表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/126

第二王子の接近

 それは昼休みの図書室で起きた。


 セレスティアは窓際の席で本を読んでいた。フェリクスから送られてきた歴史書。暗号帳ではない。普通の本だ。寮では秘密の書類を持たない。


 ページをめくる手が止まった。


 気配。背後に誰かが立っている。


 振り返ると、灰緑色の目がこちらを見下ろしていた。


 ルシアン・レグナシオン。第二王子。九歳。上級生。


 二年ぶりの接触だった。入学式で遠目に見たが、直接言葉を交わすのは王都滞在以来だ。


 ルシアンは二年前より背が伸び、顔立ちが整ってきていた。母親譲りの灰緑色の目と、父王から受け継いだ金がかった茶髪。美少年と呼べる容姿だが、目の奥に常に何かを試すような光がある。


 「ねえ、アルヴェイン嬢」


 二年前は「おい」だった。「アルヴェイン嬢」に変わっている。敬語ではないが、呼び方が変わった。誰かに指導されたのだろう。


 「ルシアンさま。こんにちは」


 「僕と友達にならない?」


 唐突な申し出。だがセレスティアは驚かなかった。


 この接触は予測していた。属性判定で歴代最高の魔力量が記録されてから、宰相派がセレスティアへの接触を強めるのは必然だ。そしてルシアンは宰相派に取り込まれつつある存在だ。


 「友達にならない?」の裏には、宰相の意図がある。


 ルシアンの表情を観察した。にこやかだ。笑顔を作っている。だが二年前のルシアンとは質が違う。あの頃は不器用な強がりだった。今は——演技だ。誰かに「笑って近づけ」と教えられた演技。


 九歳の少年が演技を覚えている。痛ましいことだ。


 「おともだち……ルシアンさまと、ですか?」


 「そう。君は面白い子だって聞いたからさ。魔力もすごいんだろ? 僕も魔力には自信があるんだ。気が合うと思うな」


 流暢だ。だが台本を読んでいるような話し方だ。


 副宰相マティアスあたりが指導したのだろう。ルシアンにセレスティアとの接触を指示し、会話の進め方まで教えた。九歳の少年をそこまで操る宰相派の手口に、セレスティアは怒りを覚えた。


 だがルシアン本人に罪はない。この子もまた、操られている側だ。


 「ルシアンさまとおともだちになれるのは、とてもうれしいです」


 ルシアンの目が一瞬光った。成功した、と思ったのだろう。


 「でも——」


 セレスティアは言葉を選んだ。慎重に。


 「わたしなんかでは、おうじさまのおともだちには、ぶんがすぎます」


 断った。


 ルシアンの表情が変わった。笑顔が消え、不快そうな顔になった。台本にない展開だったのだろう。


 「分が過ぎる? 公爵家の令嬢が何言ってるの。王子と公爵家は釣り合うでしょ」


 「ルシアンさまは上級生ですし、わたしはまだ一年生です。上級生のおともだちがいたら、ほかの一年生がうらやましがります」


 ルシアンは唇を噛んだ。


 「……また断られた」


 「また」。その一語がセレスティアの耳に引っかかった。


 ルシアンは他の生徒にも友達になろうと声をかけ、断られているのだ。王子という肩書きで近づけば、相手は構えるか媚びるかの二択になる。本当の友達は作れない。


 「ルシアンさま」


 「なに」


 「おうまの、レオナール、おげんきですか」


 ルシアンの目が見開かれた。


 馬の名前を覚えている。二年前に一度だけ聞いた名前を。


 「……覚えてるの?」


 「もちろんです。やくそくしたでしょ。レオナールにあわせてくれるって」


 「約束なんかして——」


 言いかけて、止まった。二年前と同じ台詞を言いかけて、止めた。


 「……元気だよ。レオナールは。背も伸びた」


 声が変わっていた。台本の声ではない。九歳の少年の、素の声。


 「よかった。ルシアンさまがちゃんとそだてたからだね」


 「……別に大したことじゃないけど。毎朝みてるから」


 「毎朝?」


 「馬の機嫌は、しっぽでわかるんだ。ぴんとしてたら機嫌がいい。だらんとしてたら何かが嫌なんだよ」


 「それ、ルシアンさまが気づいたの?」


 「……厩番に教わった。でも気にして見てるのは、俺だけだと思う」


 照れている。馬の話をする時だけ、この子は年相応の顔になる。


 「ルシアンさま。おともだちになるのは、もうすこしまってください。でも、おうまのおはなしは、いつでもききたいです」


 ルシアンは黙った。しばらく何かを考えている顔をして、それから背を向けた。


 「……勝手にしろ」


 歩き去る背中。だが足取りは、来た時より軽かった。


 セレスティアはもう一度、窓の外を見た。昼休みの中庭に、生徒たちの声が聞こえる。


 図書室の本を閉じた。内容が頭に入っていない。


 同じテーブルの向かい側に、フリーデリケが座っていた。今気づいた。いつからいたのだろう。


 「……ルシアン殿下と、お話しされていたんですね」


 「うん」


 「お断りしましたよね」


 「うん」


 フリーデリケは何も言わなかった。少しだけ考えるような顔をして、また自分の本に目を落とした。それだけだった。


 「フリーデリケ。おうまって、好き?」


 「……馬、ですか?」


 「うん、馬」


 「嫌いではないです。でも触ったことは」


 「いつか、さわってみて。気持ちいいよ、毛が」


 フリーデリケが少し首を傾けた。不思議そうな顔。


 「……そうなんですね」


 それ以上は続かなかった。でもそれでよかった。


 ◇


 その夜、セレスティアはナターシャの部屋で報告を聞いた。


 「ルシアン殿下の件ですが、副宰相マティアス様が先週、学園を訪問されています。ルシアン殿下と個別に面談した記録があります」


 やはり。マティアスが背後にいた。


 「ルシアン殿下の周辺に、宰相派の侍従が二名。一人はカスパルと同じ系統の監視役です」


 ルシアンにもスパイがついている。アレクシスにカスパルがいるように。


 「ナターシャ。ルシアンさまには、ちかづかないで。でも、ルシアンさまのまわりのひとは、みていて」


 「承知しました」


 「……あと、ルシアンさまのおうまの名前、レオナールっていうんだけど、しってた?」


 ナターシャが少し目を丸くした。


 「知りませんでした。珍しいお名前ですね」


 「白い馬だって。だいぶ大きくなったみたい」


 「……なぜ、そんなことを?」


 「二年前に聞いたから」


 ナターシャはまた目を丸くして、しばらく何かを考えた。それから、いつもの顔に戻った。


 「お嬢様は、不思議な方ですね」


 「なんで?」


 「二年間、馬の名前を覚えていたんですね」


 覚えていた。というよりも、その名前を聞いた時のルシアンの顔を、覚えていたのだ。あの照れた顔を。


 セレスティアは窓の外を見た。


 ルシアンを救えるか。


 だが今のルシアンはまだ九歳だ。馬の名前を覚えてもらえたことで照れる少年。孤独で、傷ついていて、誰かに認めてほしいだけの子供。


 友達にはなれない。今は。距離を保たなければ宰相派の監視を呼び込む。


 だが完全に拒絶もしない。馬の話という糸だけは、つないでおく。


 細い糸。風が吹けば切れるかもしれない糸。


 だがセレスティアは知っている。糸は、あるだけで意味がある。


 切れなければ、いつか橋になる。


 翌日の朝、廊下でルシアンとすれ違った。向こうは気づいていた。でも何も言わなかった。セレスティアも何も言わなかった。


 だがルシアンは、通り過ぎる時に少しだけ歩調を落とした。


 気づかないふりをした。でも、ちゃんと気づいた。


 馬の話。それだけでいい。今は、それだけで十分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ