「な、なんで公社の購買部限定の珈琲豆が、地下要塞の物資シュートから落ちてくるんだ……!? シエラ、その手紙の表書きは……!?」
「……読み上げます」
シエラは淡々と桃色の封筒を掲げ、表面の端麗な筆跡を読み上げた。
「表書き——『地下の偉大なる神様へ(祈願:どうかシュン先輩へ届けてください)』」
「な——なんで僕の名前が……!? 外の世界怖い……!」
シュンは両手で頭を抱え、ソファーから転がり落ちた。
「シュン、見苦しく取り乱すのをやめなさい。手紙の本文を開封します」
シエラは涼しい顔でサイドテーブルのペーパーナイフを手に取り、桃色の封蝋を綺麗に切り裂いて、中に収められていた上質な便箋を広げた。
「『シュン先輩へ。あの完璧な3段ループと、後続ノードを絶対に壊さない0.01秒の優しいディレイを見て、一瞬で先輩の仕業だとわかりました! 公社の上層部がログを追跡しようとしましたが、私が0.5秒で完全に消去しましたのでご安心ください! 先輩が大好きだった購買部の限定珈琲豆と、回路設計に使える特注の絶縁セラミック材を捧げます! 先輩との秘密は絶対に守ります! ずっとずっとお慕いしています! ミレイより』……以上です」
「ミレイさんんんんんんっ!?」
シュンは頭を抱えたまま、フローリングの上をゴロゴロと転がり回った。
「なんで0.01秒のディレイだけで僕だってバレるの!? ミレイさんは誰に頼んでこのシュートに荷物を入れたの!? 神様宛てに願掛けしたら僕の部屋に直撃したってこと!? 意味がわからないよぉぉぉ!」
パニックで完全に思考がショートしたシュンは、ソファーに腰掛けていたシエラの滑らかな太ももにしがみつき、顔を黒いドレスの膝元にうずめて情けなくガタガタと震え倒した。
「シエラぁ……もう駄目だ……僕の平穏が終わる……! 公社に見つかったらまた連日徹夜で回路を直させられる……! 怖いよぉ……!」
「…………」
シエラは太ももにしがみついて震えるシュンを冷ややかに見下ろし、深くため息をついた。
「……落ち着きなさい、シュン。単なる宛名指定の願掛けです。地上で『地下の神様、シュン先輩に届けてください』と投入された結果、神様代行業者としての配送コストゼロで、本人の手元へダイレクト着弾しただけです」
「でも怖い! 外の世界めちゃくちゃ怖いよぉ!」
「……言葉で言っても離れないなら、強制処置です」
シエラはサイドテーブルから、冷えた銀製のティースプーンを手に取った。
そして——シュンの無防備なうなじへと、「ピトッ」と押し当てた。
「ひゃんっ!? つ、つめたっ!?」
氷のような銀の冷感が首筋を直撃し、シュンは跳び上がるように顔を上げた。
「……錯乱したナマケモノの強制覚醒処理です」
シエラは涼しい顔でスプーンを戻すと、太ももからシュンを引き剥がすことなく、冷徹に告げた。
「それと、太ももの一時的占有および精神安定クッション代金として、先ほど届いた限定珈琲豆の20%を私への維持管理費として徴収します。呼吸の呼気でドレスを湿らせたら、即座に微弱放電パルスをお見舞いします」
「わ、わかった! シエラにも一番美味しい淹れ方で何杯でも淹れるから……!」
シュンが必死に懇願すると、背後からリリアがふわりと柔らかく寄り添ってきた。
「ふふ〜、神様への絵馬ですね〜。シュン様、後輩の女の子からもとっても愛されていますね〜!」
リリアは温かく柔らかな胸元でシュンを背中からぎゅっと包み込み、パニックで強張っていた頭を優しく撫でた。
「ちゃんとログも消して守ってくれたみたいですし、ここには誰も入ってこられませんから、安心して大丈夫ですよ〜。せっかく届いた美味しい珈琲豆、さっそく淹れましょうか〜?」
「うぅ……リリアぁ……」
冷たいシエラの太ももと、温かく包み込んでくれるリリアの聖母のようなハグに挟まれ、シュンは情けなく息を漏らしながら脱力した。
「もう絶対に外と通信しない……二度と勝手にスクリプトを直したりしない……!(でも珈琲豆はありがたく飲むけど……!)」
「……ナマケモノの決意表明の軽さは相変わらずですね」
シエラは冷たい指先でシュンの頭を太ももに預からせたまま、机の上のミレイの手紙の端——小さく添えられた赤いハートマークに、値踏みするような視線を落としていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
「シュンが羨ましい!」「オートマタたちに癒やされた!」「面白かった!」と思っていただけましたら、広告下部の【ブックマークに追加】や【ポイント評価(★)】をポチッと押していただけると励みになります!
次回も明日【18:00】に更新予定です!




