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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN
第3章 王立学園と魔力の目覚め

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ヴィオレッタの選択

 ヴィオレッタの様子がおかしくなったのは、父親からの二度目の手紙が届いた翌日からだった。セレスティアの私物を探っている。


 夜、ヴィオレッタが先に寝室に戻る日が増えた。セレスティアが戻ると、机の引き出しの位置が微妙にずれている。衣装棚の中の服の畳み方が変わっている。枕の位置が数センチ動いている。


 普通なら気づかない程度の変化。だがセレスティアは毎晩、私物の位置を暗記してから部屋を出ている。ヴィオレッタがスパイ行為を始めた。


 宰相派の指示だろう。父親の侯爵を通じて、「同室のセレスティアの情報を集めろ」と命じられた。手紙の検閲と同時期に始まっている。連動した動きだ。


 宰相派はヴィオレッタを道具として使っている。公爵令嬢の同室者という立場を利用するために、最初からそのつもりで同じ部屋に入れた可能性がある。入学前から計画されていた。ヴィオレッタは知っていたのか。知らされていなかったのか。どちらにしても、あの娘は最初から道具として動かされていた。


 セレスティアは怒らなかった。ヴィオレッタ自身の意志ではないことは明らかだ。あの夜、泣いていた少女が、好んでスパイになるはずがない。命じられたのだ。断れない立場で。


 ◇


 だが対策は必要だ。


 セレスティアは部屋に「見せてもいい情報」だけを残した。普通の教科書。無害な手紙の下書き。フリーデリケからの花の絵。ヴォルフがくれた兎の木彫り。


 暗号帳も、ヨハンの著書も、ナターシャとの連絡メモも、全てナターシャの部屋に移してある。


 ヴィオレッタが探して見つかるものは、七歳の令嬢の平凡な持ち物だけだ。


 報告書に書ける内容は、「変わった様子はなく、普通の令嬢です」だけになる。


 ◇


 ある日の放課後、セレスティアは意図的に「見せる」行動をとった。


 部屋に戻ると、ヴィオレッタが既にいた。机に向かっている。手紙を書いている、ように見えるが、セレスティアが入った瞬間、さりげなく紙を裏返した。


 父への報告書だろう。セレスティアの行動を記録している。セレスティアは気づかない振りをした。


 「ヴィオレッタ様、ただいま」


 「……おかえり」


 ぎこちない返事。罪悪感があるのだ。セレスティアは自分の机に座り、フリーデリケへの手紙を書き始めた。わざと声に出しながら。


 「えーと、フリーデリケちゃんへ。今日はお庭の薔薇が咲きました。赤い薔薇と白い薔薇があって……」


 花の話。ヴィオレッタが聞いていることを承知の上で、無害な情報を流す。


 「ヴィオレッタ様、薔薇の花言葉を知っている?」


 「……赤いバラは『情熱』、白いバラは『純潔』よ」


 「すごい。ヴィオレッタ様って本当に物知りだね」


 「別に。常識よ」


 ヴィオレッタの声から、とげが消えた。褒められると、つい反応してしまう。


 セレスティアは手紙を書き終え、封をした。ヴィオレッタの目の前で。中身が見える状態で。


 「あした、これ出してくるね」


 ヴィオレッタは何も言わなかった。だが目が手紙を追っていた。内容を確認しようとしている。


 これでいい。ヴィオレッタには「無害な手紙」を見せ続ける。本当の情報は別ルートで送る。ヴィオレッタが父に報告する内容は、全てセレスティアが意図的に見せたものだけになる。


 ◇


 だが、セレスティアの心は痛んでいた。


 ヴィオレッタを「泳がせて」いる。騙している。信頼関係を築こうとしながら、同時に情報操作の対象にしている。


 それは正しいことなのか。策としての正解と、人としての正しさは、いつも同じではない。必要な策を選びながら、そのために傷つく相手を思って痛む心もある。


 前世では、一人だったから、この葛藤を知らなかった。


 夜、消灯後。二人のベッドの間に暗闇が横たわる。


 ヴィオレッタは今夜も黙っている。あの夜のように泣いてはいない。だが寝付けないのが分かる。呼吸が浅い。


 「ヴィオレッタ様」


 「……何」


 「辛いことがあったら、また話してね」


 沈黙。


 「なんで」


 「なんでって?」


 「なんで私に優しくするの。私があなたの……」


 言いかけて、止まった。


 「あなたの」の続きは何だ。「あなたの敵だから」か。「あなたのスパイだから」か。


 ヴィオレッタは自分がスパイ行為をしていることに、罪悪感を持っている。それがこの言い淀みに表れている。


 「ヴィオレッタ様が私にとって何であっても、私はヴィオレッタ様と話すのが好きだよ」


 「……意味が分からない」


 「わかんなくていいよ。私もよくわかんないから」


 嘘だ。分かっている。だが全てを言語化すれば、ヴィオレッタは追い詰められる。


 「おやすみなさい、ヴィオレッタ様」


 「……おやすみ」


 返事が返ってきた。消灯後の「おやすみ」。小さな、ほとんど聞こえないような声。


 だが言葉は発せられた。


 ヴィオレッタは葛藤している。義務と感情の間で。父の命令と、同室者への罪悪感の間で。

 八歳の娘が、七歳の娘を監視している。どちらも選んでここにいるわけではないのに、この場所に立っている。


 セレスティアはこの葛藤を利用するべきなのかもしれない。ヴィオレッタの罪悪感につけ込み、宰相派の情報を引き出す。政治的には正しい手だ。だがセレスティアはそうしなかった。


 この子を道具にしたくない。前世で宰相がしたように、ヴィオレッタを道具にして使い捨てることだけは、絶対にしたくない。


 ヴィオレッタが自分の意志で選ぶ日を、待つ。


 宰相の手先でいることを選ぶのか。それとも、別の道を選ぶのか。


 その選択は、ヴィオレッタ自身がしなければならない。誰かに強いられるのではなく。


 (ぜったい、まもるからね)


 暗闇の中で、二つの寝息が静かに重なった。スパイと、スパイに監視される者が、同じ部屋で眠っている。


 セレスティアは暗闇の中でしばらく、ヴィオレッタの寝息を聞いていた。規則正しい、少し荒れた呼吸。寝付くのに時間がかかっているようだった。それでもいつのまにか深くなっていった。


 セレスティアはそっと上体を起こし、窓の外を見た。カーテンの隙間から細い月明かりが差し込んでいる。中庭の木が、冬の近づきと共に葉を落としていた。


 (待つ。急がない。)


 月明かりの中で、ヴィオレッタの顔が見えた。眠っている。緊張が抜けて、八歳の顔をしていた。起きている時とは違う、ただの子供の顔。


 前世のヴィオレッタのことを思った。法廷で、証言台に立ったあの子のことを。感情のない声で言葉を並べていた。あれも命じられたことだったのかもしれない。断れなかっただけかもしれない。その声を持つ少女が、今この暗闇の向こうで寝息を立てている。


 今世のヴィオレッタは、まだ分かれ道の手前にいる。どちらに進むかは、まだ決まっていない。


 セレスティアは待つ。脅しも誘導もしない。ただ、隣にいる。その一点だけを守って。


 明日もヴィオレッタは机の引き出しを確かめ、衣装棚を探し、空の棚を見て「何もない」と報告するだろう。セレスティアはそれを咎めず、答えを急がせず、同じ部屋で待つ。


 それが今の彼女にできる、ヴィオレッタ自身が選ぶ日のために分かれ道を残しておくことだった。


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― 新着の感想 ―
ヴィオレッタが部屋にいてセレスティアが帰って来たのに 「ヴィオレッタ様、おかえり」 「……ただいま」 ? 「ヴィオレッタ様、ただいま」 「……おかえり」 では?
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