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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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歴史の授業と前世の知識

 歴史の授業は、セレスティアにとって最も危険な授業だった。


 それを隠しながら、七歳児として授業を受けなければならない。


 歴史教師グスタフは五十代の禿頭の男で、語り口は穏やかだが、内容には偏りがあった。宰相派の視点で歴史を教えている。それ自体は珍しくない。王国の教育は宰相府が方針を定めている。


 その日の授業は「聖魔力の歴史」だった。


 セレスティアの心臓が跳ねた。


 「今日は三百年前の歴史について学びましょう。聖魔力保有者エリーゼの事件です」


 グスタフが教壇の黒板に年表を書いた。


 「聖魔力とは、光と闇の二つの属性を同時に持つ、極めて稀な魔力です。五百年の王国史で確認されているのはわずか三名。そのうちの一人、エリーゼが起こした事件は、王国を揺るがすものでした」


 教室の空気が引き締まった。聖魔力。子供たちにとっては伝説のような話だ。


 「エリーゼは南部の農村の農民の娘でした。十四歳で聖魔力が覚醒し、癒しの力で多くの人を助けたとされています。王都へ召喚され、礼拝堂で働いていた頃に事件が起きました」


 グスタフの声が重くなった。


 「王宮附属礼拝堂で魔力を暴走させ、建物を半壊させました。反乱の意図があるとして即日裁判が行われ、翌朝処刑されました。聖魔力という力の危険性を示す事件として、歴史に記録されています」


 処刑。


 セレスティアの指が膝の上で握りしめられた。処刑という言葉に、身体が反応する。前世の記憶。刃の音。自分の首に落ちた冷たい金属の感触。


 呼吸を整える。四秒吸う。五秒吐く。


 「この事件以降、聖魔力は『危険な力』として認識されるようになりました。王国法第三十七条には『聖魔力保有者は発見次第、王宮に届け出ること。隠匿は重罪とする』と定められています」


 だが今世のセレスティアは知っている。そして隠している。


 「先生」


 手が挙がった。


 アレクシスだった。


 教室が静まった。王太子が発言する。


 「先生、質問があります」


 「はい、殿下。どうぞ」


 「聖魔力が全部悪いわけじゃないですよね? エリーゼは事件を起こしたとされていますが、他の聖魔力の人はどうだったんですか?」


 セレスティアの心臓が止まるかと思った。


 グスタフは一瞬たじろいだ。教育方針に沿えば「聖魔力は危険」と教えるべきだ。だが王太子の質問を無下にはできない。


 「殿下のご質問はごもっともです。確かに、三名の聖魔力保有者のうち、事件を起こしたとされるのはエリーゼ一人です。残りの二名は——」


 グスタフが教科書をめくった。


 「五百年前の聖女マリエルは、大疫病の際に光と闇の力で治癒の奇跡を起こし、万人を救ったと伝えられています。彼女は聖人として崇められ、神殿に祀られています」


 聖女マリエル。ヨハンが言っていた名前だ。セレスティアの魔力密度はマリエルを超えている可能性があると。


 「もう一名は、四百五十年前の建国期の魔術師エルヴィン。初代国王を助けて王国の礎を築いた人物です。こちらも英雄として記録されています」


 三名中、二名が英雄。一名が事件を起こした者。


 アレクシスが頷いた。


 「じゃあ、聖魔力は使い方次第ってことですよね。力そのものが悪いんじゃなくて」


 教室が更に静まった。七歳の王太子が、歴史の教訓を自分の言葉で要約している。


 グスタフは額の汗を拭いた。


 「仰る通りです、殿下。力は——使う者の心次第で、善にも悪にもなり得ます」


 セレスティアは胸の中で、複雑な感情が渦を巻くのを感じていた。


 嬉しい。怖い。罪悪感がある。三つが同時に渦を巻いて、どれも正しくて、どれも正直なものだった。


 授業を終えて席を立つ時、イザベラがセレスティアの前を通った。


 「アルヴェイン嬢」


 「はい」


 「今日の授業、どう思った」


 声は低く、周囲に届かない音量だった。


 「おもしろかったです。聖女マリエルの話、はじめて聞きました」


 「そう」


 それだけだった。イザベラが先に歩き出した。


 何を確認したかったのか。聖魔力の話題に、この子がどう反応するか。それだけ知りたかったのかもしれない。


 ヴィオレッタがその後ろを通った。二人の短いやりとりを見ていた。何も言わなかった。


 ◇


 授業後、セレスティアはアレクシスの横を歩いた。


 「殿下」


 「うん?」


 「さっきのしつもん、すごかった。わたし、かんがえたこともなかった」


 「そう? なんか、先生の話が一方的だなって思っただけだよ。聖魔力が全部ダメなら、聖女マリエルもダメってことになるじゃん。変だよね」


 「殿下は、やさしいですね」


 「やさしいとか関係ないよ。正しいことは正しいって言わなきゃ」


 「殿下」


 「うん」


 「もし聖魔力の人がいたら、殿下はどうしますか」


 アレクシスは少し考えた。真剣に考えていた。七歳の考える顔だった。


 「友達になれるかな。すごい力を持ってるなら、一緒に良いことができそうだし」


 セレスティアは唇を噛んだ。泣きそうになった。堪えた。


 「そうだね。きっと、なれるとおもいます」


 「だといいね」


 アレクシスが笑った。


 いつか。その日が来たら、話す。今日は話せない。


 ◇


 廊下に出ると、フリーデリケが隣に並んだ。


 「ねえ、さっきの授業ってさ。アレクシス殿下すごくなかった?」


 「すごかった」


 「聖魔力ってこわいイメージあったけど、聖女マリエルって人の話聞いたらちがうかもって。使い方なんだね」


 「そうだとおもう」


 「もし聖魔力の人がこの学園にいたら、セレスティアちゃんはどうする?」


 フリーデリケが何の気なしに言った言葉だった。でも足が一瞬だけ止まりそうになった。


 「わからない。でも、ふつうに話すとおもう」


 「わたしも。なんか力がすごいってだけで、どんな人かは別じゃんね。友達になれたらいいな」


 フリーデリケが笑った。深く考えずに言った言葉。でも裏も下心もなかった。


 「わたしも、そう思う」


 正直に答えた。嘘をつかなかった。


 でも「自分がそうだ」とは言えなかった。フリーデリケは気づかなかった。それでいい。今は、それでいい。


 「今日の授業、アレクシス殿下に後で話しかけてみよっかな。せっかくいい話してたし」


 「しなよ。喜ぶとおもう」


 フリーデリケがうれしそうに頷いた。「じゃあ!」と言って走っていった。その背中は軽かった。


 ◇


 夜、日記に書いた。


 アレクシス殿下が聖魔力を弁護した。フリーデリケは友達になりたいと言った。二人とも、今のセレスティアがどんな力を持っているか知らない。


 知らないから言える言葉かもしれない。でも知った後でも同じことを言ってくれる人たちだと思いたい。


 「力は使う者の心次第」。


 今日の言葉を書き留めた。いつか必要になると思ったから。


 それはグスタフ先生の言葉だが、今日初めて本当の意味で聞いた言葉だった気がした。先生は宰相派の意図に沿って教えようとして、でもアレクシス殿下の質問に押され、正しいことを言った。意図せず言った真実ほど、重い。


 セレスティアは日記を閉じた。


 闇を隠している。でも光は本物だ。いつかその光を、堂々と見せられる日のために、今は磨いていく。


 ナターシャが「そろそろお休みの時間です」と声をかけた。


 「うん」


 セレスティアは日記帳の下に、今日の授業で書いた帳面を挟んだ。「力は使う者の心次第」。七歳でも分かる言葉。でも、ずっと覚えておく言葉だと思った。


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