21 花祭り⑤
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午後四時。
昼食のサンドイッチを食べた後は、ちょうどやっていた大道芸を見たりハンナや王都の屋敷の使用人達へのお土産を買ったりしていると、あっという間に時間が過ぎていった。
王都の商店街の北門を出ると、貴族の大きな邸宅が建ち並んでいる。この道をずっと行った先は王城だ。ちなみに、私達がくぐった北門と反対側にある南門の先には、平民街が広がっている。平民街にも美味しいレストランがあるそうなので、いつか行ってみたい。
門を出て十五分ほど歩くと、久しぶりのラティーア家が見えてきた。王都のタウンハウスは小さめだが、ラティーア家は伯爵家の中では上位である。
この時間帯は父もまだ王城にいるため、私達を出迎えてくれたのは、老年の執事長だった。
屋敷に入ると、事前に訪ねる旨を伝えていたため、メイドや執事達は特に驚きもせず笑顔で迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、お嬢様。今日はこのまま庭へ?」
「うん。お茶の準備をお願いできる?」
「かしこまりました。お帰りはいつぐらいになさいますか?」
「寮の門限が六時だから、五時半くらい。馬車は二台お願い」
「かしこまりました。ではごゆっくり」
「そうだ執事長、これ」
鞄から取り出したのは、商店街を出る前に買ったクッキーだ。かなりたくさん入った大袋を二袋、執事長に手渡す。
「花祭りのお土産だよ。皆で分けて」
「ありがとうございます……!」
感激しつつ一礼して去っていく彼を見送って、私は振り向いた。
カトリーアさま達を見て微笑む。
「では、お庭に行きましょうか。クローバーの多さにきっと驚きますよ」
タウンハウスの庭のクローバーは、もともと、私の母が植えたものだった。
ラティーア家に嫁いできた母が、花祭りで花冠を作る文化を気に入り、王都の屋敷にもクローバーを植えさせたのだ。
幼少期の私は母と過ごすことが多かったため、よく自身も花冠を作って領地の花祭りに参加していた。
母が亡くなってからは私は領地で過ごしていたため、王都の屋敷のクローバーで花冠を作る人はいなかったようだ。
私が今年王都の学園に入学したからこれからは毎年作りに来れると執事長に手紙を書いたら、毎年どころか毎日来てくださってもいいのですよ、と返事が来た。
執事長をはじめとしたタウンハウスの使用人の皆は、私が幼い頃からフレンドリーに接してくれて、父が仕事であまり帰って来ない静かな屋敷の中でも居心地が良かった。
領地に移ってから何年も会っていなかった彼らが今になっても昔と変わらず接してくれることに、安堵を覚える。私はここに居ていいのだと、使用人に大切にされているのだと、そう思えた。たとえ、父の興味が私に向くことが無かったとしても。母と彼らが愛情を注いでくれたからこそ、今の私がある。前世の記憶や人格があったとはいえ、この家庭状況で擦れずに成長できたのは、間違い無く彼らのおかげだ。本当に感謝しかない。
「――アリアさま?」
名前を呼ばれているのに気づきぱっと顔を上げると、目の前にカトリーアさまの整った顔があった。二つの大粒のアメジストが、こちらを心配そうな色で覗き込んでいる。
「大丈夫? 何回か呼びかけたんだけど、気づかなくて」
ふと彼女の手元に視線を落とすと、綺麗な円形に編まれた花冠があった。クローバーの花だけでなく葉も混ざった、その白と緑のバランスは絶妙だ。
「ごめんなさい、少し考え事をしていました。それより、花冠、完成したんですね」
「ええ。綺麗にできたと思わない? 早くできちゃったから、ヘレンにも教えたのよ。ヘレンももうすぐ出来上がるわ」
彼女の視線の先には、黙々と手を動かすヘレンドさま。茎が飛び出ている箇所もあり形も少し歪ではあるが、たしかに花冠だ。
その隣では、ユーリさまが完成した花冠を観察するようにじっと見つめていた。殿下は少し離れたところで、どうやら花束を作っているようだ。
「本当だ。ありがとうございます、私がぼーっとしている間にここまで進んでたんですね」
「そう言うアリアさまだって、ぼーっとしてても冠はほとんど完成してるわよ?」
「私は手が作り方を覚えているので」
「そうなのね。さすがだわ!」
編み終わったヘレンドさまに輪の閉じ方を教えていると、コンコンと窓がノックされた。すぐにガチャリと窓を開けたのは執事長だった。
彼は柔和な笑みを浮かべてそろそろ時間だと告げた。それを受けて、皆、目を閉じて願い事をする。私も花冠を握った手にぐっと力を込めた。
「では、またいらしてください」
「今日はありがとう」
屋敷を出ると、執事長が馬車を用意してくれていた。二台なんて急なお願いにすぐに対応してくれて、本当に助かる。
腕いっぱいにお菓子やお土産を抱え頭には花冠を乗せたカトリーアさまが、ほくほくした笑みを浮かべている。殿下はそんな彼女を愛しそうに見つめていて。ヘレンドさまも自分が作った花冠を、指でくるくると回していた。ユーリさまは私をちらりと見た後。
「今日はありがとう」
ぼそりと呟いた声は、たぶん私と彼にしか聞こえなかっただろう。でもそんな小さな感謝の言葉に、胸がじんわり温かくなる。
馬車に乗り込む直前、屋敷を振り返る。そして、もう全員が腰を下ろした馬車の中を見渡した。
目の前の、この幸せな日常がずっと続くのだと錯覚してしまう。明日も明後日も、永久に皆で、平和に過ごせるのだと思い込んでいる。
ふとそんなことを自覚し、自嘲するように笑った。あの前世の夢の余韻が、まだ尾を引いているのか。
願いが、祈りが、思い込みが、永遠になんて続くはずがないことは、痛いほど知っているのに。
――それでもさっきの私は、この世界が平和でありますようにと願った。
私が一人分空けられた場所に座ると、五人を乗せた馬車はゆっくりと動き出した。
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