学力試験と策略
初等部最初の学力試験。
入学から二ヶ月。歴史、算術、礼法、魔術理論の四科目。筆記試験だ。
セレスティアにとって、試験の内容は問題ではなかった。前世の十八年分の知識がある。初等部の試験など、全問正解できる。
問題は「何位を取るか」だ。
一位は危険だ。目立ちすぎる。魔力量で既に注目を集めている上に、学力でも一位を取れば、「天才児」のレッテルが貼られる。宰相派の警戒が更に強まる。
最下位も論外だ。公爵家の令嬢として不自然すぎる。
三位。それがセレスティアの狙いだった。
一位はイザベラに譲る。宰相の娘が一位であれば、宰相派の面子が立つ。二位はアレクシスに。王太子が二位なら、王家の威信も保たれる。三位がセレスティア。「優秀だが突出していない」という位置。
計算だ。試験の答案を計算して書く。正解できる問題をわざと間違え、不自然にならない程度に点数を調整する。
難しいのは「わざと間違える」ことの方だった。正解が分かっているのに、違う答えを書く。それは小さな苦痛を伴った。前世の処刑裁判で、真実を語っても信じてもらえなかった記憶と重なる。嘘を書く。正しいことを隠す。
だが生存のためだ。
試験当日。
教室で答案用紙が配られた。セレスティアはペンを握り、問題を読んだ。
歴史:「レグナシオン王国の建国年と初代国王の名を記せ」
算術:「三桁の加減算を五問解け」
礼法:「正式な晩餐会における着席順の原則を述べよ」
魔術理論:「魔力属性の七系統を全て列挙し、それぞれの特徴を一文で説明せよ」
全て分かる。全て書ける。目を瞑っても書ける。
セレスティアはペンを走らせた。
歴史は全問正解にする。この科目で間違えると公爵家の教育を疑われる。算術は一問だけ計算ミスを装う。礼法は満点。魔術理論で一問だけ不完全な回答にする。闇属性の特徴を「あまりよくわからない」と書く。七歳の語彙で。
これでイザベラとアレクシスの下、三位前後になるはずだ。
◇
試験結果は三日後に張り出された。
大食堂の掲示板。生徒たちが群がっている。
セレスティアは人垣の後ろから結果を確認した。
一位:イザベラ・ド・ガルニエ。全科目ほぼ満点。
二位:アレクシス・レグナシオン。歴史と礼法で満点。算術で僅かに減点。
三位:セレスティア・フォン・アルヴェイン。
計画通りだ。
四位はヴィオレッタ・モンテヴェルデ。僅差で三位のセレスティアに及ばなかった。ヴィオレッタの表情は複雑だった。父親に「一位を取れ」と命じられているのだ。四位では足りない。
「おめでとう、セレスティア。三位はすごいよ」
アレクシスが声をかけてきた。
「殿下こそ、二位おめでとうございます」
「イザベラには勝てなかった。あの子はすごいな」
コンラートは十七位だった。本人は全く気にしていない。
「勉強より剣だ。剣で一位なら俺の勝ちだ」
「がくえんにけんじゅつのしけんはないよ」
「ないのか? おかしいだろ。剣の方が大事なのに」
フリーデリケは八位。彼女は順位を気にしていなかった。
「全部終わった! お花を見に行こう!」
セレスティアの手を引いて、中庭まで連れていかれた。フリーデリケは白い小花の前でしゃがんで、「かわいい」と言った。
「フリーデリケ、しけんはどうだった?」
「全部書けた! あってるかはしらないけど」
「はちいだったよ」
「そうなの! お父様が喜ぶかな。あんまり気にしてないけど」
笑顔。本当に気にしていない顔だ。
「フリーデリケは、一いとりたいとおもわないの?」
「んー、とれたら嬉しいけど、とれなくても花はかわいいし」
セレスティアは少し笑った。この子の価値観の中では、花と順位は同じくらい大事なのかもしれない。
それからしばらく、二人は中庭の花を眺めた。試験の順位は、もうフリーデリケの頭にないようだった。
◇
問題は、その後に起きた。
放課後、図書室でセレスティアが本を読んでいると、イザベラが近づいてきた。
「三位、おめでとう」
イザベラの声は平坦だった。だが目が違った。冷たい紫の瞳の中に、鋭い光がある。
「ありがとう、イザベラさま。一位はさすがです」
「ねえ、セレスティア」
イザベラが隣の椅子に座った。声を落とした。
「三位? あなたならもっと取れるでしょうに」
心臓が跳ねた。
「わたし、べつにそんなに——」
「嘘ね」
「算術の三問目。あなた、わざと間違えたでしょう。繰り上がりの計算で、途中式は合っているのに答えだけ間違えている。計算ミスじゃないわ。意図的な誤答よ」
イザベラは答案を見ていない。だが自分の解き方と照合して、セレスティアの誤答パターンを推測したのだ。
「魔術理論の闇属性の回答も。『あまりよくわからない』? あなたが分からないはずがないわ。オスヴァルト先生の特別講義で完璧に答えていたくせに」
セレスティアは沈黙した。否定すれば嘘を重ねることになる。肯定すれば——何が起きるか分からない。
イザベラは窓の外を見た。夕日が差し込んでいる。紫の瞳が夕日を反射して、琥珀色に染まった。
「理由は分かるわ。目立ちたくないのでしょう。一位を取れば注目される。注目されれば——お父様の目に留まる」
「賢いやり方ね。私にはできない選択だわ」
「イザベラさまは?」
「私は一位を取らなければならないの。お父様がそう決めたから。私に選択権はないわ」
「でも——」
イザベラの声が少しだけ変わった。
「あなたが本気を出したら、私は負けるかもしれないわね。それは少し——悔しい」
悔しい。
セレスティアは唇の端を上げた。
「イザベラさまには、まけたくないな」
「あら。本気を出す気?」
「ううん。でも、いつかちゃんとしょうぶしたい。わたしの本気と、イザベラさまの本気で」
イザベラの瞳が揺れた。
「……面白いことを言うのね。あなたは」
イザベラが立ち上がった。スカートの裾を直し、完璧な令嬢の姿勢に戻る。
「次の試験も、私が一位よ。覚えておきなさい」
「はい。おぼえておきます」
イザベラが去った。
セレスティアは椅子の上で、小さく息を吐いた。
廊下に出ると、ナターシャが壁際に立っていた。
「お嬢様、お顔の色がよくないです」
「だいじょうぶ。ちょっと話してただけ」
「イザベラ様と、ですね」
「うん。……わざとまちがえたこと、みぬかれた」
ナターシャが少し黙った。それから言った。
「では、次回は別の方法にしましょう。算術ではなく、歴史の一問を見落とした風にする。同じ科目で同じミスをすると、また気づかれます」
「……考えてたの?」
「万が一のために。イザベラ様は優秀な方ですから」
セレスティアは少し笑った。手を引かれて廊下を歩いた。
「ナターシャ、ありがとう」
「お礼はいりません。夕食が始まっています」
窓の外を見た。夕日が学園の塔を金色に染めている。
三位に調整する作戦は成功した。だがイザベラには見抜かれた。次の試験では、もう少し巧妙に間違える必要がある。
でも、イザベラとの「本気の勝負」も、いつかしてみたいと思った。それは計算ではなかった。
夕食の鐘が遠くから聞こえた。ナターシャの歩調が少し速くなった。
次の試験は来学期だ。それまでに、もっと上手な間違え方を考えておかなければならない。答案用紙の上でも、勝負は続く。




