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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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おとうさま

 公爵が学園に来たのは、午後の授業が終わった頃だった。


 受付の使用人が「お父上がいらしています」と言った時、セレスティアの足が一瞬止まった。


 手紙には「一ヶ月以内に結論を出す」と書いてあった。まだ三週間しか経っていない。


 面会室に向かいながら、心臓が静かに速くなっていた。



 父は立っていた。


 窓際に。腕を組んで。いつもの黒い外套。白髪が増えた気がした。最後に会ったのは入学の日だから、もう半年以上前になる。


 「おとうさま」


 振り返った。その顔を見た瞬間、何かが緩みそうになった。


 セレスティアは堪えた。泣いてはいけない。理由がない。父は元気そうだ。危機でも何でもない。


 「座れ」


 父が椅子を引いた。セレスティアが座ると、向かいに腰を下ろした。


 しばらく、何も言わなかった。


 父はセレスティアの顔を見ていた。じっと。診るように。


 「……痩せたか」


 「そんなことないです」


 「嘘をつくな。目の下が窪んでいる」


 セレスティアは黙った。


 「特別教育プログラムの件は、来週の貴族院で片がつく。お前は何もしなくていい。それだけ伝えに来た」


 「ありがとうございます」


 「礼はいい」


 また沈黙が落ちた。


 父の手が、テーブルの上に置かれた。大きな手。公爵の指輪がある。幼い頃にその指輪の冷たさが好きだった。夏の暑い日に、父の手を握ると、指輪だけが涼しかった。



 「セレスティア」


 父が、珍しく名前を呼んだ。


 「はい」


 「お前が学園でどんな思いをしているか、父は全部は知らない。手紙に書いてあることの、半分も分かっていないだろう」


 「そんなこと——」


 「聞け」


 静かな声だった。セレスティアは口を閉じた。


 「お前は三歳の頃から、父の想像を超えたことを言う子だった。今もそうだ。宰相のスパイの名前も、薬の種類も、侍従の出身まで、八歳の娘が調べて手紙に書いてくる。父は誇りに思う。同時に——」


 父の声が、かすかに低くなった。


 「申し訳なく思っている」


 セレスティアは顔を上げた。


 父の目がそこにあった。いつも凪いでいる目。感情の読めない公爵の目。だが今は、その奥に何かがあった。


 「お前にそんな思いをさせているのは、父が守りきれていないからだ」


 「おとうさまのせいじゃ——」


 「父のせいだ」


 言葉が落ちた。


 「宰相の手が学園の中まで入った。食事に薬を混ぜられた。お前の部屋に監視者を置かれた。父が防ぎきれなかった。それはお前の失敗ではない。父の政治力が足りなかった」


 セレスティアは何も言えなかった。


 前世の記憶が浮かんだ。


 処刑台。父は来なかった。来られなかったのか、来なかったのか、今でも分からない。貴族院の決定だった。公爵家でも覆せなかった。セレスティアは一人で台に上がった。誰も呼ばなかった。誰も来なかった。


 今、父がここにいる。


 「おとうさま」


 声が震えた。


 堪えようとした。堪えられなかった。


 「わたし、こわかったです」


 言うつもりはなかった。


 「ごはんにくすりがはいってた時。カスパルさまと廊下ですれちがった時。こわかった。でも、おとうさまへてがみをかいたら、ちゃんとへんじがきた。だから、こわくなかった。こわかったけど、こわくなかったです」


 うまく言えなかった。


 でも父は黙って聞いていた。


 「おとうさまが『かならずまもる』ってかいてくれたから。それだけで、ねむれました」



 父がテーブル越しに手を伸ばした。


 セレスティアの頭に、大きな手が乗った。


 子どもの時のように。三歳の時のように。


 「必ず守る」


 手紙と同じ言葉。でも声で聞くのは違った。重さが違った。温度が違った。


 セレスティアは俯いた。


 涙が落ちた。膝の上に。小さな染みができた。


 泣くつもりはなかった。八歳の少女には泣く理由なんてなかった。父は元気で、ここにいて、手が頭の上にある。


 だから泣くのがおかしかった。


 だから止まらなかった。


 父は何も言わなかった。手だけが、頭の上にあった。面会室の窓から、夕方の光が差し込んでいた。廊下で誰かの足音がして、遠ざかっていった。


 セレスティアはしばらく、そのまま泣いた。


 八歳の身体で。前世の十八年と、今世の八年と、その全部が混ざったものを。



 しばらくして、父が手を引いた。


 懐から布巾を取り出し、セレスティアに渡した。公爵が布巾を持ち歩いているのが、少し可笑しかった。涙を拭いながら、笑いそうになった。


 「おとうさまって、ハンカチ持ち歩いてるの」


 「マルガレーテが入れる。余計なお世話だと思うが、こういう時に役に立つ」


 「こういう時って、むすめがなくとき?」


 「知らん」


 父が窓の外を向いた。夕日が外套の肩を赤く染めている。


 セレスティアは布巾を握ったまま、父の横顔を見た。


 前世でも、この横顔があったはずだ。ただ、見ていなかった。見る余裕がなかった。いつも何かに追われていて、怯えていて、父の顔をちゃんと見ていなかった。


 今は見られる。


 「おとうさま」


 「なんだ」


 「また、きてください」


 父は窓の外を向いたまま、答えた。


 「ああ」


 それだけだった。


 でもそれだけで、十分だった。



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