058.シトラス王の狂気
聖騎士団との戦闘を終えた俺たちは、そのまま王都ガイアへと続く街道を急いでいた。
カイルは無言だった。
かつての仲間を自らの手で打ち倒した衝撃はいくら覚悟していたとはいえ、その背中に重くのしかかっているように見えた。
「……カイル、無理はするなよ」
「大丈夫さ、ガルシア。
ただ、彼らの瞳に宿っていたのが『正義』ではなく、純粋な『恐怖』だったのが……
少しだけ悲しかったんだ」
カイルが自嘲気味に笑った、その時。
俺の懐にある魔導通信機が、レオンからの緊急信号を告げた。
『――二人とも、聞こえるか。
事態は最悪だ!
シトラス王国のルインが、ついに一線を越えやがった』
通信機から漏れるレオンの声は、いつになく殺気立っていた。
「どうした、レオン。 何があった」
『王都ガイアから逃げ出してきた「協力者」からの情報だ。
ルイン王はカイルを「失敗作」と見なし、代わりとなる新たな象徴を求めている。
……禁忌の魔導技術を用いた「人工勇者」の精製だ』
「人工、勇者……?」
カイルの顔が驚愕に染まる。
『ああ。
王都近郊の村から若者たちを強制的に徴用し、カイルから採取してあった聖魔力の残滓を無理やり流し込んでいる。
適合しなかった人間は、魔力の暴走で異形と化すか、そのまま絶命するそうだ。
……既に数百人が犠牲になっているらしい』
「……そんな、馬鹿なことが。
王は……
そこまで狂ってしまったのか!?」
カイルが叫ぶ。
シトラス王国の平穏を守るためにカイルを縛り付けていたはずの王が、今やその平穏そのものを自らの手で壊し始めている。
『それだけじゃない。
完成したプロトタイプが数体、既に王都から出撃したという情報もある。
……ターゲットは、お前らだ』
「……上等だ」
俺の右手が、激しい怒りと共鳴するように冷気を放つ。
弱者を守るための力を誇りながら、その裏で自らの民を実験台にする。
その欺瞞こそが、俺がこの世界で最も憎んできたものだ。
「レオン、ノエルたちを頼むぞ。
ソリダリスの守りを固めておけ。
……俺たちはこのまま最短距離でガイアへ突っ込む」
『わかってる。
……死ぬんじゃねえぞ、バカな英雄ども』
通信が切れる。
俺とカイルは、どちらからともなく馬の速度を上げた。
「……許せない。
僕が黙って従っていたせいで、王を増長させてしまったんだとしたら……。
僕は、何としても自分の手で決着をつけなきゃいけないんだ」
カイルの左手のあざが、怒りに応えるように赤黒い光を放つ。
それはもはや、王国の若者たちが憧れた「救世の光」ではなかった。
友のために、そして踏みにじられた民のために、すべてを焼き尽くす「復讐の残り火」だ。
王都ガイア。
かつて俺が追放され、カイルが孤独に正義を演じ続けた場所。
そこが今、どす黒い欲望と死の臭いに満ちた「地獄」へと変貌しようとしていた。
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