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異世界でも凡骨は希う  作者: 日暮キルハ


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凡骨は生贄を捧げる

 俺は他のカスとは違う。

 実力はもちろんあるが、それと同時に上位ランクの冒険者には必須の思慮深さも持ち合わせている。


 だから、目の前の雑魚の様子のおかしさにすぐに気がついた。

 明らかにギルドで最初に見た時とは印象が違う。あの時のこいつは俺達にビビってまともに目も合わせられないような明らかに雑魚まるだしのカスだった。

 迷宮(ダンジョン)に入ってからだってそうだ。弱くて何も出来ねえから雑用を押し付けられて、弱いから反論の一つもできねえような正真正銘の雑魚だったはずだ。


 それが、今のこいつはなんだ。

 あれだけ合わなかった視線は嫌というほどにあう。なんなら生意気にも俺の腹の中を覗いてやろうって意思すら透けて見えるくらいに真っ向から視線をぶつけて来てやがる。


 おかしかったのは、あいつがミノタウロスからどういうわけか逃げ出すことに成功して俺達と合流したときからだった。

 最初はあんな状況なのに馬鹿みたいに何も理解できず狼狽えてるだけだったのに、状況を説明してやった途端に目の色も声色も立ち姿も雰囲気も、全てが変わった。

 そして、そのせいで俺は未だに目的を果たせずにいる。


 俺は他のカスとは違う。

 だから、目の前のこいつにもう油断はしねえ。

 コドエナについて聞いた俺に対してのこいつの態度から察するに、たぶんコドエナはこいつに殺されたのだろう。

 俺と違ってこいつを舐めてかかったんだ。バカな奴め。才能はあったが、それだけだったな。


 俺は油断はしない。

 隙だらけの立ち姿はきっと俺を誘い込むための罠だ。

 他に何を仕掛けてるか分かったもんじゃない。

 もしかしたら弱く見せていたのだって隙をついて殺すための罠だったのかもしれない。


 大した奴だ。

 俺じゃなければきっとこいつの偽装に騙されて罠に嵌められて殺されていただろう。

 だが、相手が悪かった。

 こいつの最大の不運は俺と敵対してしまったことだ。


 絶対に油断はしない。目も離さない。

 じわじわと精神を削り取って、張り詰めた集中の糸が途切れたその瞬間がお前の最期だ。

 そのためなら、いつまででも待ってやる。


◇◆◇◆◇


 必要なのは時間だった。


 たとえ右足の腱をやられていて、移動にかなりの制限がかかっていたとしてもそれこそ両足を持っていけていない限り俺ではセマカに勝てない。

 ここまでのセマカの戦闘と俺の実力から考えて出た結論。

 悲しいが仕方がない。無理なものは無理なのだ。


 ところで、話は変わるが魔物には多かれ少なかれ知能がある。

 ゴブリンやミノタウロスにおいてもそれは同様で、だからこそあらゆる形で痕跡を残せばそこを起点に発見されるリスクが生じる。

 つまり、痕跡を残せば意図的に魔物を誘導することができる。


 もちろんそれほど精度の高いものではない。

 痕跡を残した周辺に魔物がやって来る可能性を上げることができる程度の話。

 ここが迷宮(ダンジョン)であり、外に比べて魔物との遭遇率が高いことを踏まえても確実とはいえない。


 だから、必要なのは時間だった。


 時間をかけて魔物が徘徊する時間を増やし、残した痕跡が見つかる可能性を上げ、こちらに来てくれることに期待する。

 運の要素が決して拭えず、確実性には欠けるこの策に頼らざるを得ない状況はできることなら避けたかった。

 最初の奇襲で殺せなかったことが本当に悔やまれる。


 まぁ、うまくいったのでもういいが。


「……ぁ」


 足音が聞こえた。

 セマカの息を呑む音が聞こえた。


 だから、振り返ることもせずに全力で走った。


 背後で地面の割れる音がした。

 衝撃に姿勢を崩しながら、しかし振り返ることなく走る。

 振り返る余裕なんてあるはずがなく、振り返るまでもなくそれがすぐ背後に来ていることは理解できた。


 すでにニトロさんの治療は終わっている。血が足りないのか意識はなさそうだが傷は塞がっていそうだ。

 セマカがこちらに注意を向けてくれていたおかげでドールさんが自由に動けた。


 経験豊富な冒険者というのは本当に優秀だ。

 何を言ったわけでもないのにこちらの意図を理解して動きやすいように場を整えてくれる。


 自身に強化をかけてニトロさんに肩を貸して立ち上がらせるドールさん。

 もう片方から俺も支えるのを手伝えば問題なく外まで運べるだろう。


「……」


 ただ、それだけでは足りない。

 ミノタウロスが全力でこちらを追いかけたら外に出るよりも捕まる方が早い。

 時間が必要だった。


「……」


 セマカがとても片足を使えないとは思えない速さで前方を移動している。

 ……その背中は、とても隙だらけだった。


「……ショックボルト」


「……っ!?」


 指先から少しびりっとする程度の静電気を飛ばすだけのスキル。

 しかし、片足で移動をする人間を転ばせるにはそれで十分な威力だった。


「お、おま……っ」


 こちらの足を掴もうとしたセマカの手を躱す。

 そのまま視線を向けることもせずに隣を駆け抜ける。


「待って……っ。た、助け──」


 地面が潰れる音に混ざって、肉の潰れる音がした。

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