067.魔王と勇者の協奏曲
空を支配していた『レヴァイアサン』が、断末魔のような金属音を立てて大きく傾ぐ。
姿勢制御を失った巨体は、後方の随伴艦を巻き込みながら、ソリダリスの遙か北方へと墜落していった。
だが、地上の絶望は終わらない。
「報告!
西翼よりフラン王国の魔導騎士団が突入!
城門の第一隔壁が突破されました!」
「南側、バランの傭兵連合も攻撃を再開!
空爆の停止を確認し、一気に押し切る構えです!」
司令部から響くレオンの怒号が、街の喧騒を突き抜けて俺の耳に届く。
空の脅威は去ったが、地上を埋め尽くす連合軍の本隊は、この機を逃さじと一斉に牙を剥いてきたのだ。
「……カイル、まだ終わってねえぞ……」
俺はノエルの肩を借りて立ち上がろうとしたが、膝から下が感覚を失い、無様に崩れ落ちそうになる。
右腕から始まった凍結は、すでに右半身を完全に「彫像」へと変えていた。
皮膚は白銀の氷に覆われ、魔力回路は膨大な冷気を孕んだまま凝固している。
「ガルシアさん、動いちゃダメ!
今、魔力の暴走を抑えるから……!」
ノエルが必死に俺の胸に手を当て、癒やしの光を注ぎ込む。
だが、彼女の手は激しい冷気で瞬時に赤く腫れ上がった。
「わかっているよ。
……でも、今のガルシアになら『あれ』ができるはずだ」
上空から舞い降りたカイルが、俺の隣に膝をついた。
彼の左手からは、禍々しい闇の魔力が陽炎のように立ち昇っている。
「……カイル様、何をするつもりですか!
今のガルシアさんに刺激を与えたら、身体が内側から砕けてしまいます!」
ノエルが鋭い声を上げ、カイルの前に立ちはだかるようにして俺を庇った。
彼女の瞳には、愛する人を失うことへの恐怖と、かつての「聖なる勇者」とは別人に変貌したカイルへの困惑が混じっていた。
「大丈夫だよ、ノエルちゃん。
……信じてほしい。今の僕の『闇』は、ガルシアの凍りついた魔力を溶かすための『熱』になれるんだ」
カイルは穏やかに、だが揺るぎない眼差しでノエルを見つめた。
ノエルはその瞳の奥に、かつてと変わらぬ「ガルシアを救いたい」という純粋な意志を見出し、震える手で道を開けた。
「……死なせないで。
絶対、絶対に助けてください……!」
「ああ、約束する。
……ガルシア、手を貸して」
カイルが俺の、氷の塊と化した右腕に、そっと自らの左手を重ねた。
二人の「闇」と「冷気」が激突し、俺の肉体を凄まじい激痛が走る。
「が……ぁぁぁあああッ!!!」
「耐えてくれ!
僕の闇を君の氷の矛先にする……
過剰な冷気を逸らしている間にその肉体を再駆動させるんだ!」
闇が氷のヒビに入り込み、神経の代わりに魔力を繋ぎ直していく。
カイルの闇という新たな存在は、俺の冷気を一気に引き付けてゆく。
そして、死の象徴であった俺の暴走した冷気は、闇と混ざり合い制御可能な「黒い氷」へと変質し、彫像のようだった俺の右半身が、不気味な脈動と共に再び動き出した。
「……ハ、ハハッ……。
最高にタチの悪い治療だな、おい……」
俺は黒く染まった右拳を強く握りしめた。
右半身を覆う氷はもはや呪いではなく、全身を巡る強大な兵器へと昇華されている。
「ノエル、少しだけ離れててくれ。
……こいつは、とびきり冷えるぜ」
俺は不安げなノエルの頬を左手で軽く撫でると、カイルと共に城壁の先端へと跳躍した。
眼下には、勝利を確信して城門へ肉薄する、雲霞のごとく押し寄せる数万の兵たち。
「……行くぞ、カイル!」
「ああ、合図を!」
俺たちは同時に敵陣のど真ん中、その最前線へと着地した。
周囲を取り囲む兵たちの驚愕を余所に、俺とカイルは互いの魔力を一点に集中させる。
「――『黒氷・極大葬送』!!」
俺が大地を殴りつけ、カイルがその衝撃に「闇」の指向性を与える。
瞬間、ソリダリスを中心に世界から色が消えた。
地を這う黒い氷の津波が、あらゆる熱を、光を、そして命の活動を瞬時に停止させる。
城壁に迫っていた魔導騎士も、傭兵たちも、声を上げる暇さえなかった。
彼らはただ、一瞬で漆黒のクリスタルの中に封じられ、微かな風に触れただけで砂のように崩れ去っていく。
立ち昇る黒い霧の中、俺とカイルは背中合わせに立ち、静まり返った戦場を見渡した。
「……これで、連中も学習したかな」
「そうだね。
……でも、まだ『この世界』は僕たちを放っておいてはくれないみたいだ」
カイルの視線の先。
地平線の向こうから、これまでとは比較にならないほど巨大で、禍々しい「神の気配」が近づいてくるのを、俺たちは感じ取っていた。
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