22 闇魔法①
ふわりと上昇する感覚がして、目が覚めた。今日は湿度が高い。外は雨なのだろう、雨粒が窓に当たってぱたぱたと音をたてている。薄暗い部屋の中、花瓶の上で重たげな丸い花を咲かせている紫陽花が、梅雨の訪れを一人元気に知らせていた。
コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、お目覚めですか?」
「ん、今起きた」
ドア越しのハンナの問いに、返事をする。思ったより眠たげな声が出た。
次の瞬間、ドアが開くのと同時に、私は腰を抜かすことになる。
いつものようにドアを開けてハンナが姿を現すだろうと予想していた私は、ドアの隙間から飛び出したカラーテープと威勢のいい軽快な破裂音に、びくりと肩を震わせた。
訳が分からず困惑していると、悪戯っぽい笑みを浮かべたハンナが、ドアの隙間からひょっこり顔を出した。その手には、手のひらサイズの細長い円錐の物体が握られている。
「おはようございます、お嬢様。十五歳のお誕生日、おめでとうございます」
その言葉に、そういえば、と思い出す。
今日は六月二十日。十五年前の今日、私は生まれた。
「もう、びっくりした。驚かさないでよハンナ」
「ふふふ。サプライズです。寮なので、領地にいるときのように皆からお祝いをしてもらえないじゃないですか。そこで、私が代表でお祝いさせていただきました」
優しい侍女の心遣いに、胸がじんわりと温かくなる。一か月ほど前にタウンハウスで使用人のみんなに会ってから、寂しく感じることが少し増えたのだ。
「ありがとう、ハンナ」
「こちらこそ、生まれてきてくださってありがとうございます、お嬢様。ーーそうだ」
そこでハンナは何かを思い出したようで、手をポンと打った。
「領地と王都、両方の屋敷の使用人達からお嬢様宛てにプレゼントが届いております」
「ほんと?!」
「今持ってきますね」
ハンナはニコニコ笑顔で部屋を出ていく。足音から、嬉しそうなのが伝わってくる。
暫くして、ハンナは二つの包みを持って戻ってきた。
「わあ、綺麗なラッピング! 見て見てハンナ、領地からのなんてピンクの包みに金のリボンだよ。私の色!」
「使用人一同、お嬢様を愛しておりますので」
「本当に嬉しい! あとでお礼の手紙書かないと!」
喜ぶ私を瞳に映し微笑んだハンナは、壁にかかった時計をちらりと横目で見た。
「お嬢様、遅刻したくないなら開封は急ぎめでお願いします」
「あらら、ほんとだ」
時計を見ると、もう七時をまわっていた。
八時に寮を出るためには、急がなければ間に合わない。
早く包みを開けたい衝動を抑え、リボンを丁寧に解く。姿を現した細長い箱を見て、その自分好みのデザインに、胸がときめいた。
中から出てきたのは、銀色の万年筆。もう一つの包みの中身はピンクのネグリジェだ。それぞれメッセージカードがついていて、私の学園生活を心配する文章が綴られていた。
……私はそんなにも弱く見えるのだろうか。
自分ではしっかり者に振る舞っているつもりなのだが、ハンナをはじめとした付き合いの長い使用人達は、私を少し幼く見ている節があると思う。
「お嬢様、そろそろ時間なので朝食にしましょう」
ベッドから降りるよう促すハンナに頷いた。別に時間を忘れていたわけではないのだが、こうやっていちいち声をかけてくるあたり、やはり子供扱いをされている気がする。
膝の上のプレゼントを枕元のテーブルに移動させると、大きく伸びをした。ついでに、大きなあくびも。
ふわぁっと眠たげな声に、ハンナは幼い子供に向けるような優しい愛しさを滲ませた目で笑った。
「アリアさまっ! 今日、お誕生日よね?」
教室に入るなり、カトリーアさまが駆け寄ってきた。手には、綺麗にラッピングされた手のひらサイズの箱が握られている。
「そうですが……なぜご存知なのですか? 私、言いましたっけ?」
「だって、前世の設定資料集に書いてたもの」
声のトーンを落としたカトリーアさまが言う。
その言葉に、そうだ、この人は自分と同じ転生者だったと思い出す。
彼女の言葉に少々驚きつつ、質問を重ねた。
「設定資料集を覚えているなんて、まさか、かなりのまじらぶ好きだったとかですか?」
「そうだけど。悪い?」
カトリーアさまはその可愛らしい頬をぷうと膨らませた。
自分の言葉が意図せぬ方向に受け取られてしまったことに気付き、首を左右に振る。
「いえ、大好きだというのはこれまでの会話からもわかっていたのですが、資料集まで買って、さらにそれを覚えているほどとは思ってなくて」
「そういえば、いつもストーリーの話ばかりして、本編に出てこない設定の話はしたことなかったわね。まじらぶは設定資料集もインタビュー記事も読み込んだから、だいたい覚えてるわ」
「奇遇ですね、私もです」
二人、目を合わせてくすっと笑う。
かと思えば、カトリーアさまが、手に持っていたラッピングされた箱をこちらに向けて差し出してきた。
「これ、誕生日プレゼントよ」
「わあ、ありがとうございます! 開けてみてもいいですか?」
「ええ」
箱に巻かれた包装紙をくるくると開けると、顔を出したのは手のひらサイズの小さな箱。
その箱も開けると、出てきたのは、小さな花を模った金色のバレッタ。繊細なつくりのそれは、教室の灯りの光をキラキラと反射している。
「そのバレッタ、私のと色違いで買ったの」
照れを隠すようにそっぽを向いたカトリーアさまは、ちらりと目だけでこちらを見て言った。
「ありがとうございますっ。とても、可愛いです……! 大事に使わせて頂きますね」
彼女と同じように、私の頬も紅潮しているのだろう。もっとも、照れている彼女とは違い、私は興奮によるものだが。
二人揃って顔をそらし、それでもやはりちらちらと互いを見ては、くすりと笑う。
そこに。
「なになに、何の話?」
唐突に話に割り込んできたのはヘレンドさまだ。じめじめした雨の日でもその高めなテンションは健在で、少し憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる力がある。
「わあ! 何それ、髪飾りか?」
「アリアさまが今日お誕生日なのよ」
「うお、まじか。ごめんアリア嬢、何も用意してないや」
「いえ、私も言ってなかったので、当然だと思います。お気持ちだけ受け取っておきますね。ありがとうございます」
私がそう言うと、ヘレンドさまは少しバツが悪そうな笑いを浮かべた。
にこりと私も笑った時、ちょうど始業を知らせるチャイムが鳴った。
教室に入ってきたのは、サリヴィア先生。普段使っている教科書に加え、分厚めの本を二冊抱えている。闇色の表紙のその本は、王立図書館の禁書庫にありそうな重厚感を放っている。
いつもと違う、本を使った授業に、心が浮き立つ。
大好きな魔法科論理の授業が始まる、とわくわくしていた私の心は、次の瞬間、先生の発した一言目によって、はてなマークで埋め尽くされることになる。
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