SS【IF救済ルート】クロエを失った俺は、お嬢様を救えなかった。だから今度は奪い返す(後編)
※本編とは異なるIFルートです。
※メリバSS
「クロエを失った俺は、お嬢様を救えなかった。彼女は他の男の妻になった」
の続きです。
※今回はその後の救済ルートとなります。
※馬車事故で家族を失い、ジェイドが復讐を選ばなかった世界線です。
※クロエが存在しない分岐となります。
※侍従として生きることを選んだジェイド視点です。
※大人向けの雰囲気を含みますので、苦手な方はご注意ください。
夜、一人で馬を走らせる。
「さて、まずはアレクセイと繋ぎを取らないといけないな」
お嬢様をあの場所から取り戻すには、もうそれしか残っていなかった。
有能だが、直前の大量粛清で国のバランスが危うい――現王アレクセイ。
俺の従兄弟だが、随分と会っていないため出方はあまり予想出来ない。
だが、それでも行くしかない。
切れるカードを頭の中に並べて、優先順位をつける。
血筋、後ろ盾になり得る公爵家の忠誠。
――そして人質。
後は本来の後継者の俺が現れ、最大限の利用価値を示せればいい。上手くいけばエーリクの首に首輪をつけられる。
それが無理でも最低でもイリーナだけはもらう。
そしてエーリクに、様々な感情が湧き上がる。
お嬢様をずっと放置しながらも囲っていたこともそうだ。
彼女が泣いていても顧みず。
自分の幸せを優先して、お嬢様を蔑ろにし続けてきた。
「破滅は難しいな……。国が崩れたら意味がない。それにお嬢様が悲しむか」
――さて。どうしようか。
まずは、アレクセイに望むものを差し出そう。
後は、遺恨を残さず上手くいくかどうか。
これはどっちでもいいか。
復籍のための手順も、その後の政治も、必要なら奴らにやらせればいい。
そして、つらい世界しか知らない彼女に、さらに汚い物なんて見せたくない。気づかれないように、全て覆い隠してしまおう。
――それにしても、あのクズ野郎。
俺の大切なお嬢様になんてことを。
一番に幸せになるべき人なのに。
愛人が産んだ子を、母親として育てろって?
しかもそれを外側からしか見れないと?
契約結婚?あんなに綺麗な人が、愛されずに衰えて死んでいけって?
誰よりも母親を愛していたあの人が、自分が母親になりたくないわけがない。
それが、体の問題なら諦めもつくだろう。
だが、他人に強要されて納得出来るか、馬鹿野郎。
……あはは。
もっと早く動いていれば良かったな、『ジョン』。
だが、それも俺の弱さが招いた事だ。
――俺自身、政治に慣れていない。
あの事故の直後、生きる気力をなくしていたから、復権など思いつかなかった。
あの時、俺の前に現れた可愛らしい金髪碧眼の天使。
彼女の性格はちょっと変わっていて思っていた以上に苛烈だったけれど、彼女の環境はその性格すら奪っていった。
それでも逃げずに現実に立ち向かう、可愛らしいお嬢様。
「あの日から、貴女はずっと俺の救いなんですよ」
貴女はずっと、俺の居場所だった。
――俺がいれば平気だと。俺がいれば耐えられると言い続けた。それだけでいいと。
貴女の方が最も価値がある宝物なんだ。
あの時、家族も身分も無くした俺が見つけた綺麗な宝石なんだ。
他の物なんて貴女に比べたら塵屑以下だった。
誰と敵対しようが構わない。その結果、何を差し出そうとも後悔はない。
――だから、もう泣かないで。
俺はお嬢様から一生離れるつもりなんてない。
「お嬢様、イリーナ。俺が全て責任をもちます」
丸一日かけて王都に着いた頃には、日が落ちていた。
しかし、間を置くつもりはない。
城の衛兵に囲まれた俺は大声を出した。
証明するすべなど、この瞳しかない。
だが、面影は残っているはずだ。
「偉大な太陽に伝言を。翡翠が、失った光を取り戻しに来たと」
すぐさま両腕を拘束される。
だが十分に注目が集まった。
「ジェイド・ベルンストだ!王の従兄弟が会いに来たと伝えてくれ」
◇◇◇
謁見室ではなく、客室に通されたことがまず意外だった。いきなりプライベートな空間に招かれるとは。
燭台の明かりが彼の黒髪を少し和らげていた。
ただ――。
その瞳だけは、こちらを油断なく観察している。
アレクセイ。
七年ぶりに会った彼は、やはり印象が変わっていた。
「これは……何年も前に死んだとされた我が従兄弟どのだね」
こちらを歓迎するような口振りで、確かに声は穏やかだ。
しかし、視線がこちらを値踏みしている。
そう思うのは、昔の彼を知っているからだろうか。
「お久しぶりです。アレクセイ陛下。御前失礼致します」
「ふーん。今さら戻ってくる意図はなんだ?」
関心がなさそうに見える。
しかし、彼の目が一瞬だけ光った気がした。
興味は引けた。
ここからは『ジェイド』として価値を示さなければ。
どれだけ、彼にとって有用か。
「陛下にご提案があって参りました。利用価値のある手札を数枚――そして俺自身の弱点を差し出します」
「弱点ね……。で、そこまで言うなら対価は?」
アレクセイは『弱点』という言葉で一瞬だけ口元を僅かに緩めた。
なるほど。
――ここか。
「欲しいものがあります。その為に、公爵の地位が欲しい」
「それは、今お前を確保すればいいだけじゃないか?その血統しか価値がない」
――食いつけ、アレクセイ。
こんなに都合のいい駒、そう転がってないぞ。
「血統のいい、首輪がついた犬。価値はあるでしょう?貴方にとっては」
俺は、その場で膝をついて頭を下げた。
「確かに使えるな。で、本題だ。――その弱点を聞こうか?」
「今、俺が頭を下げている理由そのものです。手に入らなければ意味がない。――彼女が俺のものになれば何色の首輪でも構いません」
緊張を悟られないように呼吸を整える。
アレクセイの笑い声が部屋に響いた。それは数秒続き、やがて一段と低い声で彼が告げた。
「いいだろう。その首輪と鎖、王がつけてやろう」
◇◇◇
「イリーナ。迎えに来たよ」
俺は手を広げて彼女を抱きしめた。
場所は辺境伯邸の応接室。
そこに、王の印章の入った書状と彼女の離縁状を持って訪問した。
目の前には、エーリクが座っている。数人の使用人も壁際にいるが知ったことか。
後から入室した彼女をみた瞬間に身体が動いた。
「ジョン!どういうことなの?私、まだわからなくて」
「イリーナ、彼はベルンスト公爵だ。口には気をつけ――」
軽々しく彼女の名前を口にする男に苛立ち、即座に言い返した。
「貴方こそ口には気をつけたほうがいい。それに、いつまで使用人を部屋に?――王の書状の前で随分な態度ですね」
はっと息を詰め、彼は全員を退席させる。
その中に愛人のユリアの姿もあった。
不安気に俺の腕を掴むイリーナに説明する。
「――俺は王と血縁のある公爵家の直系だったんだ。そして」
そこで言葉を切り、エーリクに視線を向ける。
「彼は、生死不明の俺をこの家で匿ってくれていた。ついでに……俺の愛する女性もね」
「筋書きは貴方が?それとも陛下が?」
彼は、どこか投げやりに質問してくる。
まぁ無理もないが。イリーナとの時間が勿体ない。
「政治的な判断です。辺境伯家にも損はない。それより――少し席を外して頂いていいでしょうか」
「やられたよ。君にこんな隠し玉があったなんてね――失礼します、閣下」
最後に礼をして、部屋の扉が閉められる。
それを確認してから腕の中の女性に声をかけた。
彼女が俺の声を好きなのは知っている。
耳元で囁く。
「ジェイドって呼んで」
「……ジェイド?よくわからないけど、助けに来てくれたの?」
彼女が、俺にさらにしがみついて聞いてくる。
涙が胸元に染みていく。
――答えなんて決まっているのに。
馬鹿な俺のお嬢様。
愛しくて愛しくてずっと離せなかった人。一緒に堕ちるならそれでもいいと思った。
だけど、やはり愛する人には明るい所に居てもらいたい。
本当はそう願っていたんだ。
「当たり前です。言ったでしょう?俺はずっと昔から、貴女を選んでいたんです。ずっと貴女だけを――」
「バカね……相変わらず貴方は、バカだわ……。ありがとう。ずっと待ってたの」
そう言って顔を上げた彼女を、俺はきっと生涯忘れない。
そんな眩しい笑顔だった。
裏話ですが、後編でジェイドが夜に馬を走らせる場面は、第一章16話と意図的にリンクさせています。
ただし、そのままではなく、クロエのいないIFルートのジェイドに合わせて、台詞も思考も一つずつ今の彼に変えていきました。
比べてくださる方がいたら嬉しいです。




