第11話:断絶の密談(ブラックアウト)
1. 牙の潜む静寂
トウキョウ郊外、緒方組が管理する会員制料亭「鴉鳴館」。
重厚な門をくぐり、離れの座敷に座る自由民社党幹事長・小金井は、苛立ちを隠さなかった。目の前には、場違いな色気を漂わせる九条志乃が座っている。
「……何の真似だ、志乃。君のような端くれ議員が、緒方の名を借りて私を呼び出すとは」
小金井が懐のスマートフォンを手に取った。秘書に連絡を入れ、この不愉快な時間を終わらせようとしたのだ。だが、画面を見た彼の表情が凍りつく。
「……圏外? いや、Wi-Fiも衛星回線も死んでいるのか?」
2. 見えない壁
その頃、数キロ離れたアパートの一室。新(佐野)は数枚のモニターに囲まれ、キーボードを叩いていた。
「AI『ゼノ』、遮断プログラム開始。料亭を中心とした半径500メートル以内の全通信を物理的にスクランブルしろ。ジャミングの痕跡はノイズに偽装。……小金井に、『外部の助けは来ない』という絶望を味わせろ」
新が開発(あるいは前世の知識を元に構築)した高度なAIが、料亭を「情報の孤島」へと変えた。志乃の耳には、新の冷徹な声が超小型インイヤーを通じて届いている。
『志乃叔母さん。時計を見ろ。今、彼は世界から切り離された。……今こそ、牙を剥け』
3. 聖女の毒
志乃は新の指示通り、冷たく微笑んだ。
「小金井先生、お忙しいところ申し訳ありません。でも、静かな方がお話が弾むでしょう?」
彼女はバッグから一枚のマイクロSDカードを取り出し、机に置いた。
「白神という刑事が死にました。彼が命を懸けて守り、そして死の間際に私の元へ届けられたのが、これです」
「……何だと」
「緒方組を通じた人体実験の記録。外資へのキックバック。そして……先生、あなたの署名が入った『処理』の依頼書。……これ、今の日本で流れたら、自由民社は解党、あなたは極刑を免れませんわ」
小金井の顔から血の気が引く。彼は叫ぼうとしたが、外に控えているはずの護衛にも、この静寂を破ることはできない。通信が死んでいる以上、誰も助けには来ないのだ。
4. 悪魔の取引
「……望みは何だ。金か? それともポストか?」
絞り出すような小金井の声に、新が志乃の耳元で囁く。
『そのまま伝えろ。慈悲を見せるな』
「一つは、私の甥である九条新。彼を次期衆院選の公認候補として、党が全力で推薦すること。彼には若さと……『特別な知恵』があります」
志乃は一歩も引かず、小金井の目を見据えた。
「二つ目は、私。私を党の総務会長に。……先生、私をあなたの隣で、最強の盾にして差し上げますわ」
「狂ってる……正気か……!」
「ええ、正気ですわ。……さあ、答えを。このままこの部屋を『密室のまま』にするか、それとも、私の甥の未来を祝福するか」
窓の外、AIが操作するドローンが料亭を監視し、街の明かりだけが虚しく瞬いている。
小金井は、震える手で志乃の差し出したSDカードを見つめた。
それは、前世で佐野源助を葬った男たちの、崩壊へのカウントダウンだった。




