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電子に眠る未来 〜昨日までの日常はすべて偽物だった世界で、仲間を救う生存ルートを導き出す〜  作者: トンエリア
第二楽章

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20/30

第20話 最奥へ

 二日で、仲間が揃った。

 本当はもっと慎重に時間をかけて集めたかった。

 でも、そんな余裕はない。

 残された巻き戻しはよくて2、3回。現実の時間もあと一か月ない。

 一周だって無駄にはできない。だから、最短で動いた。


 一度目は、ばらばらの偶然で集まった面子だ。

 でも今度は俺が一人ずつ、狙って引き込んだ。

 識は世界の真実を聞いて、最初は絶句していた。でも、すぐに目の色を変えた。あいつにとって、これ以上の謎はない。「世界が箱なら、その箱を、内側から解析してやる」――今では、培養装置の資料を、寝ずに読み込んでいる。

 計算に合わないってずっと感じてた違和感の正体だ。あいつにとっては答え合わせみたいなものなんだろう。

 頼もしい味方だった。

 レンも、引き入れた。

 あの無口な狙撃手は多くを語らない。でも、ファントムに大切な人を奪われた過去を俺はもう知っている。だから、こう言った。「あいつらを、終わらせたくないか」って。レンはしばらく俺を見て、それからこくりとうなずいた。それだけで、十分だった。

 そして、海。


 海のことは、正直、最後まで迷った。


 あいつは戦える人間じゃない。ただの明るくてお人好しの、幼馴染だ。

 一度目、あいつは俺をかばって死んだ。

 あの光景を思い出すたびに、できることならあいつだけはこんな戦いから遠ざけておきたかった。

 でも、無理だった。

 海は俺の様子がおかしいことに、とっくに気づいていた。


「お前、なんか隠してるだろ」


 あいつはまっすぐ俺の目を見て言った。


「水くさいんだよ。何があったのか知らないけど、お前が大変なときに、のうのうと日常やってられるかよ。俺も連れてけ」


 その言葉に、胸が詰まった。

 こいつは、こういうやつだ。

 一度目も、きっとこんなふうにして俺の隣にいたんだ。そして、笑ったまま、消えた。


「危ないんだ。下手したら、死ぬ」


「お前が、そばで守ってくれんだろ」


 海は、にっと笑った。


「だったら、平気だよ」


 その笑顔に、俺は何も言い返せなかった。

 今度こそ、守る。

 絶対に、もう、あんな思いはさせない。

 心の中で、固く誓った。

 海の笑顔は一度目と何も変わらなかった。

 屈託がなくて、まっすぐで。

 その笑顔を、二度と曇らせない。曇らせてたまるか。

 それが、こいつをこの戦いに連れていく俺の責任だった。


 仲間が揃ったところで俺たちは最後の作戦会議をした。


 目指すのは、電脳世界の最奥。管理区域にある、培養装置。

 そこに現実へ渡るためのすべてが詰まっている。

 澪が古ぼけた地図を広げて説明した。


「ここが管理区域への唯一の入り口。普段は固く封鎖されてる。でも私の権限なら、こじ開けられる。問題は、その先」


「ファントムの巣、だったな」


「うん。区域の中はあいつらの支配下。数も外とは比べものにならない。まともに戦ったら、一瞬で囲まれて終わり」


 識が眼鏡を押し上げて口を挟んだ。


「つまり、力押しは論外。とすると鍵は、いかに気づかれずに最奥まで潜り込むか。隠密行動だ」


「そういうこと。真の先読みで、巡回のタイミングや手薄なルートはある程度わかる。それを使って、一気に奥まで抜ける」


「で、おれは何すりゃいい?」


 海が呑気に訊いた。


「お前は識のそばを離れるな。識を守るのがお前の仕事だ」


「了解。それくらいなら任せとけって」


 軽い調子だったけど海の目は、思ったより真剣だった。

 レンは何も言わずに、ただ自分の銃を点検していた。

 言葉はいらない。あいつの覚悟はその横顔に出ていた。


 俺は頭の中で、一度目の記憶を必死で手繰った。


 管理区域の奥深く。

 一度目、俺たちはここまで来る前に全滅した。だからこの先の地理は、おぼろげにしか知らない。

 それでも、入り口付近の巡回パターンや罠の位置は断片的に覚えている。

 完璧じゃない。

 でも、何も知らずに突っ込んだ一度目よりはずっとましだ。

 それにもう、やり直しはほとんどきかない。

 今日の潜入はできれば、巻き戻しなしで成功させたい。

 澪の体をこれ以上削らないために。

 一発勝負。失敗は、許されない。


「行こう」


 俺はみんなを見回して言った。


「時間がない。今日、決める。一発で、最奥まで抜けるぞ」


 全員が、うなずいた。

 俺たちは、夜の闇に紛れて管理区域の入り口へと向かった。

 誰も口をきかなかった。

 みんな、わかっている。

 ここから先は、一度目に全員が死んだ地獄の続きだ。

 それでも、足は止まらない。

 今度は違う結末を掴むために。一人残らず、生きて帰るために。

 俺は先頭のレンの背中を見つめて、覚悟を決め直した。


 澪が入り口の端末に手をかざした。

 低い駆動音とともに重い扉がゆっくりと開いていく。

 その奥は、どこまでも続く、薄暗い通路だった。

 空気が、外とは違った。

 ひんやりと無機質で、生き物の気配がまるでない。なのにそこかしこに、何かが潜んでいる予感がした。

 壁も床も天井も継ぎ目のないつるりとした素材でできていた。

 ここはこの世界のいちばん深い場所。

 いわば世界の裏側だ。

 一歩進むごとに心臓の音がやけに大きく聞こえた。


「ここからは、私語は最小限」


 澪が小声で言った。


「真、ルートは?」


 俺は記憶と今の景色を重ねた。


「右だ。次の角を、左。そこの巡回はたぶん二分後に来る。それまでに、通り抜ける」


 俺たちは足音を殺して通路を進んだ。

 先頭は、レン。銃を構え、油断なく前方を警戒している。

 俺と澪は、その後ろ。戦えない識と海を真ん中に挟んで、守る形だ。


 角を曲がった、そのときだった。

 前方から、足音。

 ファントムの、巡回だ。

 予定より、早い。


「伏せろ!」


 俺は、小声で叫んだ。

 全員が物陰に身を潜める。

 息を殺して、やり過ごす。

 心臓が痛いくらいに脈打つ。

 もし、ここで気づかれたら。

 あの群れに囲まれて、終わりだ。一度目みたいに。

 海が息を詰めて固まっているのがわかった。

 俺はそっとあいつの肩に手を置いて、大丈夫だと目で伝えた。

 黒い人影が二つ、ゆっくりと通り過ぎていく。

 その動きは人間そっくりだった。でも、どこか滑らかすぎる。関節が、ありえない角度でなめらかに動く。

 背筋が、ぞわりとした。

 あれが、ファントム。

 一度目、俺たちを皆殺しにした化け物。


 人影が、遠ざかる。

 俺はほっと息を吐いた。

 その瞬間隣で澪が、小さくよろけた。


 俺はとっさにその体を支えた。


「澪」


 ささやくような声で、呼ぶ。

 澪の顔は青ざめていた。額に汗が滲んでいる。


「……ごめん。ちょっと、立ちくらみ」


「無理してるだろ」


「平気。これくらい」


 平気なわけが、なかった。

 ダイブを続けるだけでこいつの体は削れていく。こんな緊張続きの潜入なんて負担は計り知れない。

 俺は澪の手をぎゅっと握った。

 また、あの冷たさ。

 でも握り返してくる力は、確かにあった。


「俺に、つかまってろ。絶対に、離さないから」


 俺は小声で、でもはっきりと言った。


「お前のぶんも俺が前を見る。だからお前はただ、俺の隣にいてくれればいい」


 澪が、こくりとうなずいた。

 その目にほんの少し、力が戻った気がした。

 こんな状況なのに。

 繋いだ手の感触が、不思議と心強かった。

 一人なら、とっくに心が折れていた。

 でも、隣に澪がいる。後ろに仲間がいる。

 それだけで足はまだ前に進めた。


 俺たちは再び奥へと進んだ。


 通路は進むほどに複雑に枝分かれしていった。

 一度目の記憶が通用するのはここまでだ。

 この先は、未知の領域。

 俺の頭の中の地図はここで、ぷつりと途切れている。


「……ここから先は、俺も知らない」


 俺は、正直に言った。


「気をつけてくれ。何が出るか、わからない」


 張り詰めた空気の中、俺たちは慎重に足を進めた。

 やがて通路の先に、大きな空間が見えてきた。

 ひらけた、ドーム状の広間。

 その中央に、見たことのない巨大な装置が鎮座していた。

 幾本ものケーブルが伸び、淡い光を放つ巨大な円柱。

 禍々しいような、神々しいような。

 あれ一つで電脳と現実が繋がる。

 俺たちの、一か月ぶんの希望がそこにあった。


「あれが……培養装置」


 澪が息を呑んでつぶやいた。


 たどり着いた。

 現実への、扉。

 思わず足が前に出かけた。

 その瞬間だった。


 広間のあちこちの暗がりが、ぞろりと動いた。

 一つ。二つ。十。いや、もっと。

 無数の人影が闇の中から、ゆらりと立ち上がる。

 そのどれもが、こちらを向いてにやりと笑っていた。

 口は、笑っている。

 でも、目は、まるで笑っていない。


 待ち伏せ、だった。

 知っていたはずなんだ。

 ファントムがいちばん大事な場所を無防備にするわけがない。

 でも一度目の記憶は、ここまで届いていなかった。

 先読みが、通用しない領域。

 その怖さを今、思い知らされた。


「囲まれてる!」

 レンが鋭く銃を構えた。

「識!海! 下がってろ!」


 俺は、叫んだ。

 識が青い顔で、しかし素早く海を引っ張って後退する。

 海もさすがにもう笑ってはいなかった。

 レンの銃口が闇の中の影を次々と捉えていく。

 でも、多すぎる。

 一人の狙撃手で捌ける数じゃない。


 俺は全身から血の気が引くのを感じた。

 最奥の、いちばん大事な場所。

 ファントムが、ここを手薄にするはずがなかったんだ。

 装置は、目の前。

 でも、俺たちとそれを隔てる闇には、数えきれないほどの化け物がひしめいている。

 退路は、もう塞がれていた。

 目の前には、現実への扉。

 背後には、無数の化け物。

 そして、俺の隣には今にも倒れそうな澪。

 守るべきものを、こんなにたくさん抱えて。

 俺は最悪の罠のど真ん中に立っていた。

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