053.ソリダリスの戦略図
レオンが机に広げた地図には、中央の旧クロス共和国領 ――現在のソリダリスを囲むように、四つの大国の紋章が記されていた。
北のプロイン、西のフラン、南のバラン、そして東に位置する宿敵、シトラス王国。
「いいか。
今回の戦いで、連中はカイルを『狂った怪物』として宣伝する。
民衆は恐怖し、俺たちを討つための重税にも納得しちまうだろう。
それが連中の狙いだ」
レオンは地図の東側、シトラス王国の国境線を指でなぞった。
「だからこそ、先に『真実』を届ける。
ガルシア、お前が何を救ってきたか。
そしてカイル、お前がシトラス王国内でどれほどの人形芝居を強いられてきたか…… そのすべてをな」
「……僕たちの歩みを見せる、ということか?」
カイルの問いに、レオンは不敵に笑いながら頷いた。
「そうだ。
世間じゃ、ガルシアは血も涙もない『魔王』ってことになってる。
だが実際はどうだ?
お前が戦ってきた相手は、いつだって『弱者を踏みにじる強者』や、私腹を肥やす『腐った体制』だけだ。
居場所のない連中を救い、このソリダリスを作った英雄を、連中は自分たちの権威を脅かすからという理由だけで『魔王』と呼んでいるに過ぎねえ」
レオンはさらに言葉を強める。
「連中にとっての魔王は、虐げられた者たちにとっての英雄だ。
その視点の逆転を、大陸中の連中の脳裏に焼き付けてやる。
……ノエル、準備はいいか?」
「はい。
各地の獣人ネットワークや、王国の非道に絶望した者たちを通じて、ガルシアさんが救ってきた人々の『証言』を集めています。
彼らが情報の『種』を撒いてくれます」
ノエルは力強く頷いた。
彼女の可憐な瞳には、ただ守られるだけではない、共に戦う意志の炎が宿っている。
だが、その時。
俺の右手が、不自然なほどの冷気に襲われ、微かに震えた。
「……ガルシアさん?」
ノエルがいち早く気づき、俺の手を包み込む。
癒やしの力を持つ彼女には、わかっているのだろう。
「魔王」としての強大な力を振るうたびに、俺の身体が内側から少しずつ、絶対零度の氷へと変質し始めていることに。
「……何でもねえ。
少し使いすぎただけだ」
「何でもなくありません!!
体温が、信じられないほど……」
「ノエル。
……今はこれしか、守る術がねえんだ」
俺が静かに諭すと、ノエルは唇を噛み、それ以上は何も言わなかった。
ただ、その掌に込められた熱だけが、痛いほどに伝わってくる。
「……さて。カイル、お前には特別な役割がある」
レオンが空気を変えるように切り出した。
「お前は『勇者』という看板を捨て、一人の男として、ガルシアの歩みを証明する証人になってもらう。
勇者が認めた英雄……
これ以上の説得力はねえ。向かう先は決まっている。
東の宿敵、シトラス王国だ」
「シトラス……。
僕たちの故郷であり、すべてが狂い始めた場所だね」
カイルが静かに、だが鋭い意志を孕んで言った。
「ああ。
あそこの腐った王権を震え上がらせ、民衆を味方につければ、周辺諸国の足並みは一気に崩れる。
ソリダリスの『逆襲』の始まりだ」
戦略は決まった。
俺たちはもう、地下の避難所に閉じこもる存在じゃない。
世界が俺を「魔王」と呼び続けるなら、その定義ごと塗り替えてやる。
「よし。 明朝、出発だ」
俺の言葉に、全員が頷く。
月光が差し込む司令室で、俺たちは初めての「反攻」を前に、静かな決意を固めた。
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