065.氷壁の限界
二度目の熱線が氷の天蓋を焼き、ソリダリスの空が白銀の火花で埋め尽くされた。
大気が悲鳴を上げ、絶対零度の結界と超高温の魔導熱線が激突する境界線では、絶え間なく水蒸気爆発が繰り返されている。
「……ぐっ、がはぁっ!!」
膝をつき、口から熱い鮮血が溢れる。
だが、その血さえも地面に落ちる前に凍りつき、カチリと虚しい音を立てて石畳に転がった。
視界は赤黒く霞み、右腕の感覚はとうに消え失せている。
いや、右腕だけではない。
肩から胸元、そして喉のあたりまでが、自らの意志を離れた「絶対零度の魔力」に侵食され、石像のような冷たさと硬さに支配され始めていた。
「ガルシア!
もういい、結界を解け!
このままじゃお前、中身から完全に凍りついて砕けるぞ!!」
背後でレオンが叫び、天蓋を突き破って降下してきた飛翔騎士の首を指揮刀で撥ね飛ばす。
四方八方から降り注ぐ飛翔騎士たちの魔導槍が、結界の維持に全神経を注ぐガルシアの背を狙う。
それを、ノエルやソリダリスの守備隊が必死の形相で食い止めていた。
「……うるせえ、と言っているだろ!
俺を、誰だと思ってやがる……。
俺はこの街の、王だぞ!!!」
俺は震える脚に力を込め、無理やり立ち上がった。
天蓋を突き破って侵入してくる騎士たちが、空に浮かぶ無数の黒点のように見える。
上空を見上げれば、厚い雲を割って現れた空中要塞『レヴァイアサン』の巨大な船体が、まるで神の審判を下す巨大な墓標のように、圧倒的な質量で街を見下ろしていた。
◇◇◇
その頃。
ソリダリスの東、シトラス王国との国境付近。
カイル率いる義勇軍は、地獄のような泥沼の中にいた。
「……くそっ! これじゃあ、前に進めない!」
カイルの目の前には、ソリダリスを包囲するプロイン帝国軍の「東翼師団」が、巨大な鉄の壁となって立ちはだかっていた。
彼らはシトラスから向かってくるカイルたちの援軍を完全に予測していたのだ。
街道沿いの要所に、幾重にも重なった移動要塞型の重装甲車両を配置し、文字通りの「鉄の防波堤」を築いている。
プロイン軍の目的は勝利ではない。
「時間を稼ぐ」と「消耗させる」ことだ。
分厚い大盾を重ねた重装歩兵の背後から、無数の魔導砲が容赦なく義勇軍を狙い撃つ。
一歩踏み込むたびに、大地が爆ぜ、兵たちの悲鳴が上がる。
「カイル様、無理に突っ込めば全滅します!
一旦退いて、陣を立て直すべきです!」
アルベルトが叫び、飛来する砲弾を剣で弾き飛ばす。
だが、カイルは唇を噛み切り、ソリダリスの空を見上げた。
遥か遠く、地平線の先。
昼間だというのに、ソリダリスの方向では眩い魔導の光が何度も、何度も激しく爆ぜている。
あれは、ガルシアの命の火花だ。
結界に熱線が叩きつけられるたびに、親友の魂が削り取られているのが、共鳴する魔力じて痛いほどに伝わってくる。
「……ガルシア、待っててくれ。
今、行く……
今すぐに……っ!!!」
カイルの焦燥は、もはや理性の限界を超えていた。
自分を信じて背中を預けてくれた友が、今この瞬間も独りで世界と戦っている。
かつて自分を見捨てずにいてくれたガルシアを、今度は自分が救わなくてはならない。
「……アルベルト。
僕は、あそこに行かなきゃいけないんだ」
「カイル様……?」
カイルの左手のあざが、どす黒い怒りと凄まじい決意に染まり、腕の形が変わるほどに膨れ上がった。
彼は馬を下り、漆黒の聖剣を大地に突き立てた。
地響きと共に、背後の義勇軍さえもが恐怖で立ち止まるほどの、圧倒的な闇の奔流が立ち昇る。
「――邪魔をするなぁぁぁッ!!
道を、開けろぉぉぉッ!!」
カイルの咆哮と共に、漆黒の衝撃波が帝国軍の重装甲を紙細工のように吹き飛ばす。
だが、それでも敵の数はあまりに多い。
一箇所を穿っても、すぐに次なる鉄の壁が埋まっていく。
「間に合わない……
こんな歩みじゃ、間に合わないんだ……!!!」
カイルは空を睨みつけた。
ソリダリスの上空。
雲海を割って、死の光を放つ空中要塞の砲口が、最大出力で輝き始めるのが見えた。
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