凡骨は振り返れない
──もし、何かあったら相談してください。
別れ際、ニトロさんにそう言って俺は帰路についた。
それ以外に何もできなかった。
俺ごときに何ができるわけでもないけれど、そんなことしか言うことができなかった。
分からない。
気持ちの悪い不安だけが肺に溜まるようで呼吸がしづらい。
何も起きていないのに、何かが手遅れな方向に向かって走り出しているような嫌悪感があった。
「……何も分からないのに、変なことは言うべきじゃない……はず」
「変なことって?」
「……っ!?」
自分の中でも説明がつかず、折り合いのつかない感情になんとかケリをつけようと言語化を図る。
当然誰かに向けたわけではないそれに返された言葉に慌てて振り向くと、そこには我がクラスの英雄、紅帝君の姿があった。
「紅帝君……。どうしてこんなところに……?」
「ずっと城内は気が滅入るからね。たまに外に出てこの世界の人と関わるようにしてるんだ」
「……そう、なんですね」
知らなかった。
別に紅帝君に限った話ではないけれど、改めて考えてみると他のクラスメイトも訓練以外で何をしているのか全然知らない。
なんとなく勝手に訓練以外の時間は各々楽しく城内で過ごしているものとばかり思っていた。魔王討伐に必要な人員という扱いなのでお願いすれば大概のものは用意してもらえるし。
当たり前のことだけど、俺以外だってみんな自分の頭で考えて行動を選択しているのだ。無意識とはいえ勝手に訓練が終わったら何もしていないと偏見を持っていたのは褒められたことではない。反省しないと。
「白鷺君はどうしてここに? もしかして僕と同じ?」
「あ、いえ。俺は……ちょっとお世話になった人に挨拶に。もう終わったので帰るところでした」
内省していると紅帝君が小首を傾げてそう尋ねる。
隠すつもりこそないけれど、わざわざ冒険者のことまで掘り下げて話す必要性も感じなかった。
だから、なるべき簡潔に何をしていたのかだけ告げると、それで紅帝君も納得がいったのか小さく頷くと笑みを浮かべる。
「そっか。僕もそろそろ帰ろうと思っていたところだったんだ。ちょうどよかったよ」
言いながら紅帝君は城に向かって歩を進める。
「…………」
さすがに俺もいい加減学習した。
これはあれだ。とくに明言化はしていないけど、一緒に帰ることがすでに決まっている奴だ。
本当に対人コミュニケーションという奴は難しい。
さっきの会話のどこで一緒に帰ることが決まったのかは未だによく分かっていない。少なくともそんな会話は微塵もなかった。
けれど、度重なる失敗から今がそういう「空気」なんだということだけは理解できるようになった。
きっとこうして間違いを積み重ねながら俺は少しずつ人との接し方を学んでいくのだろう。
とくに深く考えずともうまく人との距離感を掴んで、うまく人と接していける能力を持った人が心底羨ましい。
とはいえ、羨んだところで自分がそうなれるわけでもないので、そんなことをしている暇があるならそういう人の立ち回りを見て少しでも自分のできることに落とし込むべきなのだろうけど。
「……? 白鷺君? どうかした?」
「あ、すみません。大丈夫です」
振り返り不思議そうな顔でこちらを待つ紅帝君。
慌てて歩を進め横に並ぶと再び紅帝君の足は動き出した。
「こんな時間に外を歩いてるとさ、何か悪いことしてるみたいな気分になるよね」
「……あぁ、たしかにそうですね。補導とか、この世界ではないって分かってるんですけどなんとなく身構えちゃいます」
とりとめのない会話。
まさしく雑談と呼ぶに相応しい意図も意味も目指す目的地もない会話。
城に帰るまでの道はずっとそんな雑談に溢れていて、ついぞ俺が振り返ることはなかった。




