手紙の傍受
異変に気づいたのはナターシャだった。
「お嬢様。手紙が検閲されています」
夜、ナターシャの部屋でのことだった。消灯後にこっそり抜け出し、侍女部屋で密談するのが二人の日課になっていた。ヴィオレッタが寝入った後の僅かな時間。
「けんえつ?」
「はい。お嬢様がフリーデリケ様に宛てたお手紙を確認したところ、封蝋が一度剥がされて再封されている形跡がありました。非常に巧妙ですが、蝋の重なり方が不自然です」
ナターシャが一通の手紙を差し出した。セレスティアが三日前にフリーデリケに書いた返信。まだ投函されていない、出す前の手紙だ。
封蝋を観察した。確かに微かな二重の痕がある。普通なら見落とす程度の。
「だれがやったの」
「学園の郵便室を経由する手紙は全て、寮監のグレーテル女史が管理しています。投函箱から郵便室に移す際に、開封・確認・再封されている可能性があります」
寮監グレーテル。五十代の厳格な女性。前世の記憶では、特に宰相派という印象はなかった。だが寮監は学園運営の要だ。宰相派が手を伸ばしていてもおかしくない。
「全部の手紙がやられてるの?」
「確認できた範囲では、お嬢様の手紙だけです。他の生徒のものは未確認ですが、少なくともお嬢様の手紙は全て検閲を受けていると考えるべきです」
全ての手紙が読まれている。
セレスティアは唇を噛んだ。
今のところ、手紙の内容は問題ない。フリーデリケへの手紙は純粋な友人同士の文通。アレクシスへの手紙も無害な内容だ。父への手紙は——多少の危険がある。直接的な政治情報は書いていないが、学園の様子を報告する中に、読む者が読めば意味を読み取れる記述がある。
「ナターシャ。いままでの手紙、まずいことかいてなかった?」
「お嬢様は慎重にお書きになっていましたので、直接的な問題はありません。ですが——」
「でも?」
「お嬢様がオスヴァルト先生の特別講義について触れた手紙があります。『先生に質問したら褒められた』という内容です。これ自体は無害ですが、お嬢様とオスヴァルト先生の関係が注目されていることを知られると——」
放課後の秘密訓練が疑われる。
まずい。手紙を通じて、行動パターンが推測されかねない。
「対策をとらなきゃ」
セレスティアは考えた。手紙を書かないという選択肢はない。文通を止めれば、友人たちとの関係が途切れる。情報の糸も切れる。
ではどうするか。
「ナターシャ。暗号をつかう」
「暗号、ですか」
「フェリクスおにいさまに教わった薬草の暗号があるでしょ。あれをつかう。おにいさまへの手紙は、薬草の学名で情報をいれる。検閲する人には、兄と妹の学術的な文通にしかみえないようにする」
「承知しました。フェリクス様にはこちらから暗号表の更新をお送りします」
「おとうさまへの手紙は、にじゅうふうろう」
「二重封蝋?」
「外がわの封筒には、ふつうの手紙をいれる。『学園は楽しいです、お勉強頑張っています』って。本当の手紙は、中に小さな封筒をいれて、別の封蝋でとじる。外側を開けても、中の封筒はべつの蝋だから、開ければ気づかれる」
ナターシャが目を見開いた。
「お嬢様……それは諜報の技法です。どこでお学びになったのですか」
前世だ。前世のフェリクスが、投獄されたセレスティアに秘密の手紙を送る時に使った手法。皮肉なことに、あの時の知識が今世で役に立つ。
「おにいさまの本にかいてあったの」
嘘だが、通る嘘だ。フェリクスは学者だから、そういう本を持っていてもおかしくない。
「ナターシャ。それと、別のルートもつくりたい」
「別のルート?」
「学園の郵便室をとおさない手紙のおくりかた。ヴォルフに渡して、直接おとうさまに届けてもらう」
ヴォルフは学園の門外、王都別邸に詰めている。面会日に手紙を直接渡せば、郵便室の検閲を迂回できる。
「面会日は月に二回です。その間の手紙は——」
「アネリーゼさんにたのむ」
「礼拝堂の神官見習いの方ですか?」
「神殿の郵便は学園の郵便室をとおらない。神殿独自のルートがあるはず。アネリーゼさんに、神殿ルートで手紙を送ってもらう」
ナターシャは数秒考え、頷いた。
「神殿の郵便ルートは確かに独立しています。学園とは別系統です。ですが——アネリーゼ様を巻き込むのは、危険ではありませんか?」
「ぜんぶはたのまない。ときどき、ふつうの手紙を混ぜて、おねがいするだけ。アネリーゼさんには、わたしの手紙をおとうさまにとどけてって言うだけ。なかみは見せない」
リスクを最小化する。アネリーゼに情報は渡さない。郵便の代行だけを頼む。
「わかりました。では、三つのルートを併用する形ですね」
ナターシャが指を折った。
「一、学園郵便室ルート。無害な内容の手紙。検閲されることを前提。フリーデリケ様やアレクシス殿下への通常の文通に使用」
「二、面会日のヴォルフルート。重要な情報を含む手紙。直接手渡し。月二回」
「三、神殿ルート。緊急時の補助。アネリーゼ様を介して、父君への手紙を郵便室を迂回して送付」
「それと——」
セレスティアは付け加えた。
「学園郵便室に出す手紙には、たまにわざとおもしろい情報をまぜる。うそじゃないけど、誤解をまねく情報。けんえつしてるひとが、まちがった結論をだすように」
ナターシャは一瞬絶句し、それから深く頭を下げた。
「お嬢様。私は改めて、あなた様にお仕えできることを誇りに思います」
「おおげさだよ、ナターシャ」
「いいえ。大袈裟ではございません」
ナターシャの目に光があった。使命を持つ人間の目。
◇
翌日から、新たな手紙の体制が動き始めた。
フリーデリケへ:花の話と絵の話。無害。検閲向け。
アレクシスへ:授業の感想と友人の近況。無害。検閲向け。
フェリクスへ:薬草の暗号を用いた情報交換。「ラベンダーの乾燥法について質問です」=「学園に宰相派の検閲があります」。
父へ:二重封蝋。外側は「元気です」。内側は学園の派閥構造と宰相派の動きの報告。
◇
翌日、セレスティアは礼拝堂を訪ねた。アネリーゼは祭壇前の床を拭いていた。
「アネリーゼさん」
顔を上げたアネリーゼが、セレスティアに気づいて立ち上がった。
「セレスティア様。今日もお祈りに?」
「うん。でも、おねがいもあって」
アネリーゼが布巾を持ち直した。「どのようなことでしょうか」
「おとうさまに手紙をとどけてほしいの。神殿のルートで」
アネリーゼが少し顔を傾けた。「学園の郵便室ではなく、ですか」
「うん。おとうさまへの大切なてがみだから。ちゃんとついてほしくて」
曖昧な理由。だが嘘ではない。
アネリーゼはしばらく考えた。それから静かに言った。「月に二回、神殿の使者が王都に向かいます。その時に預けることは、できます」
「ありがとう」
「……私で、役に立てるなら」
小さな声だった。照れているようでも、嬉しそうでもあった。
アネリーゼが顔を上げた。灰色の目が、セレスティアをまっすぐ見ていた。
「セレスティア様。何か、大変なことがあるのですか」
問いだった。詰問ではなく、ただ心配している問い。
「だいじょうぶ。おとうさまが心配性なの。しょっちゅう報告しないと、気にするから」
アネリーゼは何も言わなかった。信じているかどうかも分からない顔で、ただ頷いた。
礼拝堂を出ながら、セレスティアは思った。この子は賢い。賢いから、信じたふりをして黙っているのかもしれない。




