066.漆黒の流星
再び、ソリダリス。
天空の支配者、『レヴァイアサン』の艦首にある殲滅主砲が、空間そのものを震わせる重低音を響かせながら、最終充填を完了した。
周囲の大気が砲口へと吸い込まれ、真空に近い状態となった空間が歪んで見える。
それは街の結界ごと、ソリダリスを構成するすべての要素を焼き切るための「終焉の一撃」だ。
「チェックメイトだな、魔王ガルシアよ。
貴公の抗いも、帝国という巨大な歯車の前では無意味だったな」
空中要塞の艦橋から、魔導拡声器を通した将軍の冷徹な声が、死の宣告のように街に降り注ぐ。
俺はもう、まともに目を開けることさえできなかった。
右半身の感覚は完全に消滅し、ただ左手だけで、もはや巨大な氷の彫像と化した自らの右腕を天へ掲げて支えている。
肺に溜まった空気が、吐き出すたびに白い霧となって消えていく。
内臓まで凍り始めているのだ。
「……ガルシアさん!
お願い、目を開けて!!」
薄れゆく意識の淵で、泣き叫ぶような声が聞こえた。
ノエルだ。
彼女は俺の凍りついた腰元にしがみつき、ボロボロと涙をこぼしながら、その小さな両手から溢れんばかりの癒やしの光を注ぎ込んでいた。
「ノエル……
離れろと言っただろ……。
お前の魔力まで、俺の氷に食いつぶされる……」
「嫌です!
私が離れたら、貴方は今すぐ砕けて消えてしまう!
だから……
せめて、あと少しだけ!
あと少しだけ耐えて!!!」
彼女の温かな魔力が、俺の心臓の凍結を寸前で食い止めている。
その熱があるからこそ、俺はまだ「王」として立っていられた。
「……ハッ、チェックメイトだと? 笑わせるな」
俺は血に濡れた唇を吊り上げた。
「……来いよ。
お前らごときの、安っぽい種火で……
俺と、こいつらが守ってきた街を、溶かせると思うなよ……!!」
刹那。
天空から、世界を純白に塗り潰す光の柱が解き放たれた。
ソリダリスを、ガルシアを、そしてすべての希望を飲み込もうとする熱線の奔流。
俺の頭上で、ノエルの祈りが込められた氷の結界が、悲鳴のような音を立てて砕け散ろうとした、その瞬間――。
「――させるかぁぁぁッ!!!」
空の向こうから、光の柱を横から切り裂くように、一筋の「漆黒の流星」が突っ込んできた。
凄まじい衝撃波。
空中で闇と光が激突し、爆発的な魔圧がプロインの艦隊を揺らした。
俺の頭上に注がれるはずであった熱線が、無理やり逸らされて街の外の森へと着弾して巨大な火柱を上げる。
「な…… んだと……!?」
俺は霞む視界を無理やり動かし、空を仰いだ。
結界のすぐ上。
空中に留まり、漆黒の魔力を爆発させて浮遊している人影がある。
ボロボロの外套をなびかせ、左手から溢れ出す闇を翼のように広げた、その男は。
「待たせたね、ガルシア。
……それに、ノエルちゃんも」
「……カイル
……お前、馬はどうした……」
「走るより、飛ぶ方が早かったからね」
カイルは冗談めかして言ったが、その身体からは、かつての聖なる勇者とは正反対の、禍々しくも圧倒的な闇の魔力が渦巻いていた。
地上での遅滞戦術を突破する時間を惜しみ、カイルは「大罪人の烙印」を暴走させ、自らの魔力を推進力に変えて、弾丸のごとく数キロの空を翔けてきたのだ。
「……バカが。 無茶しやがって」
「お互い様だよ。
……よく耐えてくれた。ここからは、僕の番だ」
カイルが漆黒の聖剣を上空のレヴァイアサンへ向けた。
空中要塞の艦橋にて将軍が狼狽した声を上げているのが、下まで聞こえてくるようだった。
「勇者カイル……!?
馬鹿な、なぜここに!
飛翔騎士団、迎撃せよ!
艦隊全門、目標を上空の反逆者に固定!!」
「遅いよ」
カイルの瞳が、深淵のような闇に染まる。
「僕の大切な親友を……
この街を傷つけた報いだ!
墜ちろ、鉄の塊!!!」
カイルが虚空を薙ぐと、彼の背後に展開された闇の翼が巨大な刃へと姿を変え、要塞の姿勢制御エンジンを一つ残らず一瞬で切り裂いた。
制御を失った巨大な船体が、爆音と共に傾き始める。
俺は、安堵からか崩れ落ちそうになる身体を、ノエルの柔らかな肩に預けた。
「……助かったぜ、二人とも」
「……はい、はいっ……!!」
絶望的な防衛戦の終わり。
それは、俺たちの反撃の始まりを告げる合図でもあった。
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