表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電子に眠る未来 〜昨日までの日常はすべて偽物だった世界で、仲間を救う生存ルートを導き出す〜  作者: トンエリア
第一楽章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/20

第07話 一発の銃声

 化け物の指が、引き金にかかる。

 もう間に合わない。

 澪が殺される。誰もがそう思った。その刹那だった。


 乾いた音がひとつ響いた。

 遠くから。ずっと遠くから。

 次の瞬間、澪を狙っていた化け物の頭が、横ざまにはじけ飛んだ。


 時間が止まった気がした。

 何が起きたのか、まるで分からない。

 糸の切れた人形みたいに、化け物がその場に崩れる。澪の、ほんの鼻先で。

 誰かが撃った。誰かが間に合わせたのだ。

 音のした方を反射的に見やる。

 窓の外。割れたガラスの向こう。ずっと遠くの、別の建物の屋上あたり。あんな距離から、この狭い部屋のたった一体を正確に撃ち抜いた。

 信じられなかった。そんな芸当が人間にできるのか。

 考えている暇はなかった。

 二発目。三発目。

 乾いた銃声が響くたびに、笑顔の化け物が、また一体と崩れていく。どれも、額のど真ん中を撃ち抜かれて。一発の無駄もない。

 化け物が次々と倒れていく。

 ついさっきまで、こっちを嬲り殺しにしようとしていた連中が。

 誰だ。誰が撃っている。

 そう思う余裕すら、なかった。


「援護射撃か!」


 黒鉄がぎらりと目を光らせた。


「どこのどいつか知らねえが、ありがてえ! 今のうちだぞ、ひるんでる連中を片付ける!」


 形勢が、ひっくり返った。

 さっきまで止まらなかった化け物の波が、急に崩れ始める。見えない銃弾に、片端から狩られていく。

 黒鉄が前へ出た。低い姿勢で立て続けに撃つ。澪も身を起こした。冷たい横顔のまま、的をひとつずつ落としていく。

 外の狙撃手は、まるで全部が見えているみたいだった。黒鉄が撃ちもらした一体も、横から飛んできた一発が、きっちり仕留める。味方の隙間を、正確に埋めてくる。

 異常な腕前だった。


「真、今だ!立て!」


 海に腕を引かれて、俺はようやく立ち上がった。膝が笑っている。

 頭がうまく回らない。

 ただ海に引かれるまま、足だけが勝手に動いた。

 硝煙のにおい。怒号。背中をかすめる銃声。

 全部が遠くて、同時にやけに近い。

 崩れた壁の穴を抜けて、転がるように外へ飛び出す。

 走った。とにかく走った。

 背後では、まだ銃声が鳴り続けている。誰のものとも知れない援護が、俺たちの背中を守ってくれていた。

 いくつ角を曲がっただろう。どこをどう走ったのかも、よく覚えていない。

 ようやく追っ手の気配が絶えて、俺たちは、薄暗い裏路地で足を止めた。

 全員、肩で息をしている。海なんて、壁にもたれて、その場にずるずると座り込んでしまった。

 生きてる。

 その実感だけで、膝から力が抜けそうだった。

 全身がまだ細かく震えていた。汗なのか脂汗なのか、背中がぐっしょりと濡れている。

 たった今、本当に死にかけたのだ。

 その事実が、後からじわじわと重くのしかかってくる。

 手のひらを見ると、指先がまだ震えていた。

 戦うというのは、こういうことなのか。容赦も加減も、何ひとつない。

 痛くて汚くて、ただただ怖い。その当たり前を、今日、思い知らされた。

 隣で海がぼそりと呟いた。


「俺さ、心臓が止まるかと思った」


 声が、まだ震えている。

 俺は何も言えずに、ただその肩をぽんと叩いた。

 慰めの言葉なんて、出てこない。お互い生きてる。今はもう、それだけで十分だった。

 黒鉄がぐるりと全員を見回した。


「全員、無事だな?」


 怪我人がいないか、ざっと確かめている。さすが場慣れしていた。

 誰も欠けていない。それだけで、ほっと胸を撫で下ろした。

 あの地獄から、全員が生きて帰ってこられた。それが、奇跡みたいに思えた。


「……助かったわね」


 息を整えながら、澪がぽつりと言った。

 その視線が、ふと路地の先で止まる。

 いつのまにか、そこに人影がひとつ立っていた。

 俺はびくりと身を強ばらせた。いつから、いたのだろう。足音も、気配も、まるで感じなかった。

 細身の女だった。

 年は、澪と同じくらいか。長い黒髪を後ろで無造作に束ねている。背には、不釣り合いなほど長い、黒塗りの狙撃銃。

 表情はぴくりとも動かない。よくできた能面みたいだった。

 その目だけが、油断なく、俺たちを順に観察していた。

 あの狙撃手だ。直感でそう分かった。

 危険な女だ。

 全身でそう感じた。物腰は静かなのに、隙がまるでない。飼い慣らされていない、猛獣みたいだった。

 ただ立っているだけ。なのに、視線がひりつくほど鋭い。

 戦い慣れた黒鉄とも、また違う種類の凄みだった。

 こいつを敵に回したら。そう考えただけで、背中がうそ寒くなった。味方でいてくれることを、素直に祈った。

 海も息を呑んで固まっている。識でさえ、めずらしく口をつぐんでいた。

 ただ一人、澪だけが、まっすぐにその女を見返していた。


「あんたが、撃ってくれたのか」


 俺が思わず訊くと、女はこくりとわずかに顎を引いた。

 それきり、何も言わない。

 張り詰めた沈黙が、路地に落ちる。

 最初に動いたのは、黒鉄だった。

 一歩前へ出る。礼を言うのかと思いきや、その手は、さりげなく腰の銃へ添えられていた。


「助かった。礼を言う。だが、その前にだ」


 低い声で黒鉄は言った。


「あんた、何者だ。なんで、おれたちを助けた」


 もっともだ、と思った。

 どこからともなく現れて、化け物を一方的に撃ち殺していく女。いくら助けられたとはいえ、簡単に味方だと信じられるはずもない。

 昨日まで平穏に暮らしていた俺ですら、目の前の人間が本当に人間なのかを、疑わずにはいられなくなっている。

 女はしばらく沈黙していた。

 それから、ぼそりと言った。


「……あれを、狩ってる」


「あれ?」


「ファントム。見つけしだい、殺す。それだけ」


 短い。あまりに短い答えだった。

 けれど、その一言の底には、ぞっとするほど冷たいものが沈んでいる。


「あんたたちが、あれと戦ってるのは見てた」


 女は抑揚のない声で続けた。


「数が多すぎた。放っておけば、全員死んでた。だから、撃った。それだけ」


 言い終えると、女はふいと視線を外した。

 もう用は済んだ、とでも言いたげに。

 なぜ、そこまでして化け物を狩るのか。

 その疑問がよほど顔に出ていたのだろう。

 女はほんの一瞬だけ、能面みたいな表情を揺らした。


「……昔。大事なやつが、あれに、入れ替わられた」


 ぽつりと、それだけだった。

 それ以上は、何も言わない。言う気も、ないようだった。

 でも、その短い一言が、やけに重く胸に残った。

 俺は、ファントムに、両親を奪われた。黒鉄も、戦友を。そしてたぶん、澪も、誰かを。

 この女も、同じなのだ。

 あの空っぽの笑顔に、かけがえのないものを奪われて、それでも前を向くしかなかった人間。

 背負っているものの重さが、その細い背中から、痛いほど伝わってくる気がした。

 不思議と、心がほんの少しだけ軽くなった。

 痛みを抱えているのは、俺ひとりじゃない。

 ここにいる全員が、それぞれの空っぽを抱えて歩いている。

 だったら俺も、まだ立っていられる気がした。

 もう、簡単に化け物呼ばわりはできなかった。

 ファントムは、ただ人を殺すだけじゃない。

 奪うのだ。誰かの居場所を。誰かの帰る場所を。残された者に、こんな冷たい影まで背負わせて。

 あらためて、心の底からぞっとした。そして、ほんの少しだけ、この無口な女のことが分かった気がした。


 長い沈黙のあと、女は背中の銃を担ぎ直した。


「あんたたちの探してるものが、あれを根絶やしにする役に立つなら」


 その目が、ちらりと俺の手の中の金属片に向けられる。


「しばらく、手を貸す」


 澪が、黒鉄と目を見交わした。黒鉄が小さく頷く。

 その判断を、俺は、黙って見ているしかなかった。だが、不思議と、嫌な感じはしなかった。


「分かった。歓迎する」


 澪が言うと、女はこくりと頷いた。


「レン」


「え?」


「名前。レンと、呼べばいい」


 それだけ言って、レンはまた口をつぐんだ。

 レン。

 短い名前だ。彼女みたいに、よけいなものを削ぎ落とした名前だった。


 また一人、変わった仲間が増えた。

 無口で、物騒で、得体の知れない女。けれど、その背中には、俺と同じ痛みが滲んでいる。

 さっきの自分を思い出して、俺は奥歯を噛んだ。

 澪が目の前で殺されかけた。

 なのに俺は、何もできなかった。ただ縮こまって、震えていただけ。指の一本も、まともに動かせなかった。

 守られてばかりだ。

 これじゃ、運ばれるのを待つだけの荷物と、何ひとつ変わらない。

 それが、どうしようもなく悔しかった。

 みんなが命を懸けて戦っている横で、俺だけが、何も背負わずに守られている。そんなのは、もう、まっぴらだった。

 ずっと、自分には何もないと思ってきた。

 力もない。度胸もない。誇れるものなんて、ひとつもない。

 それでも、何かしたかった。守られるだけの自分から、ほんの一歩でも、抜け出したかった。

 怖くないわけじゃない。

 さっきだって、足がすくんで動けなかった。情けないくらい無様だった。

 でも、だからこそだ。

 怖いまま何もできないまま、誰かが死ぬのを見ているのだけは、二度とごめんだった。

 握った拳に、自然と力がこもった。

 歩き出した黒鉄の、広い背中に俺は声をかけた。


「黒鉄さん」


「あん?」


「俺に、戦い方を教えてくれ」


 自分でも驚くくらい、まっすぐな声が出た。


「いつまでも、守られてるだけなのは嫌なんだ。少しでいい。自分の身くらい、自分で守れるようになりたい」


 黒鉄は足を止めて振り返った。

 しばらく、俺の顔をじっと見て――それから、ニッと歯を見せて笑う。


「上等だ。明日から、地獄を見せてやる」


 その言葉に、俺は初めて自分からこくりと頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ