魔術の授業
初めての魔術実技の日が来た。
教室ではなく、学園の東棟にある魔術練習場。石造りの広い部屋。壁と天井に防護結界が張られている。魔力の暴走に備えた構造だ。
セレスティアは息を整えながら練習場に入った。
落ち着け。今日は暴走しない。二年間ヨハンとフェリクスに鍛えられた制御力がある。
魔術教官はレーヴェンシュタインという三十代の男だった。王宮魔術師団からの派遣。オスヴァルトの部下。細身で、鷹のような鋭い目をしている。
「今日は属性判定を行う。全員、順番に魔力水晶に手を触れろ。水晶の色で属性が分かる」
魔力水晶。ヨハンの研究室で使ったものと同じだ。だがここでは大勢の目がある。
生徒が一人ずつ前に出る。
最初はカール・ジュニア。財務卿の息子。小太りで、少し気弱そうな少年。水晶に触れると、赤い光が灯った。
「火属性。魔力量は中程度」
レーヴェンシュタインが記録する。
次々と生徒が判定を受ける。火、水、風、地。ほとんどが単一属性。七歳から八歳は魔力が覚醒し始める時期で、属性が明確に現れるようになる年齢だ。
コンラートの番が来た。
水晶に手を置いた瞬間、赤い光が勢いよく溢れた。光が強すぎて水晶が振動している。
「火属性。魔力量……かなり高いな」
レーヴェンシュタインが感心したように言った。
だがコンラートの制御が甘かった。赤い光が水晶から溢れ、隣の机に飛び火した。
ぼっ、と机の角が燃えた。
「ごめん!」
コンラートが慌てて手を引く。レーヴェンシュタインが水魔術で消火した。教室が笑いに包まれた。コンラートの耳が赤くなっている。
「ヴァイスハウプト、火力は申し分ないが制御を学べ。力だけでは危険だ」
「はい……すみません……」
コンラートらしい。
アレクシスの番。
水晶に触れると、緑がかった白い光が灯った。風属性。穏やかだが芯のある光。
「風属性。魔力量は上位。さすがは王家の血筋ですな」
レーヴェンシュタインの声に、微かな媚びが混じった。王族への忖度。セレスティアはそれを聞き逃さなかった。
イザベラ。水晶に触れた瞬間、冷たい青い光が灯った。
「水属性。魔力量は高い。安定している」
ヴィオレッタ。薄い紫の光。
「地属性……いや、これは複合か? 地と風の二重属性だな。珍しい」
二重属性。ヴィオレッタは二つの属性を持っていた。
ヴィオレッタの表情に、一瞬だけ戸惑いが浮かんだ。自分でも知らなかったのかもしれない。
フリーデリケ。温かい橙色の光。
「地属性。魔力量は平均的だが、質が良い。治癒系に向いているかもしれない」
そして——セレスティアの番が来た。
練習場の全員の目がセレスティアに向いた。公爵家の令嬢。噂の天才児。何の属性を持っているのか。
セレスティアは水晶の前に立った。
深呼吸。四秒吸う。五秒吐く。ヨハンに教わった呼吸法。
闇を抑える。光だけを前に出す。
意識を集中する。身体の右半分に光を。左半分の闇は、奥深くに押し込む。鍵をかける。二重に。三重に。
水晶に手を置いた。
白い光が灯った。純粋な白。強い光。練習場が一瞬だけ明るくなった。
「光属性」
レーヴェンシュタインが記録した。だがペンが止まった。
「魔力量が……」
目が見開かれている。測定器の数値を何度も確認している。
「異常に高い。光属性でこの数値は……記録を確認しなければ正確なことは言えないが、学園の歴代記録に匹敵するかもしれない」
教室がざわめいた。
「歴代記録って……」「嘘でしょ」「公爵家の令嬢、すごいじゃない」
イザベラの目が細くなった。セレスティアを観察する目。「光属性だけ?」と問いかけるような目。
コンラートが無邪気に拍手した。「すごいじゃないか!」
アレクシスが微笑んだ。友人の活躍を喜ぶ純粋な笑顔。
ヴィオレッタは腕を組んで黙っている。だが目に複雑な光がある。
セレスティアは水晶から手を離した。
成功だ。闇は漏れなかった。光属性のみが記録された。
だが魔力量は隠せなかった。
目立ちすぎた。避けたかったが、やむを得ない。魔力量を意図的に下げることは、逆に不自然な数値を生み出すリスクがある。自然に出した方が安全だ。
「アルヴェイン嬢。放課後、少し話がある」
レーヴェンシュタインが声をかけた。
「はい」
何を聞かれるだろう。どこまで探られるだろう。
教室を出る時、イザベラとすれ違った。
「光属性、ね。綺麗な光だったわ」
声は穏やかだったが、目は「それだけではないでしょう」と語っていた。
廊下に出ると、コンラートが追いついてきた。
「なあ、セレスティア。お前すごいな。俺より魔力量多いんじゃないか?」
「コンラートさまの火のほうがすごかったよ。つくえ、もやしちゃったもんね」
「あれは事故だ! ……でもちょっとかっこよかっただろ?」
「うん。かっこよかった」
コンラートが照れくさそうに頭を掻いた。
フリーデリケが駆けてきた。「セレスティアちゃん、すごかったね! 光がきれいだった!」
「ありがとう。フリーデリケちゃんの光もあったかかったよ」
「えへへ。でも私のは地味だったかな」
「地味じゃないよ。あったかい光は、いちばんだいじだよ」
フリーデリケが嬉しそうに笑った。
放課後。レーヴェンシュタインとの面談。
教官室の椅子に座ったセレスティアに、レーヴェンシュタインは開口一番こう言った。
「アルヴェイン嬢。君の魔力量は異常だ。光属性でこの数値は、少なくともこの百年で記録がない」
「はあ……」
「特別な訓練を受けているか?」
「おにいさまに、こきゅうほうをおしえてもらいました」
「呼吸法だけでこの安定度は考えにくい。何か他に——」
「あの、せんせい」
セレスティアは七歳の令嬢の顔で、小首を傾げた。
「わたし、よくわかりません。おかあさまにも、むずかしいことはまだはやいっていわれてて」
レーヴェンシュタインは眼鏡を押し上げ、溜息をついた。
「……そうか。まだ七歳だからな。いずれオスヴァルト師にも報告するが、今は経過観察としておこう。何か変わったことがあれば、必ず報告しなさい」
「はい、せんせい」
教官室を出た。
廊下で、小さく息を吐いた。
乗り切った。今日は。
だがレーヴェンシュタインはオスヴァルトに報告する。確認が必要だ。ナターシャに調べさせよう。
セレスティアは寮への道を歩きながら、次の手を考えた。
光は見せた。闇は隠した。今日はそれで十分だ。
◇
夕食の席で、ヴィオレッタが先に話しかけてきた。
「二重属性って、知ってた?」
「ヴィオレッタさまの?」
「うん」
「知らなかった」
本当だった。前世でも、今世でも、知らなかった。
ヴィオレッタが少し考えてから「まあいいわ」と言い、皿に目を戻した。それだけだった。
先に話しかけてきたのは、まだ二度目だった。一度目は消灯後の暗闇の中だった。ヴィオレッタは、昼間より夜の方が口が動く人間なのかもしれない。
◇
夜、ナターシャに報告した。
「レーヴェンシュタイン先生が宰相派かどうか、調べてほしい」
「先ほどの面談のことですね。承知しました」
「それと、ヴィオレッタさまが二重属性だった。記録しておいて」
「二重属性、ですか。珍しいですね」
「うん。本人も知らなかったみたいだった」
ナターシャが帳面に書き込む。セレスティアは机の上で指を組んだ。
今日の水晶の光を思い返した。白い光。強い光。隠した半分を差し引いても、残った光は本物だった。
光だけで十分戦える。今日、それが分かった。




