045.夜の境界、届かぬ咆哮
突き立てられた氷柱の切っ先が、カイルの喉元で微かに震えている。
「……撃たされたのなら、なぜここにいる。
なぜ、まだその剣を捨てていない」
俺の問いかけは、静かな広場に鋭く響いた。
カイルは唇を震わせ、何かを言いかけ、そして ――言葉を飲み込んだ。
彼の右手に握られた聖剣は、いまだに濁った黄金色の光を放っている。
その剣が、つい先ほど俺たちが必死に築いた避難所を焼き払ったのだ。
カイルは自分の右手を、そして俺の目を直視できず、ただ苦悶に顔を歪めて立ち尽くしている。
その沈黙が、俺には何よりも饒舌な「答え」に聞こえた。
(……結局、お前はそっち側(正義)を捨てる気はねえってことか)
内側からどす黒い感情がせり上がり、理性を焼き切る音がした。
「答えろよッ!!
カイル・シーカー!!!」
咆哮と共に、俺は右手に集束させた漆黒の魔力を剣の形へ固定し、一気に踏み込んだ。
――ガキィィィィィィィン!!
漆黒の刃と、濁った聖剣が正面から激突する。
その衝撃波だけで周囲の石畳が粉々に砕け散り、激しい魔力の余波が暴風となって吹き荒れた。
「ガルシア、待ってくれ! 僕は……!」
「待てるかよ!
あの避難所を焼き払っておいて、今更どの口がそれを言う!」
俺は憎悪を乗せて、連撃を叩き込む。
黒氷の刃がカイルの甲冑を削り、火花が散る。
「……君だって同じだ!
この街を作ったことで、どれだけの国を敵に回したか分かっているのか!
君が王を名乗るたびに、罪のない民が戦争に巻き込まれるんだぞ!」
「じゃあ、大人しく殺されてりゃ満足だったのか!?
国家だの正義だの、そんな都合のいい言葉で俺たちを……
ノエルをゴミのように踏みにじってきたのはどっちだッ!」
交錯する剣戟のたびに、思い出が、友情が、一つずつ壊れていく音がした。
カイルの瞳にある悲痛な光が、今の俺には何よりも忌々しい「偽善」にしか見えなかった。
「……死ねッ!
お前が死ねば、すべてが終わるんだ!!」
俺は自らの命を削るように、どす黒い冷気を爆発させた。
広場全体が凍てつく墓標へと変わり、無数の氷柱がカイルを全方位から襲う。
カイルもまた、あざを激しく光らせ、暴走気味の聖光でそれを迎え撃つ。
互いの刃が、互いの急所へ届こうとしたその時。
「二人とも、いい加減にしてください!!」
広場の中心に、一人の少女が飛び込んできた。
ノエルだ。
彼女は、俺とカイルの間に立ち、両手を広げて立ちはだかった。
「ノエル、どけッ!」
「……ノエルさん、危ない!」
俺たちの剣が、彼女の鼻先数センチで止まる。
激しい余波で彼女の服が揺れ、頬に微かな切り傷が走るが、彼女は一歩も引かなかった。
「……もう、たくさんです。
二人とも、本当は泣いているじゃないですか。
そんな悲しい音を立てて剣を振るうのは、もうやめて……
お願い、せめて今夜だけでも……」
ノエルの震える声が、殺気に満ちた広場の温度をわずかに下げた。
俺は、激しく上下する肩を抑え、どす黒く変質した自分の右手を忌々しげに見つめた。
一方のカイルは、未だに自分の手が引き起こした惨状
――避難所から立ち上る黒煙
――を見つめ、絶望に打ち震えている。
「……ノエルさん。
逃げてください。
僕は、もう…… 取り返しのつかないことをした。
僕が放った光が、あなたたちの仲間を、罪のない人たちを殺したんだ……」
カイルの声は、もはや消え入りそうなほどに掠れていた。
自責の念に押し潰され、立っているのが精一杯といった様子だった。
だが、ノエルは悲しげに首を振った。
「カイルさん、聞いてください。
誰も…… 一人も死んでいません!
爆発の直前、レオンさんが人々を地下の堅牢な区画へ避難させてくれていたんです。
だから、あなたは誰も殺していません。
お願い…… 自分を責めないでください」
その言葉を聞いた瞬間、カイルは弾かれたように顔を上げた。
信じられないといった様子で口を震わせ、張り詰めていた何かが切れたように、その場に膝をついた。
「……誰も、殺してない? 本当に……?」
確認するように呟くカイルの瞳から、一筋の涙がこぼれ、地面の氷を溶かした。
俺は、そんなカイルの姿を冷ややかに見下ろしながらも、氷の剣を消した。
「……今夜はここまでにしといてやる。
だがカイル、次はねえ。
明日の朝、お前がその軍勢を引かせないなら……
俺は、お前を本当の敵として、この手で葬る」
俺はノエルを促し、背を向けて玉座の間へと歩き出した。
闇に取り残されたカイルの背中は、かつて見たどの敗北者よりも小さく、暗い絶望の淵を彷徨っているように見えた。
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