醤油作りの指導
もう少し魔法の勉強をしたかったが、だいぶ陽が傾いてきているので帰宅することにする。練習の為にも、屋敷まで『ワープ』で戻ってきた。一瞬である。
夕食の際に、閲覧許可の件で旦那様にお礼を言った。
「旦那様、空間魔法の中級編の書物、図書館にありました。ありがとうございました。」
「そうか、それはよかった。中級ともなるとかなり難しいのだろう?」
「はい、『ワープ』という瞬間移動の魔法があるのですが、かなり難しかったです。」
「瞬間移動か? ああ、確か伝説の魔法だと聞いたことがある。」
「はい、習得に丸1日かかってしまいました。」
「え?」
「え?」
旦那様が何故か驚いています。驚愕の顔とは、この様な顔なのでしょうか。
「ちょっとまて、ラウル。」
「はい。」
「今、習得したと言ったのか?」
「はい、習得しました。」
「えーー、ラウルすごーい!」
お嬢様が嬉しそうに褒めてくれました。
「ありがとうございます。」
「いや、そうじゃないだろう! 伝説の魔法だぞ!」
「伝説なのですか?」
「ちょっと待ってくれ。ワシにも事の重大性がよくわからなくなってきた。おい、イブよ。たしか、瞬間移動の魔法は王都の宮廷魔術師団の団長でも使えなかったよな?」
「はい、瞬間移動の使い手はいまだに聞いたことがありませんわ。」
どうやら、この世界ではまだ瞬間移動を使える魔術師はいないらしい。
「と・・・、とにかくラウル。その魔法はお主に災いをもたらすやもしれん、しばらく使用禁止にしてくれ。」
「え・・・、さっき王都まで飛んでしまったのですが。大丈夫でしょうか?」
「誰かに見られたのか?」
「いえ、周りには誰もいませんでした。図書館に戻ったときも俺ひとりでした。隠れてみられていたら気づかなかったかもしれませんが・・・。」
「うむ・・・、そうか。その魔法はこの家にとって、よからぬものを呼び寄せるだろう。すまないが、命に関わるなどのやむを得ない場合を除き、使用を控えてくれ。」
「はっ、畏まりました。」
この魔法は使用禁止になってしまった。考えてみると、このことが多くの貴族の耳に入ると、おそらくラウルを取り込みにかかるだろう。商人にとっても喉から手が出るほどほしい存在。
馬車も持たずに荷物を運べるし、例え王都への納品も一瞬で終わってしまう。そんな人間の存在、確かにどんな手を使ってもほしいかもしれない。
「あ、それからな、ラウル。」
「はい。」
「明日から醤油工場の責任者が家にやってくる予定だ。しばらくは家でその者に醤油の作り方を教えてやってくれるか。材料費などは全てこちらが持つのでな。」
「畏まりました。」
翌日、工場の責任者がやってきた。見た感じ、30代くらいの男だった。
「初めまして、わたくしはアベル商会から派遣されました、ルクスと申します。本日は、お日柄も良く・・・・。」
貴族相手に使われるような長い挨拶が続く。アベル商会・・・、はて、どこかで聞いたことがあります。ああ、お嬢様の学園へ荷物持ちとして付いていったときに、絡まれたのが確かアベル商会の次男君だったはずです。
「初めまして、自分はラウルと申します。平民ですが、伯爵家の客人としてお世話になっております。よろしくお願いいたします。」
相手が平民だとわかった後も、丁寧な対応は変わらなかった。ラウルに対して最大限の礼を尽くしてくれているようだ。ラウルもつい指導に力が入ってしまうようだ。
種麹を混ぜる工程まできて、一つ問題が発生した。ラウルは種麹を作るときに、菌の見極めに鑑定スキルを使用している。これは、誰もが持っているスキルではない。当然、ルクスも鑑定スキルは持っていなかった。一応、コロニーを作ったときに色で見極める方法もあるが、もし、万が一違う毒を持っている菌を謝って混ぜてしまうと大変なことになってしまう。
旦那様に相談した結果、やむを得ず、ラウルが種麹を供給することで話がついた。
ちなみに、鑑定スキルを持っていることをルクスに話したのだが、顎が外れるほど驚いていた。鑑定スキル持ちも通常は大店などで囲われることが多い。手厚い待遇で、ちょっとした貴族よりもよっぽと良い暮らしをしているらしい。それなら良いが、中には奴隷のように働かされるスキル持ちもいるようだ。ラウルは伯爵家に拾われて運が良いと言われてしまった。ラウルもはじめは奴隷として伯爵家に買われたことは黙っておいた。
種麹を混ぜてから三日が過ぎた。良い感じに発酵が進んでいる。後は塩水を入れて2年熟成させれば完成である。ここでラウルは2年も待つのは大変だろうと、2年経った醤油を部屋から持ってきた。
「はい、これが2年経過した物です。」
「おお、良い香りがします。」
「はい。では、早速搾り工程の説明をしますね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
ラウルは熟成された諸味を布で濾していく。もっと機械で圧力をかければ良いのだが、それは今後の課題である。ラウルは濾された透き通った醤油を火にかける。最終工程だ。
「こうやって火にかけて微生物を殺菌していきます。これが最終工程となります。」
「はい。」
ルクスさんは必死でメモを取っていく。できあがった醤油は旦那様に献上した。その日の夕食は豚の角煮だったのは言うまでもない。特別にルクスさんもお相伴にあずかっていた。
ルクスさんはあまりの美味しさに箸を落とした。すぐさま豚の角煮のレシピを聞かれたが、これは簡単に渡せる物ではない。当然断った。




