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勇者の陰に英雄あり ~手柄をすべて譲った俺は、悪神の加護を手に理不尽な世界を叩き潰す~  作者: 日向ぼっこ
第三章:理想郷の胎動と魔王の戴冠

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039.漆黒の覚醒

 地下五千人の「王」としての日々は、俺から眠りを奪い、代わりに冷酷なまでの計算高さを与えていた。

 ノエルが広げた獣人のネットワークにより、物資の滞りは解消されつつあったが、それは同時に、俺たちの聖域が地上の連中にとって無視できない「脅威」へと成長したことを意味している。


 氷の玉座に座り、届いたばかりの情報に目を通していたその時、背筋に嫌な汗が流れた。


 ――静かすぎる。


 活気に満ちているはずの居住区のざわめきが、まるで厚い膜に覆われたかのように遠のいていた。


「……ガルシアさん?」


 隣で医療記録を整理していたノエルが、俺の異変を察して顔を上げる。

その瞬間、司令室の重厚な氷の扉が、音もなく霧散した。


「――見つけたぞ、赤髪の死神」


 暗闇から現れたのは、全身を黒い革鎧で包んだ五人の男女だった。

彼らが纏う空気には、見覚えがある。

かつて砂塵舞うバランの街で、俺が塵にした盗賊ギルドの残党……

その中でも、汚れ仕事だけを専門とする暗殺特化の構成員たちだ。


「バランのネズミが、何の用だ。

 ここは、お前らのようなくずが踏み入っていい場所じゃねえ」


「屑だと?

 笑わせるな。

 お前に居場所を壊され、路頭に迷った俺たちの恨み……

 ここで晴らさせてもらう。

 ……いや、お前を殺すのは最後だ」


 先頭の男が、歪な形の短剣をノエルへと向けた。

 

「まずはその女を細切れにして、お前が築き上げたこの『おままごと』の城を絶望で塗り替えてやるよ。

 ……クロスの議会様からも、たっぷり報酬を頂いているんでな!」


 俺の心臓が、怒りで爆発しそうになるのを抑える。

レオンが言っていた通りだ。

七賢議会はもはや、俺を泳がせておく段階を終えた。

バランの怨恨えんこんを利用し、俺の「弱点」を突くことで、この地下を一気に崩壊させようとしている。


「……ノエル、俺の後ろへ」


「ガルシアさん、でも……!」


「いいから下がれッ!!」


 俺が叫ぶと同時に、暗殺者たちが影に溶けるように跳躍した。

俺の周囲で、幾条もの黒い鎖が蛇のようにのたうち、ノエルの四肢を絡め取ろうと迫る。俺は反射的に魔力を解放したが、そこで気づいた。


 ――こいつら、俺の「冷気」を中和する魔導具を装備していやがる。


 議会が提供した特注品だろう。

俺が放つ氷が、奴らの肌に触れる直前で霧となって霧散していく。


『くふふ。

 苦戦しておるのう、ガルシア』


 脳内でロキが楽しげに声を上げる。


『――守るべきものが多すぎると、お主の刃は鈍くなる。

 このまま小娘を殺させるか?

 それとも、己の魂をさらに深く黒く染め、全てを飲み込む闇となるか?

 選ぶがよいわ、王様!』


「……黙ってろ!!」


 俺は魔力の出力を、限界を超えて引き上げた。

中和が間に合わぬほどの、絶対的な暴力。

俺の右腕から溢れ出したのは、蒼を通り越して漆黒に染まった「漆黒の氷」だった。

 

 悲鳴さえ凍りつく速度で、漆黒の氷柱が部屋中を縦横無尽に貫く。

ノエルに迫っていた鎖は粉々に砕け散り、暗殺者の一人は回避が間に合わず、下半身を壁ごと氷漬けにされた。


「ひっ、あ、あぁぁ……!!」


「ノエルに触れようとした罪、その命であがなえ!!」


 俺は動けなくなった男の頭を掴み、そのまま凍結させて砕いた。

残りの四人が恐怖に顔を歪める。

彼らは悟ったはずだ。

魔導具で相殺できるレベルの力ではない。

目の前にいるのは、救世主などではなく、純粋な「災厄」なのだと。


 俺は躊躇ちゅうちょなく、残りの四人も漆黒の氷柱で貫き、凍土へと変えた。

部屋を支配するのは、凍りついた静寂と、どす黒く変質した俺自身の魔力だけだった。


「ガルシアさん……」


 背後からノエルが震える声で俺を呼ぶ。

俺はその手を見ることができなかった。

今の俺の右手は、救うための手ではなく、ただ一方的に命を刈り取る魔王の爪に成り果てていたからだ。


(……議会が俺の弱点を狙った。 次に来るのは、暗殺者じゃ済まない)


 俺が「王」として決断を先送りにしている間に、敵は確実にノエルの首に手をかけていた。

もし、俺の魔力が間に合わなかったら。

想像するだけで、視界が赤く染まるほどの殺意が溢れ出した。


「もう、隠れ住むのは終わりだ」


 俺は独り言のように呟いた。

救われた人々が怯えずに済み、ノエルが暗殺者に狙われない唯一の方法。

それは、このクロス共和国そのものを叩き潰し、俺たちの理法が支配する新しい秩序を打ち立てること。


「ノエル、地下の住人全員に通達しろ。

 ……これより、地上への反攻を開始する」


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