SS【正史】「ちゃんと男だよ」彼を受け入れた夜
本編では語られていない、ある夜の一幕です。
守る存在だった彼が、“男”として踏み込んだ瞬間を書きました。
少しだけ甘く、少しだけ切ないお話です。
いつも通りの、豪華で落ち着かない部屋。
でも、たまに三人で過ごしていたあの屋根裏を思い出す。
二人ともすぐに触れられる距離にいてくれた。
「クロエ……ジェイド……」
彼らを思い出して、ベッドで上で膝を抱える。
公爵家の寝室。
あまりにも広く、静かすぎる。
そして、それがなぜか私を孤独にさせた。
月の光が入り込む窓際をずっと見つめる。
どこかで期待をしていた。
もしかしたら……というその気持ちが、思わず口をついた。
「ジェイド……」
ふわりとカーテンが揺らめき、待ち望んだ声がした。
いつもの彼よりも疲れているようで、服は少し乱れて胸元が空いている。
髪だってこんなにも――。
「呼んでくれた?」
少し疲れ気味なジェイド。
会えない寂しさ、この瞬間に会えた嬉しさ、彼への心配が心を乱す。
「来てくれたの?いつもタイミングいいよね。……会いたいときに側にいてくれる」
「じゃあ、一緒だね。……今ね、すぐに会いたかったんだよ、俺のお嬢様」
私が広げた腕に、彼の吐息がかかった。
その勢いに驚くけれど、目の前の跳ねた髪を撫でる。
柔らかい感触が指の間を滑っていく。
少し伸びた襟足をくるりと指先で弄んだ。
ジェイドの首筋が顕になった。
逞しくて、なぜか落ち着かない。だからだろうか。
ふとした悪戯心が芽生え、そこにそっと触れる。
そして、思ったよりも固くて、指先から彼の熱が伝わってきた。
思わずそれだけで、手を引っ込めてしまった。
――どうしたのよ、私。
「……誘ってる?」
腰に抱きついたジェイドが、上目遣いに聞いてきた。
その顔が普段と違って見える。
抱きつかれるなんて、いつもの事なのに。
「どうなの?誘ってると思っていい?」
その低い声に、縫い止められたように体を硬直させる。
怖いの?わからない。
(……こんなジェイドは知らない)
私たちは、何度も夜に会っているのに。なにを今さら――。
そう思った瞬間。
ぐっと引き寄せられて、私の視界を翡翠が覆い尽くした。
目前に輝く瞳。
彼の吐息が頬にかかる。
「ちょっと……!なにを調子にのって……」
「うーん。まだ駄目?……俺はルフィーナにとって、ちゃんと男?」
――なぜか、その質問が彼の弱音のように聞こえた。
囁き気味だから?
わからない。
わからないけれど、でも。
「……ジェイド。いつも言ってるでしょう。私の大切な宝石だって――」
「違う。違うよ。俺も男で、ルフィーナを愛してる人間なんだよ」
その切なげな声に、思わず息を詰めた。
知っていた。
そんなつもりもない言葉だった。
でも、こんなにも彼を苦しめていたなんて。
「……違う!そういう意味じゃないのよ。私だって大切な男性だと思って――」
「じゃあ、……いいよね?」
目を逸らせなかった。
月明かりに輝くジェイドの髪色。真っすぐに射抜くようなその視線から、私は逃げられない。
でも同時に、彼ならいいかな――とも思う。
うん。
ジェイドならいいよね。
間近に迫る彼の顔をそっと包み込み、私は目を閉じた。
「ん。仕方ないけど。……ジェイドだからいいよ」
言葉を発した瞬間に力強い腕が体を包む。
そして耳元で囁かれる声は。
切なげで、頼りなくて。いつもの飄々とした彼からは想像もつかないほど真剣味を帯びていた。
「……愛してる。お嬢様」
そして、彼の影がゆっくりと私の顔にかかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本編では見せないジェイドの一面を書いてみました。
この先の関係や、別の選択肢の物語もいくつか考えています。
反応があれば、続きや別ルートも書くかもしれません。




