表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電子に眠る未来 〜昨日までの日常はすべて偽物だった世界で、仲間を救う生存ルートを導き出す〜  作者: トンエリア
第一楽章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/22

第11話 袋小路

 地下に、ずっといるわけにはいかなかった。


 鼻血はいつのまにか止まっていた。

 でも頭の芯はまだ鈍く重い。さっき見たものが、瞼の裏にこびりついて離れない。世界が数字でできているなんて、寝言みたいな景色だった。それでも今は、ゆっくり考えてる場合じゃない。

 澪もまだ本調子じゃなかった。

 壁に手をついて、ようやく立っている。さっき俺の鍵を開けるために、こいつも何かを使い果たしたんだろう。二人そろってふらふらだ。

 それでも、ここに長居はできなかった。

 窓の下に集まったあいつらは、まだ街のどこかにいる。じっとしていれば、いずれ嗅ぎつけられる。動けるうちに、別の場所へ移らなきゃいけない。


「東の地下道が、隣の区画まで繋がってる」


 黒鉄が古い地図を広げて言った。


「ここを抜ければ、いったん連中の網の外に出られる。立て直すのは、それからだ」


「歩けるか、真」


「ああ。問題ない」


 強がりだった。

 膝にまだ力が入りきらない。でもここで、足手まといになるわけにはいかなかった。澪に肩を借りる側からは、もう卒業したんだ。

 地図を畳む黒鉄の、ごつい手を見ながら思う。

 この人がいてくれて、本当によかった。親父の戦友で、無愛想で、歌が下手で。だけどいざというときは、必ずいちばん危ない場所に立ってくれる。こいつがいるかぎり、俺たちはきっと大丈夫だ。


 地下道は、黴くさくて暗かった。


 一列になって黒鉄を先頭に進む。澪を真ん中に挟んで、しんがりはレン。誰も無駄口を叩かない。自分の足音と呼吸の音だけが、濡れた壁に低く反響していた。

 懐中電灯の光が照らすのは、せいぜい数メートル先まで。

 その光の輪の外は塗りつぶしたみたいな闇だった。一歩進むごとに、闇が後ろで口を閉じていく気がする。

 順調すぎる。

 そう思った、その瞬間だった。

 前を行く黒鉄が、ぴたりと足を止めた。


「……止まれ」


 押し殺した声に、全身が凍りついた。

 黒鉄の懐中電灯が照らす、地下道の分岐。

 そこに、ぼうっと人影が立っていた。

 一つじゃない。

 暗がりの奥から、ぞろぞろといくつもの影が湧き出してくる。みんな同じ無表情で、こっちをまっすぐ見ていた。煙草屋の婆さんの小さな影もその中に混じっている。挨拶したパン屋の親父も。よく一緒のバスに乗った女も。全員、もう中身は別物だ。

 嫌な予感がして、振り返る。

 来た道のほうにもいつのまにか影が満ちはじめていた。

 前と、後ろ。両方から、ぴったりと挟まれていた。


「嵌められた」


 黒鉄が唸るように言った。

 待ち伏せだ。この地下道に追い込むために、連中はわざと逃げ道を空けておいた。俺たちは網の外に出るつもりで、いちばん深い網の中へ、自分の足で歩いて入ってきたんだ。

 逃げ込んだ通路が、そのまま墓穴だった。

 影は、急がなかった。

 もう逃げられないと、わかっているみたいに。揺れる懐中電灯の光の中を、ゆっくりと両側から距離を詰めてくる。その静けさが、何より恐ろしかった。

 悲鳴も雄叫びもない。

 ただ、たくさんの足が同じリズムで近づいてくる音だけがした。

 ぞわっと鳥肌が立った。


「真!澪を連れて、横の通路へ走れ!」


 黒鉄が叫ぶと同時に、レンのライフルが火を噴いた。

 乾いた銃声が狭い地下道に何度も反響する。先頭の影が膝から崩れ落ちた。でも止まらない。倒れた仲間を平気で踏み越えて、残りが一気に距離を詰めてくる。

 黒鉄が前に出た。

 鉄塊みたいな大剣を低い姿勢から薙ぎ払う。迫っていた一体が上半身ごと吹き飛んで壁に叩きつけられた。返す刃で、もう一体を斬り伏せる。その動きには一切の無駄がなかった。

 退役兵。

 親父の戦友。その肩書きが伊達じゃないことを、初めて目の当たりにした。

 その背中はでかくて頼もしい。いつもの俺なら、そこに隠れていればよかった。

 でも、今日は違った。


 横合いから、一体が海に飛びかかった。

 戦いの素人の、データ整理しかできない海に。

 考えるより先に、体が動いた。三日間、黒鉄に叩き込まれた動き。半分も身についていない、不格好な踏み込み。それでも俺は海の前に割り込んで、拾った鉄パイプを相手の側頭部に叩き込んだ。


 鈍い手応えが腕の芯まで返ってくる。

 相手がよろめいた。倒せはしない。でも、ひるませた。

 空き家で固まっていたときの俺なら、ここで何もできなかった。海が引き裂かれるのを、ただ見ていることしかできなかった。

 今は、違う。

 怖い。手は震えてる。それでも、動ける。


「海!識から離れるな!」


「真、お前――」


「いいから動け!」


 怒鳴ってから、すぐに自分の限界を思い知った。

 守れたのは、ほんの一瞬だけ。

 次の瞬間、別の一体の爪が海の肩を裂いた。布が破れて、血が滲む。海が短く悲鳴をあげて、たたらを踏んだ。俺は手を伸ばす。届かない。間に、もう一体が割り込んでくる。

 黒鉄が割って入らなければ、海はそこで終わっていた。

 でかい腕が海をひっつかんで、後ろへ放り投げるように下がらせる。


「ガキども、固まるな!一人ずつ食われるぞ!」


 識は震える手で機材を抱えたまま、壁際にうずくまっていた。

 戦えない。こいつにできるのは、世界の数字を読むことだけだ。今この瞬間、その頭脳は何ひとつ役に立たない。

 一体がその識へ手を伸ばした。

 すかさず、レンの銃声が走る。

 ファントムの頭が弾けて、識のすぐ手前で崩れ落ちた。レンは表情ひとつ変えず、もう次の標的へ銃口を流していた。たった一人で、入り口の半分を押さえている。

 でも、それでも足りなかった。

 倒しても倒しても、影は減らない。一体の向こうに二体、その奥にまた、数えきれない影が暗い通路を埋め尽くしている。じりじりと俺たちは奥の壁際へ追いやられていった。

 俺の二の腕にも爪が掠った。

 焼けるみたいに熱い。けど、痛がってる暇はなかった。


「こっちだ!走れ!」


 黒鉄がしんがりで食い止めて、その隙に、全員で横の通路へ走り込む。

 走って、すぐに後悔した。

 行き止まりだった。

 突き当たりは、崩れ落ちた瓦礫の壁。天井まで土砂が詰まって、よじ登れる隙間もない。

 完全な、袋小路だった。


「くそっ……!」


 識が悲鳴みたいな声をあげた。

 壁を、必死で叩いている。びくともしない。

 背後の通路からは、影がじわじわと押し寄せてくる。狭い道だから、一度に来られるのは数体ずつ。レンが入り口に銃口を向けて、来る端から正確に撃ち落としていく。それでも、数が違いすぎた。一体倒すあいだに、二体湧く。レンの弾だって、もう無限じゃない。

 カチ、と乾いた音がした。

 弾切れの音だ。レンが無言で予備の弾倉に手をやる。その一瞬の隙にも、影は迫ってくる。


 澪を背中にかばって、俺は鉄パイプを握り直した。

 手のひらが、汗で滑る。心臓がうるさい。怖い。素直に、死ぬほど怖い。

 でも、足はもう、逃げる方向を探していなかった。


「真」


 背中で、澪がかすれた声を出した。

 振り向くと、こいつは壁にもたれて、ずるずると崩れ落ちるところだった。顔は紙みたいに白い。もう、立っていることすらできなくなっていた。


「澪!?」


「平気。ちょっと、力が入らないだけ」


 平気なわけが、なかった。

 さっきのダイブ。途切れない逃走。こいつの中の何かが、とっくに限界を越えている。俺を答えへ導くために、澪はずっと、自分自身をすり減らし続けていたんだ。

 その横顔を見ていたら、胸が締めつけられた。

 こんなに小さくて、ぼろぼろなのに。それでもこいつは、最後まで俺を突き放さなかった。


「ごめん」


 澪が消え入りそうな声で言った。


「私が、お前をここまで連れてきた。なのに守れなくて、ごめん」


「謝るな」


 俺はその冷たい手を握った。


「逆だろ。ずっとお前が、俺を守ってくれてた。今度は、俺の番だ」


 言いながら、自分でも少し笑えてきた。

 こんな状況で、何を格好つけてるんだ。届く保証なんて、どこにもないくせに。それでも、この手だけは、絶対に離したくなかった。


 もう、逃げ場はどこにもなかった。


 前には、崩れた瓦礫の壁。

 後ろには、迫りくる人の顔をした化け物の群れ。

 レンの弾も、そろそろ尽きる。黒鉄も、さすがに息が上がりはじめていた。何十体いるのかもわからない影が、じりじりと、確実に距離を詰めてくる。

 海が痛む肩を押さえながら、それでも俺の隣に並んだ。

 識も震えながら、折れた鉄筋を拾って構える。

 全員、絶望していた。それでも、誰一人、背中を見せなかった。

 だから俺も、澪の前に立った。

 震える手で、鉄パイプを構える。

 守られるだけの荷物は、もう卒業したはずだった。だったら、ここで証明するしかない。たとえこの手が、最後まで何にも届かなくても。


 地下道に、一瞬、奇妙な静寂が落ちた。

 俺たちの荒い息と、滴る水の音だけ。

 たくさんの目が、こっちを見ていた。人間のものじゃない、空っぽの目が。


 先頭の一体が、にたりと笑った。

 口だけで。

 目は、まるで笑っていなかった。

 そして、群れがいっせいに、こっちへ動きはじめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ