055.解放の氷華
さらに街道を東へ進むと、城壁に囲まれた中規模の街「リバティス」が見えてきた。
かつてはシトラス王国の東部物流の要所だったが、今やその活気は消え失せ、街全体が重苦しい沈黙に包まれている。
俺たちは深くフードを被り、馬を引いて街へと潜り込んだ。
中央広場には、山のように積み上げられた穀物の袋が鎮座し、それを武装した兵士たちが厳重に囲んでいる。
広場の中央には、数人の男女が鎖で繋がれ、跪かされていた。
「これより、ソリダリスの魔王に内通し、王国の軍需物資を略奪しようとした逆賊どもの処刑を執行する!」
高台から声を張り上げるのは、肥え太った体躯を派手な絹の服に包んだ領主、バルト・ガルドだ。
「魔王に内通……?
あんなボロボロの連中がか?」
俺が低く吐き捨てると、横を通り過ぎようとした一人の男が、周囲を怯えながら小声で俺たちに囁いた。
「……内通なんて嘘っぱちさ。
あの人たちは、領主がソリダリス遠征のために無理やり奪っていった自分たちの食料を、返してくれって泣いて縋っただけなんだ……。
そしたらあの豚領主、『逆賊のプロパガンダに毒された連中だ』と言い張って、見せしめに殺そうとしてやがるんだよ……」
男は悔しそうに顔を歪め、足早に去っていった。
俺とカイルは顔を見合わせた。
カイルの拳は、白くなるほど強く握りしめられている。
「……あそこに積まれているのは、元はあの人たちの食料だったんだね。
それを『略奪』と呼んで処刑するなんて……。
僕が守っていたのは、こんな仕組みだったのか」
処刑人が斧を振り上げた。
民衆の間に、絶望の混じった悲鳴が広がる。
「待て」
俺の静かな、だが周囲の空気を凍りつかせるような声が広場に響いた。
フードを脱ぎ捨て、一歩前へ出る。
「な、何奴だ!?
処刑を邪魔する者は同罪だぞ!」
バルト領主が喚き散らす。
だが、俺の姿
――漆黒の鎧と、その周囲に立ち上る異常な冷気を認めた瞬間、男の顔から血の気が引いた。
「ま…… 魔王…… ガルシア!?
本物が、なぜここに……!?」
「魔王に内通していると言ったのはお前だろう?
だったら、本人が来てやったんだ。
文句はないな」
俺が右手を軽く振り下ろすと、処刑人の斧が、足元から突き出した氷柱によって粉砕された。
「……勇者カイルも一緒だ! 反逆者が現れたぞ!」
兵士たちが一斉に槍を構える。
だが、カイルは迷うことなく、抜いた聖剣から漆黒の衝撃波を放ち、広場に展開していた兵士たちの武器を一瞬で弾き飛ばした。
「民の命である食料を奪い、ソリダリスの名を利用して虐殺を正当化する。
……その罪、王国ではなく僕が裁く!」
カイルの怒号に、兵士たちは腰を抜かした。
「ガルシア、やるのか?」
「ああ。
……レオンが言ってただろ。
攻勢ってのは、ただ壊すだけじゃねえ」
俺は広場に積み上げられた膨大な食料の山へ歩み寄った。
バルト領主が叫ぶ。
「ひ、火をつけろ! 奪われるくらいなら、すべて焼き払え!」
兵士が火のついた松明を投げようとしたが、それより速く、俺の魔力が広場を支配した。
「――凍れ」
絶対零度の波が、食料の山を優しく包み込んだ。
それは腐敗を止め、火をも寄せ付けない純白の氷華。
それと同時に、俺は領主が座る高台の「足」だけを精密に凍らせ、粉砕した。
「ぎゃあぁぁぁッ!!」
無様に地面へ転げ落ちた領主の首筋に、カイルが漆黒の聖剣を突きつける。
「命が惜しければ、今すぐ倉庫をすべて開放しろ。
……この食料は、今日からソリダリスが『接収』し、この街の民に分配する。
……文句はあるか?」
「ひ、ひぃっ ……ありませぬ! ありませんとも!!」
数分後。
鎖を解かれた人々が、震える手で自分たちの食料を抱え、涙を流している。
俺は何も言わず、街の門へと歩き出した。
「……これで、シトラスの王も夜は眠れなくなるな」
「そうだね。
僕たちは今、世界で一番タチの悪い『侵略者』になったわけだ」
カイルの言葉には、かつてないほど晴れやかな響きがあった。
背後からは、困惑しながらも「魔王様……」「勇者様……」と、感謝を込めて俺たちの背中を呼ぶ声が静かに広がっていた。
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