068.神罰の代行者
漆黒の氷に閉ざされた戦場に、不気味なほどの静寂が訪れた。
数万の連合軍が砂となって消え、ソリダリスの周囲には生命の気配が一切失われている。
だが、俺とカイルが構えを解くことはなかった。
「……来るぞ。 空気が、焼けてやがる」
俺が低く呟くと同時に、厚い雲に覆われていた空が、突如として黄金色の光に割られた。
それは朝日でもなければ、魔導兵器の光でもない。
魂の芯を直接掴み、跪かせるような、圧倒的で傲慢な「神気」だった。
「主パリスの庭を荒らし、秩序を乱す不浄なる者共よ」
光の中から、一人の女が降りてきた。
白一色の法衣を纏い、背中には幾重もの光の輪を背負っている。
その瞳は澄み渡りながらも、生命に対する慈しみも憎しみも、何も宿していない。
ただ、冷徹な理だけがそこにあった。
「私は神罰の代行者。地にある汚れを掃き清める者なり」
「……あいつ、人間じゃねえな。
ロキと同じ…… いや、より『機械』に近い」
俺の言葉に、カイルが静かに頷き、黒い聖剣を構え直す。
「カイルよ。
お前のあざは、本来神の言葉を届けるための器。
それを汚し、魔王と共に歩む道を選んだ罪、万死に値する」
代行者が右手を軽く掲げると、空中に無数の光の剣が形成された。
「あざの真実を教えよう。
それは勇者の証ではなく、神が人間という『家畜』を管理するための首輪だ。
意志を持つことは許されぬ。
お前がそれを拒んだというのなら、器ごと破壊するのみ」
光の剣が一斉に射出された。
先程のプロインの熱線とは比較にならない速度と鋭さ。
俺とカイルは背中合わせのまま、闇と氷の障壁を展開する。
キィィィィン!!
衝突音が脳を揺らす。障壁が触れたそばから蒸発していく。
「ぐっ……、これが『神』の力かよ……!」
「ガルシア、下がるな!
闇を繋ぎ続けろ!!!」
カイルの左手のあざが激しく拍動し、苦痛に顔を歪める。
代行者の言葉通り、神の力がその「器」であるカイル自身を内側から焼き切ろうとしているのだ。
『あらあら、随分と手荒な歓迎を受けておるのお、お前さんたち』
不意に、戦場に不釣り合いな明るい声が響いた。
俺の影から、ひょっこりと道化服の女 ――ロキが姿を現す。
『――くくっ、あははは!
見てみるのじゃ、あの無機質な代行者の顔を。
わらわの『お気に入り』たちが、こんなにも必死に抗っているのが気に食わないようじゃな』
「ロキ……! お前、何をしに来た!」
『助言じゃよ、ガルシア。
あざが首輪なら、それを引きちぎるにはどうすればいいか?
……飼い主を噛み殺せばいい。そうは思わんか?』
ロキは代行者を見上げ、三日月のように目を細めて笑った。
『のぉ、カイルよ。
おぬしの闇はまだ足りぬ、質も量もな。
神の器を壊すには、己の魂を完全に闇へ塗り潰す覚悟が必要じゃ。
……さぁ、お前さんはどこまで堕ちる?』
代行者の光が、さらにその輝きを増す。
ソリダリスを守り抜いたはずの俺たちの前に立ちふさがる、人智を超えた存在。
俺は凍りついた右腕を再び突き出し、隣のバカな親友の肩を叩いた。
「地獄まで付き合うと言ったのはお前だ、カイル。
……神様相手でも、文句はねえな?」
「……もちろんだ。
……やってやろう、ガルシア!」
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