第12話:亡霊の演説
1. 幹事長の陥落
料亭「鴉鳴館」の密室。
自由民社党の重鎮である小金井幹事長は、目の前に座る九条志乃を、もはや「ただの扱いやすい若手女性議員」としては見ていなかった。
志乃が突きつけてきたSDカード。そこには、小金井たち党中枢と暴力団「緒方組」が結託し、外資に人間を売り飛ばしている決定的な証拠が収められている。
「……わかった。君の要求を飲もう」
小金井は屈辱に顔を歪めながら、ついに白旗を揚げた。
「君の甥である九条新。彼を、我が党の最重点新人候補として次期衆院選で公認する。そして志乃、君を党の役員に引き上げよう。……これで満足か?」
「ええ、感謝いたしますわ、小金井先生」
志乃は艶然と微笑んだ。甥である新(佐野)が裏で描いた冷酷なシナリオ通り、彼女は「自由民社党の幹事長」という巨大な権力を、完全に手中に収めたのだった。
2. 30年越しの既視感
一週間後。自由民社党本部、記者会見場。
無数のフラッシュを浴びながら、公認候補として初のお披露目となる**九条新(32)**がマイクの前に立った。
新は用意された原稿を一瞥もせず、真っ直ぐにカメラの向こう側――国民を見据えた。
「……本日、私がこの場に立っているのは、希望を語るためではありません。この国が『死につつある』という事実を告げるためです」
その低く、よく通る声。独特の間合い。
会場にいたベテランの政治記者たちは、一瞬、自分の耳を疑った。
かつて日本を揺るがし、そして敗北して消えたあの男、佐野源助。32歳の青年の口調と佇まいは、30年前の佐野にあまりにも酷似していたのだ。
3. 本当の「敵」の姿
新は、30年前に佐野源助が語った言葉を、現在のより絶望的な日本に重ね合わせて放った。
「戦後100年を超え、我々はいまだにアメリカの支配下にあります。街の治安は崩壊し、日米地位協定が、目に見えない真綿のように我々の首を絞め続けている。……皆さんは、国内最大の暴力団『緒方組』を恐れているかもしれない」
新の言葉に、テレビの前の視聴者たちも息を呑む。
「だが、世界という盤面で見れば、緒方組など取るに足らない。今、この国の地下経済を本当に支配しているのは、不平等な協定を隠れ蓑にして入り込んできたアメリカの巨大マフィアです。緒方組すら、彼らにとっては『日本支部』の一つに過ぎない。我々は、外から来た巨大な毒に、内側から食い荒らされているのです」
4. 歴史は繰り返すか
会場は水を打ったように静まり返っていた。
新の言葉は、単なる若手候補者の威勢ではない。大国という怪物の「本当の恐ろしさ」を知り尽くした者だけが持つ、圧倒的な凄みがあった。
「私は、不平等な平和よりも、苦難に満ちた自立を選びます。……30年前、この国はある男の言葉を拒絶した。だが、その結果が今の惨状だ。私はもう一度、皆さんに問いたい。このまま飼い殺されるのか、それとも、自らの牙を取り戻すのか」
会見が終わると同時に、SNSは爆発した。「佐野源助の再来だ」「あの演説と同じだ」という驚きと熱狂が、日本中を駆け巡る。
控室に戻った新は、ネクタイを緩めながら冷え切ったコーヒーを口に運んだ。
(……佐野源助として負けたあの時代から、状況はさらに悪化している。だが、だからこそ『劇薬』は効く)
九条新の戦いが、ついに表舞台で幕を開けた。




