8歳の誕生日
第92話「8歳の誕生日」
朝、机の上に何かが置いてあった。
寝ている間に、誰かが置いていった。
小さな包み。茶色の紙。端が不揃いに折ってある。丁寧に折ろうとして、うまくいかなかった感じがした。
カードが乗っていた。
丸い字で、『おたんじょうびおめでとうございます。今日だけはんぶんこします。フリーデリケ』
半分こ。
包みを開けた。クッキーが二枚入っていた。フリーデリケのお母さんが送ってきた手作りクッキー。フリーデリケが自分の分を半分、ここに置いていった。
寝ている間に。音も立てずに。
セレスティアは一枚、口に入れた。
甘かった。少し焦げている。フリーデリケのお母さんはいつも少し焦がす。でも、この焦げた甘さがフリーデリケのクッキーの味だ。
「……ありがとう」
誰もいない部屋で呟いた。
◇
今日が誕生日だということを、セレスティアは誰にも言っていなかった。
学園の入学書類に生年月日が書いてある。フリーデリケはそれを調べて、今日のために準備していたのだ。いつ調べたのか。いつ包んだのか。いつ、この部屋に来たのか。
前世の誕生日は、いつも静かだった。
八歳の前世の誕生日。誰も来なかった。侍女が最低限のケーキを持ってきて、一人で食べた。前世では誕生日を祝ってくれる人間がいなかった。友人がいなかったから。
六歳の今世の誕生日は、家族全員で祝ってくれた。ロウソクを六本、一緒に吹き消した。母が作ったケーキがあった。父が正式に誕生日の言葉を述べた。エドヴァルトが「また大きくなったな」と言った。フェリクスが本を持ってきた。
今年の八歳は、学園にいる。
家族がいない。父も母も兄たちもいない。
でも——フリーデリケのクッキーがある。
焦げた甘さが、口の中に残っていた。
◇
昼食の時間。食堂に入ると、フリーデリケが手を振った。
「セレスティアさま! おたんじょうびおめでとうございます!」
大声だった。食堂中の人が振り向いた。
他の生徒たちの視線が集まる。遠くの席まで届く声だった。フリーデリケは声が大きい。いつも大きい。今日は特に大きかった。
「ありがとう、フリーデリケちゃん」
「今日は特別な日! ご飯をいっぱい食べてください!」
「クッキー、おいしかった」
「本当? 半分で寂しくなかった?」
「うれしかったよ」
フリーデリケが満面の笑みになった。それだけで報われる顔だ。
席に着いた時、後ろの席からコンラートが声をかけてきた。
「フリーデリケが大声で言ってたが、誕生日か」
「うん」
「おめでとう。特に何も準備してないが」
「準備しなくていいよ。声をかけてくれただけで十分」
コンラートが「そうか」と短く言った。それきり何も言わなかった。コンラートらしい言い方だと思った。余計なことを言わない代わりに、ちゃんと声をかけてくる。
その少し後、アレクシスが通りかかった。
「セレスティア。誕生日だって聞いた」
「はい」
「おめでとう。カスパルにも言いたいところだが……」言いかけて、笑いをこらえるように口を押さえた。「カスパルに頼んだら大げさになりそうで」
「殿下がおっしゃるとおりです」
「自分で言えてよかった」
短い会話だった。アレクシスは次の席に戻っていった。
席に着くと、リディアが隣に来た。
「南方では、誕生日の人は石ころを贈られる」
「石ころ?」
「その年に生きた証だから。一年分の重みを持つ石を選んで」
「本当の風習?」
「たぶん」
「たぶんか」
リディアが手を出した。手のひらの上に、小さな石が乗っていた。川で拾ってきたような、滑らかな白い石。
「どこで拾ったの」
「中庭の隅に小川がある。そこで選んだ。一番丸くて、一番白いやつを」
「ありがとう、リディア」
石を受け取った。小さくて、白くて、温かかった。リディアの手のひらの温度がまだ残っていた。掌に乗せると、ちょうどいい重さだった。
「南方の風習、本当にあるの?」
「正確には私の村だけかもしれない。でも、気持ちは本物よ」
リディアがさらりと言った。
◇
午後。廊下でナターシャとすれ違った。
「お嬢様。今日はお誕生日ですね」
「うん。知ってたの?」
「マルガレーテから手紙で。昨年と同じように」ナターシャが小さな封筒を差し出した。「これを」
封筒を開けると、折りたたまれた紙が入っていた。マルガレーテの字で「おたんじょうびおめでとうございます」と書いてある。その下にナターシャの細い字が続いていた。「来年も、再来年も、そのまたずっと先も、傍におります」。
「ナターシャ」
「はい」
「泣いてる?」
「目にゴミが入りました」
「廊下にゴミはない」
「……入りました」
セレスティアは笑った。ナターシャも、廊下に立ったまま、少し笑った。
◇
夕方。
部屋に戻ると、ヴィオレッタがいた。
机の前に座って、本を読んでいた。セレスティアが入っても顔を上げなかった。
着替えを済ませて、ベッドに座った。
白い石を手のひらに乗せた。まだ温かい。今日一日、ポケットに入れていたから。
「ヴィオレッタさま」
「何」
「今日、わたしの誕生日だって、知ってた?」
ヴィオレッタが本のページを、ゆっくりとめくった。
「書類を見た」
「そう」
「おめでとう」
短かった。顔を上げなかった。でも言った。
でも、それだけのことが嬉しかった。
「ありがとう」
◇
夜。消灯の後。
ベッドの中で、今日もらったものを思い返した。
フリーデリケのクッキー二枚。リディアの白い石。ヴィオレッタの「おめでとう」一言。
家族からは何もない。距離がある。手紙では届かない誕生日だった。来週の手紙に「誕生日でした」と書けば、返信で「おめでとう」が来る。でも今日は、家族がいない。
でも——さびしくなかった。
前世の誕生日はいつも一人だった。一人で食べるケーキ。誰も来ない廊下。
石を手のひらに乗せた。白くて、小さい石。川の水で磨かれた、一年分の重みを持つ石。
「八歳になった」
天井に向かって言った。声に出してみると、少し実感が湧いた。去年とは違う八歳だ。去年は学園にいなかった。去年は、フリーデリケもリディアもコンラートも、まだ知らなかった。
ラベンダーの香りがかすかにした。枕元に置いている。王宮から帰った後に持ってきたものだ。学園に来る前に公爵邸でも育っていたラベンダーと同じ香りだと思う。
お母様からは来月の手紙に「もう八歳ね」と書いてくれるだろう。お父様はきっと何も書かないが、実家から何かが届くはずだ。フェリクスおにいさまは本を送ってくる。エドヴァルトおにいさまは「また大きくなったか」と言う。
明日のことは、明日に。
今夜だけ、八歳になった自分のままで眠る。
石をポケットから出して、もう一度手のひらに乗せた。白くて、丸い。リディアが選んだ石。川の底で磨かれたもの。それを握ってから、目を閉じた。




