052.沈黙の夜明け
数万の軍勢が瓦解し、夜明け前の戦場には不気味なほどの静寂が広がっていた。
かつて連中が「正義」の名の下に並べた魔導砲は粉砕され、広大な大地はガルシアの凍気によってクリスタルの墓標と化している。
「……終わったな」
俺が氷の剣を消すと、カイルもまた聖剣を鞘に納めた。
あいつの左手のあざは、激しい戦闘を終えてもなお、どす黒い輝きを宿したまま。
だが、その顔には悲壮感ではなく、自らの足で大地を踏みしめる男の強さが宿っていた。
「ああ。
でも、これで連中が引き下がるとは思えない。
……むしろ、ここからが本当の地獄だよ、ガルシア」
「わかってるさ。
俺たちは世界を敵に回したんだ。
一晩で解決するはずがねえ」
俺たちは、生き残った兵士たちが腰を抜かして震える中を、悠然と歩いてソリダリスへと引き返した。
◇◇◇
その頃、シトラス王国の王宮ガイア。
魔導通信の鏡を通じて戦況を見守っていたルイン王と重臣たちは、絶句したまま立ち尽くしていた。
「……将軍が、死んだだと?
数万の精鋭が、たった二人に……?」
ルイン王の声は震え、手にしたワイングラスが床に落ちて砕け散った。
彼らが信じていた「勇者」という最強のカードは、今や自分たちの喉元を狙う最大の「脅威」へと姿を変えたのだ。
「陛下、これはもはや一都市の反乱ではありません。
勇者カイルと魔王ガルシア……。
あの二人は、我ら列強諸国の秩序そのものを否定しようとしています!」
「すぐに……
すぐに大陸全土へ布告を出せ!
カイルは魔王に毒され、理性を失った怪物であると!
奴らを討った者には、爵位と生涯使い切れぬほどの褒賞を与えるとな!!」
王の絶叫が冷たい玉座の間に響く。
しかし、その瞳には隠しきれない「恐怖」が刻まれていた。
◇◇◇
ソリダリスの司令室。
俺たちが戻ると、レオンが腕を組んで待ち構えていた。
傍らには、疲弊した避難民のケアを終えたノエルもいる。
「おかえり。
戦場を氷漬けにしたって聞いたぜ。
相変わらず極端な奴らだ」
レオンは皮肉げに笑ったが、その瞳は既に次の「盤面」を捉えていた。
「ガルシア、カイル。
今の勝利で連中は一時的に怯む。
だが、次は各国の王たちが本気で刺客を送り込んでくる。
暗殺、経済封鎖、民衆の扇動……
あらゆる卑劣な手段を使ってくるだろうぜ」
「……わかってる」
俺は椅子に深く腰掛けた。
ノエルが静かに俺の肩に手を置き、その温もりが冷え切った身体を溶かしていく。
「レオン、次の策はあるんだろうな?
守るだけじゃ、いつかこの街も干上がる」
「もちろん、攻勢に出る。
……と言っても、力で攻め落とすだけが戦争じゃねえ。
まずは、連中がひた隠しにしてきた『真実』を、世界中の民衆にバラ撒いてやる」
レオンは不敵に笑い、机の上に一枚の地図を広げた。
「カイルが勇者を辞めた意味。
そして、ガルシアが隠してきた英雄としての功績……。
この世界の『偽りの正義』にヒビを入れてやる。 準備はいいか?」
俺とカイルは、顔を見合わせた。
世界中を敵に回す「大罪人」の旅。
その第一歩を、俺たちは静かに踏み出そうとしていた。
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