056.あざの真実とロキの正体
リバティスの街を後にし、夜の帳が下りる頃、俺たちは街道から少し外れた森の中で野営を張っていた。
焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂の中、カイルは自分の左手をじっと見つめていた。
「……どうした、カイル。
まだ街の余韻に浸ってるのか?」
「いや。
……あざが、熱いんだ。
さっきから、鼓動に合わせて脈打っているみたいに」
カイルが手袋を外すと、そこにある「太陽のあざ」は、以前のような黄金の輝きを完全に失っていた。
今は赤黒い血管のような紋様が浮き出し、不気味に明滅している。
かつての「神の祝福」が、まるで「呪い」へと書き換えられていくような光景。
『――くくっ……あはははは!
いい眺めじゃ。
実にいい馴染み方をしているじゃないか』
不意に、焚き火の向こう側から、場違いなほど愉快げな声が響いた。
漆黒の夜闇の中から、派手な道化服を纏った女が、煙に巻かれるように姿を現した。
俺に力を貸した悪神、ロキだ。
「ロキ……! お前、何の用だ」
『あら、相変わらず愛想のないやつじゃな。
可愛いお前さんたちの門出じゃ、少しばかり解説を入れてやろうと思ってな』
ロキは踊るような足取りでカイルに歩み寄り、その左手を覗き込んだ。
カイルは警戒して剣の柄に手をかけたが、ロキが放つ底知れないプレッシャーに、身体が石のように固まっている。
「いいか、勇者カイル。
おぬしが持っているそのあざ……
世間じゃ『神の神託』などと有り難がっておるが、正体はそんな綺麗なもんじゃないぞ」
「……どういう意味だ」
『それはな、神々が人間に植え付けた『受信機』なのじゃ。
大衆の勝手な願い、期待、祈り……
そういった一方的な想いを強制的に力へ変換するための呪具じゃ。
おぬしが民の望む『勇者』を演じれば演じるほど、あざは輝き、おぬしの意志は削り取られていったはずじゃな?』
ロキはカイルの耳元に唇を寄せ、愉悦に満ちた声で囁く。
『だというのに、おぬしはその期待を裏切り、このバカな親友の手を取った。
外からの『光』を拒絶し、内側にある自分だけの『闇』を燃やし始めた。
……その結果、主を失ったあざが、おぬしの意志そのものを喰らって変質し始めたのじゃ』
カイルの顔が苦痛に歪む。左手から漏れ出す黒い霧が、足元の草木を瞬時に枯らしていく。
「このあざが…… 『別の何か』になるっていうのか?」
『そうじゃ。
それはもう救世主の証ではない。
世界を書き換えるための『大罪人の烙印』じゃな。
おぬしがその闇に呑まれず、自分の一部として飼い慣らせるなら
……神の操り人形ではない、真の『英雄』になれるかもしれんぞ?』
ロキは俺の方を向き、三日月のように目を細めて笑った。
『なぁ、ガルシアよ。
お前さんの親友は、案外お前さん以上に『魔王』の素質があるかもしれんな。
……二人で仲良く地獄まで堕ちるか、それとも地獄の底から神の座を蹴り上げるか。
くくっ、最高に愉快な暇つぶしになりそうじゃな!』
高笑いと共に、ロキの姿が色鮮やかな花びらとなって夜風に消えた。
残されたのは、荒い息をつくカイルと、冷え切った焚き火の跡だけだ。
「……カイル。 大丈夫か」
「……ああ。
不思議と、身体は軽いよ。
……ロキの言ったことが本当なら、僕はようやく、僕自身の足で立てるようになるんだね」
カイルは黒く濁ったあざを強く握りしめ、前を見据えた。
神の用意したシナリオは、今この瞬間、完全に崩れ去ったのだった。
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