063.迫りくる三カ国連合
「……離れてろ、ノエル! 近寄るな!」
俺は必死に声を絞り出した。
右腕から溢れ出す冷気は、もはや俺の意志を離れ、周囲の熱を無差別に奪い取っている。
石畳はパキパキと音を立てて凍りつき、司令部の空気さえも白く濁らせていく。
「嫌です! ガルシアさんがこんなに苦しんでいるのに……!」
ノエルは怯むことなく、俺の凍りついた右腕にその温かな手を重ねた。
彼女の放つ癒やしの魔力と、俺の内側から噴き出す死の冷気がぶつかり合い、激しい霧が発生する。
ノエルの必死な祈りが通じたのか、暴走していた冷気が微かに収まり、俺は辛うじて意識を繋ぎ止めた。
「……悪いな、ノエル。 助かった」
「ガルシア、無理は禁物だぜ。 お前さんが倒れたら、この街は一瞬で瓦解する」
レオンが厳しい表情で俺を見下ろしていた。
その手には、魔導レーダーの記録紙が握られている。
「……休ませてやりたいが、世界は待ってくれないらしい。
プロイン帝国が動いた。
北の国境線を突破し、こちらへ向かっている。
空中要塞『レヴァイアサン』を旗艦とした空中艦隊だ。
数日以内に、ソリダリスは空から包囲される」
「……空中艦隊か。 物量で押し潰す気だな」
「ああ。
それだけじゃない。
西からはフラン王国の魔導騎士団、南からはバランの傭兵連合が迫ってる。
完全に包囲された」
四面楚歌。
シトラスを倒したことで、俺たちは「共通の敵」として世界を一つにまとめてしまったのだ。
皮肉な結果に、俺は奥歯を噛み締めた。
右腕は動かず、戦力は絶望的に足りない。
その時、司令部の通信機が激しく明滅した。
暗号化された、シトラス王国方面からの専用回線だ。
『――よぉ、ガルシア。
随分と派手な包囲網を敷かれたもんだな』
スピーカーから漏れたのは、聞き慣れた、だが以前よりも力強いカイルの声だった。
「カイルか!?
そっちはどうなってる。
事後処理は終わったのか」
『まだまだ山積みだよ。
でも、レオンが撒いた「真実」のおかげで、多くの騎士や民たちが目を覚ましてくれた。
アルベルトたち聖騎士団も、僕と一緒に戦うと言ってくれている』
カイルの声の背後から、大軍勢が移動するような鎧の擦れる音と、馬の嘶きが聞こえてくる。
『今、シトラスの義勇軍をまとめてソリダリスへ向かっている。
……漆黒の双剣を新しい旗印に掲げてね。
でも、ここからだと、全軍が到着するまで最短でもあと三日はかかる』
「三日か……。
その間に、プロインの艦隊がソリダリスの真上に来るな」
『……耐えてくれ、ガルシア。
僕が着くまで、絶対にその街を守り抜いてくれ。
到着したら、後ろから連合軍の包囲網を食い破ってやる。
……僕たちの「新しい世界」を、ここで終わらせてたまるもんか!』
カイルの言葉に、俺は不敵に口角を上げた。
右腕は氷のように冷たいが、胸の奥には熱いものが込み上げてくる。
「……ふん、遅いんだよ、バカな勇者様が。
三日だな。
……一秒たりとも、このソリダリスの門は跨がせんさ」
『信じてるよ、相棒』
通信が切れる。
レオンが肩をすくめ、手元の地図を乱暴に書き換えた。
「……三日だ。
空中艦隊の爆撃を三日間耐え抜けば、勇者様が援軍を連れて帰ってくる。
……勝算はゼロに近いが、やるか?」
「当たり前だ。
……ソリダリスの総力を挙げろ。
空飛ぶ鉄屑どもに、魔王の街の底力を見せてやる」
俺は麻痺した右腕を左手で抑え、窓の外―― 北の空から迫る巨大な影を見据えた。
大陸の運命を決める「三日間」の防衛戦が、今、始まろうとしていた。
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