タンポポ
「しゃべった!?」
そのタンポポは枯れている。
ラウルは首をかしげていた。先ほどまであれほど成長していたのだ。それが突然枯れてしまうなど、不思議でしかない。しばらく観察していたが、もう喋るようすはない。
(喋るタンポポなど、聞いたこともない。)
ラウルはこの世界のタンポポは喋るのかと、自分でも馬鹿なことを考えていた。それに、ラウルの貴族名を口にした。タンポポが、である。そういえば、先日も森の中でおかしな声を聞いた冒険者がいた。その声の主が、ここまで追いかけてきたということだろうか?
ラウルはタンポポが森から追いかけてくるところをイメージして、止めた。
(馬鹿馬鹿しい、タンポポが走って追いかけてくるわけがない。。さっきみたいに綿毛に飛ばされて追いかけてきた? ありえない。。しかし、現に種はこの異次元の空間の中に入ってきた。)
ラウルは周辺をもう一度詳しく調べた。
【サーチ】
周辺にラウル達以外に魔力を持つものはいない。タンポポにも魔力は感じられなかった。
次に、タンポポを鑑定する。結果は普通のタンポポと表示された。ただ、水が足りないため活動停止中だと表示されている。ならばと、水属性魔法で水を生成し、タンポポにあたえてみた。もう一度鑑定すると、水分吸収中になった。しかし、先ほどのように急成長はない。
ラウルは一つの仮説にたどり着いた。先ほどは入り口を閉じると、タンポポが枯れた。現実世界との繋がりを絶つと、タンポポは急成長できなくなったのかもしれない。すると、外部からタンポポを操っていた者がいた可能性はないだろうか?
仮説を確かめるために、ラウルは入り口をもう一度開くことにした。
少し前までは、入り口を何も考えないまま開いていたが、最近は、外に誰かいた場合を考えて、一応外の状況を確認してから入り口を開けるようにしている。魔素関知、魔力関知でだいたいの外の状況は把握できていた。
ラウルは念のために、領都の外の森に空間を繋げ直した。外の状況を確認したのち、入り口を開く。しばらく様子を見ていると、外から大量の魔素がタンポポに向かって流れ込んできた。魔素関知を使用しておいて良かった。何が起こっていたのか十分に理解できた。
次の瞬間、タンポポは勢いよく跳ね起きた。
(ビヨーン)
そのまま青々と色は変わっていき、茎はスルスルと上に伸びていく。地面にはギザギザの葉っぱが水平に広がっていく。茎のてっぺんには蕾が膨らんだと思ったら、すぐに黄色い花が咲いた。
だが、そこで成長は止まってしまう。喋ったりもしない。
しばらくそのまま観察していた。するとタンポポの上の空間に、突然、人のシルエットのようなものが浮かび上がった。それは、輪郭だけで目も鼻も口もない。当然服も着ていない。真っ白な人の形をしていた。ただ、体型から女性だとわかる。
『フィデル。ああ、フィデル』
ラウルに向かってそのシルエットは話しかけてきた。正直、かなり不気味である。人間でないのは確かだが、襲ってこないところを見ると、敵対心はないようだ。それに、ラウルの貴族名を知っているのは謎である。どう考えても説明がつかない。
ラウルは警戒しながら意思疎通を試みる。
「あなたは、何なんですか? 人間ではないのでしょう?」
そのシルエットはしばし黙っていたが、返事をした。
『ああ、ごめんなさい。いきなりこんな私が会いに来ても、恐れるよね、怖がるよね・・・。』
(泣いている?)
白い体のそれは、意思疎通はできるようだ。そして、悲しみに支配されているように見える。
『昔は人間だったのよ? 信じられないと思うけれど、私はあなたの母親をやっていました。。』
「え!?」
とんでもないことを口走った。。
この白い何かは、元ラウルの母親だという。
「え・・・、えーと、お名前は?」
『ジェイル・・・。』
聞いていた名前と一致する。
「ちょ、ちょっと待っててください。」
『あ・・・』
ラウルは何か思いついたように、セバスを呼びに行った。
「セバス、すまないがすぐに来てくれ!」
「ラウル様? どうしたのですか?」
セバスを急いで連れてくると、白いシルエットの女性はまだタンポポの上で待っていてくれた。
「な!?」
セバスが白いそれを見て驚愕な表情をみせる。
「セバス、敵ではない、大丈夫だ。話を聞いていてくれ。」
「ラウル様、これはいったい・・・!?」
すると、セバスを見た白い君は、驚くように口を開いた。
『ああ、セバス。あなたが私のフィデルを守っていてくれたのですか・・・。ありがとう。ありがとう。』
白い君は、また泣き始めたようだ。。
「あなたは、この男をセバスと呼んだ。俺のことをフィデルと、セバスのことも知っていた。そして、あなたの夫だった者の名前は?」
『はい。バルサニール王国、第一王子ウェインです。これで、信じて貰えるかしら・・・。』
「はい、信じます。あなたが、私のお母様だと・・・。」
『うぅ・・、フィデル。ありがとう。そして、ごめんなさい。最後まで守り切れなくて・・・。』
白い君は、ずっと泣いている。
それを聞いていたセバスは、信じられないような顔をしていた。
「そ・・・、そんな。フィデル様のお母様? ジェイル様だというのですか?」
『はい・・・。今は、ただの精霊となってしまったようです。。』
セバスは体全体が脱力して、両膝を地面について放心状態のようだ。
「そ、そんな・・・。そんな・・・・。う・・・う・・・・、うぁぁぁああ」
セバスは頭を地面にこすりつけ、土下座のようなポーズで泣き出した。
「も、もうしわけありません、私達がお守りすべきお方をこのようなお姿に・・・。お守りできなかったこと、もうしわけ、大変もうしわけありません! う・・・うぁぁぁ。」
『そんな、顔をあげてください。こうして我が子を守ってくれているではありませんか。。』
「それも、つい二日ほど前からなのです・・・。それまでは、盗賊の・・・ど、奴隷として、いままでフィデル様は生き抜いてこられたようなのです・・・。私も探したのですが、近衛兵の任を解かれて・・・。力及ばずに・・・申し訳ありません。」
セバスはずっと泣きながら土下座で謝罪している。
『そ・・・そんな。盗賊の奴隷に?』
「ああ、もうすんだことです。今はこうして元気で、セバスとも会えました。大丈夫です。」
『ごめんなさい。あの時は逃がすだけで精一杯だったのです・・・。』
「大丈夫ですよ。こうしてまた再開できたこと、嬉しく思います。母様。。」
『ああ、フィデル・・・。私も嬉しい。。』
ラウルはとても今の彼女には言えなかった。奴隷だった頃の心の病で、あなたのことはまったく覚えていませんなどと。。ラウルは幼少期の記憶はまったく抜け落ちているのだった。。それを思えば、今の白い君は、実に都合が良かった。顔を覚えていないことを気づかれないからである。




