039.漆黒の覚醒
地下五千人の「王」としての日々は、俺から眠りを奪い、代わりに冷酷なまでの計算高さを与えていた。
ノエルが広げた獣人のネットワークにより、物資の滞りは解消されつつあったが、それは同時に、俺たちの聖域が地上の連中にとって無視できない「脅威」へと成長したことを意味している。
氷の玉座に座り、届いたばかりの情報に目を通していたその時、背筋に嫌な汗が流れた。
――静かすぎる。
活気に満ちているはずの居住区のざわめきが、まるで厚い膜に覆われたかのように遠のいていた。
「……ガルシアさん?」
隣で医療記録を整理していたノエルが、俺の異変を察して顔を上げる。
その瞬間、司令室の重厚な氷の扉が、音もなく霧散した。
「――見つけたぞ、赤髪の死神」
暗闇から現れたのは、全身を黒い革鎧で包んだ五人の男女だった。
彼らが纏う空気には、見覚えがある。
かつて砂塵舞うバランの街で、俺が塵にした盗賊ギルドの残党……
その中でも、汚れ仕事だけを専門とする暗殺特化の構成員たちだ。
「バランのネズミが、何の用だ。
ここは、お前らのような屑が踏み入っていい場所じゃねえ」
「屑だと?
笑わせるな。
お前に居場所を壊され、路頭に迷った俺たちの恨み……
ここで晴らさせてもらう。
……いや、お前を殺すのは最後だ」
先頭の男が、歪な形の短剣をノエルへと向けた。
「まずはその女を細切れにして、お前が築き上げたこの『おままごと』の城を絶望で塗り替えてやるよ。
……クロスの議会様からも、たっぷり報酬を頂いているんでな!」
俺の心臓が、怒りで爆発しそうになるのを抑える。
レオンが言っていた通りだ。
七賢議会はもはや、俺を泳がせておく段階を終えた。
バランの怨恨を利用し、俺の「弱点」を突くことで、この地下を一気に崩壊させようとしている。
「……ノエル、俺の後ろへ」
「ガルシアさん、でも……!」
「いいから下がれッ!!」
俺が叫ぶと同時に、暗殺者たちが影に溶けるように跳躍した。
俺の周囲で、幾条もの黒い鎖が蛇のようにのたうち、ノエルの四肢を絡め取ろうと迫る。俺は反射的に魔力を解放したが、そこで気づいた。
――こいつら、俺の「冷気」を中和する魔導具を装備していやがる。
議会が提供した特注品だろう。
俺が放つ氷が、奴らの肌に触れる直前で霧となって霧散していく。
『くふふ。
苦戦しておるのう、ガルシア』
脳内でロキが楽しげに声を上げる。
『――守るべきものが多すぎると、お主の刃は鈍くなる。
このまま小娘を殺させるか?
それとも、己の魂をさらに深く黒く染め、全てを飲み込む闇となるか?
選ぶがよいわ、王様!』
「……黙ってろ!!」
俺は魔力の出力を、限界を超えて引き上げた。
中和が間に合わぬほどの、絶対的な暴力。
俺の右腕から溢れ出したのは、蒼を通り越して漆黒に染まった「漆黒の氷」だった。
悲鳴さえ凍りつく速度で、漆黒の氷柱が部屋中を縦横無尽に貫く。
ノエルに迫っていた鎖は粉々に砕け散り、暗殺者の一人は回避が間に合わず、下半身を壁ごと氷漬けにされた。
「ひっ、あ、あぁぁ……!!」
「ノエルに触れようとした罪、その命で購え!!」
俺は動けなくなった男の頭を掴み、そのまま凍結させて砕いた。
残りの四人が恐怖に顔を歪める。
彼らは悟ったはずだ。
魔導具で相殺できるレベルの力ではない。
目の前にいるのは、救世主などではなく、純粋な「災厄」なのだと。
俺は躊躇なく、残りの四人も漆黒の氷柱で貫き、凍土へと変えた。
部屋を支配するのは、凍りついた静寂と、どす黒く変質した俺自身の魔力だけだった。
「ガルシアさん……」
背後からノエルが震える声で俺を呼ぶ。
俺はその手を見ることができなかった。
今の俺の右手は、救うための手ではなく、ただ一方的に命を刈り取る魔王の爪に成り果てていたからだ。
(……議会が俺の弱点を狙った。 次に来るのは、暗殺者じゃ済まない)
俺が「王」として決断を先送りにしている間に、敵は確実にノエルの首に手をかけていた。
もし、俺の魔力が間に合わなかったら。
想像するだけで、視界が赤く染まるほどの殺意が溢れ出した。
「もう、隠れ住むのは終わりだ」
俺は独り言のように呟いた。
救われた人々が怯えずに済み、ノエルが暗殺者に狙われない唯一の方法。
それは、このクロス共和国そのものを叩き潰し、俺たちの理法が支配する新しい秩序を打ち立てること。
「ノエル、地下の住人全員に通達しろ。
……これより、地上への反攻を開始する」
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「今後どうなるの!?」
と思ったら、
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします!!
面白い!なら☆5つ、つまらない!!なら☆1つ、
正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークも頂けると本当にうれしいですし、はげみになります!
よろしくお願いします!!






