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婚約破棄された生活魔法の天才 隣国で魔法特許都市を作ったら世界一の国になりました  作者: もりのなか
第2章 追放と旅立ち

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第23話 農業革命

「……水が、本当に水が無限に溢れてくるぞ!」


 ひび割れた農地に膝をつき、一人の老農夫が震える手で地面を濡らす水を掬い上げました。

 その周囲では、他の農民たちも言葉を失い、

 ただただ大地が潤いを取り戻していく光景を凝視しています。


 アルディナ王国の実験農場。

 そこは、つい数分前まで死にゆく大地として、誰もが収穫を諦めていた場所でした。

 しかし今、私の足元からは清らかな水が絶え間なく湧き出し、乾いた土に吸い込まれています。


「リリア様。この水は……魔力消費がほとんど感じられません」


 傍らに立つ宰相エリオット様が、私の手元と大地を交互に見つめ、驚愕の声を上げました。


「軍事魔導師たちが力任せに雲を呼ぶのとは、根本的に術式の効率が違う。

 彼らが大気を『破壊』して雨を絞り出すなら、あなたは環境を『誘導』している……」


「ええ。私の生活魔法は、エネルギーを放射するのではなく、

 環境を最適解へと『調律』する技術ですから」


 私は、次なる術式の構築を開始しました。

 水が得られただけでは、失われた作物を完全に取り戻すことはできません。


 私は自身の脳内にある『生活魔法カタログ80』から、

 第4カテゴリー「農業革命」の項目を検索しました。

 今回使用するのは、第31番『土壌改良魔法』、第33番『日照調整』、

 そして第34番『成長促進魔法』です。

 これらはすべて、魔力消費量0.01%以下という極限の効率で設計されています。


「生活魔法カタログ第31番――『土壌改良魔法』」


 私は、潤った土に対して、精密な魔力干渉を行いました。

 誤差0.01度以内の制御により、土中の栄養素を微生物の活動に最適な状態へと再配置します。


 軍事魔法が地形を破壊し、土を焼き払う「死の力」であるならば。

 私の生活魔法は、土に生命の循環を促す「生の力」です。

 茶色く痩せ細っていた土が、見る間に黒々とした、

 生命力に満ちた肥沃な大地へと変貌を遂げました。


「土の色が……変わった……。

 まるで数十年かけて手入れした一等地のようだ」


 農夫の一人が、信じられないものを見るかのように土を握りしめました。

 しかし、私の術式はまだ止まりません。


「カタログ第33番『日照調整』、および第34番『成長促進魔法』――同時発動」


 私は上空の光の屈折率を操作し、作物に最適な波長の光を集中させました。

 同時に、植物の細胞分裂を最小限の魔力で活性化させていきます。

 すると、奇跡のような光景が広がりました。


 枯れ果てていたはずの苗が、水を吸い上げ、青々と茎を伸ばし始めたのです。

 数ヶ月の時間を要するはずの成長が、秒単位で進んでいきます。


「……ありえない。成長速度が、通常の数十倍を超えている」


 エリオット様が、手元の計測装置を何度も確認し、その数値を疑うように声を震わせました。


「しかも、ただ早いだけではない。穂の付き方が、通常の倍以上に密集している。

 リリア様、これは農学の常識を根底から覆す事態です」


 農場の半分を占めていた小麦が、一気に黄金色に色づきました。

 一粒一粒が大きく、丸々と太り、重みに耐えかねて穂が垂れ下がっています。

 それは、従来の農業の常識を完全に破壊する「収穫」の光景でした。


「算出しました。リリア様、この農地の収穫量は……通常時の5倍に達します」


 エリオット様は、驚愕のあまり持っていた資料を落としそうになりました。


「5倍……。この狭い実験農場で、一個小隊が一年間食べるに足る食料が得られたというのですか」


 農民たちは歓喜の声を上げ、実った穂を抱きしめて涙を流しています。

「これで飢えなくて済む。リリア様、あなたは神の使いか何かなのですか……!」

 彼らの感謝の声に、私は静かに首を振りました。


「これは奇跡ではありません。生活魔法という、合理的な技術の結果です」


 私は杖を収め、エリオット様に向き直りました。


「魔力消費0.01%の精密制御を用いれば、自然のポテンシャルを5倍以上に引き出すことが可能です。

 無駄な魔力を使わず、植物が『望む』環境を与えるだけなのですから」


 エリオット様は、黄金色に輝く農地全体を、畏怖すら感じさせる表情で見つめました。

 彼の脳内では、この技術が国家にもたらす経済的影響が瞬時に計算されているはずです。


「水が無限に出る、そして収穫が5倍になる……」


 エリオット様は、一粒の小麦を手に取り、その重みを確かめるように呟きました。


「リリア様。今、私は確信しました。あなたの生活魔法は、単なる便利な術などではない。

 これは……『国家戦略兵器』だ」


「兵器、ですか?」


「ええ。他国を破壊する剣ではありません。自国を飢えから救い、

 圧倒的な富を生み出すことで、世界を屈服させる最強の兵器です」


 エリオット様の言葉は、私の魔法の価値を、これ以上ないほど冷徹に、かつ情熱的に定義していました。

 食料自給率が5倍になれば、アルディナ王国は世界最大の食料輸出国家へと変貌します。


 軍事魔法に固執するアルヴァレード王国が、武器を買うために食料を求める時。

 私たちは、この「生活魔法」によって、彼らの生殺与奪の権を握ることになる。


「軍事魔法を使えない女は相応しくない」と私を捨てた王太子アルドリック様。

 あなたが誇る炎や雷の魔法が、果たして国民の一人を飢えから救うことができるでしょうか。


「農業革命。エリオット様、これはまだ始まりに過ぎません」


 私は、カタログの次のページをめくりました。


「次は、この膨大な収穫物を腐らせることなく世界へ届けるための『食料保存魔法』に着手しましょう」


 エリオット様は、興奮を隠しきれない様子で頷きました。


「もちろんです。あなたの特許一つ一つが、この国の、そして世界の形を変えていく。

 我が国は、生活魔法を国家の基盤とする、世界初の『技術覇権国家』へと突き進みます」


 黄金の海と化した実験農場の向こう側に、私は新しい時代の光を見ました。

 王太子が「無価値」と断じた魔法が、今、国家を根底から作り替えようとしています。


 かつて蔑まれた少女の指先から、世界を経済的に屈服させるための「革命」が、音を立てて動き始めました。

挿絵(By みてみん)

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