魔力測定
入学から三日目の朝、教員が発表した。
「本日の午後、初等部一年生の魔力測定を行います」
魔力測定。
その言葉を聞いた瞬間、セレスティアの指先が冷えた。
予想していた。王立クレセンティア学園には入学時の魔力測定がある。前世でも受けた。前世では何も隠さずに受けた。光属性、と判定された。聖魔力の片鱗は当時まだ現れていなかったから。
今世は違う。
七歳の今、光と闇を同時に扱える。ヨハンの訓練で、同時保持は十秒を超えた。右手に光、左手に闇。それがセレスティアの現在の状態だ。
測定器がどちらも拾えば、終わる。
◇
午後。初等部の一年生が大講義室に集まった。
長机が教壇の前に一つ。その上に、球体が置かれていた。
水晶の球。直径は拳ほど。台座は銀細工。表面が淡く光っている。
「魔力測定球です」
担当教師が説明した。白髪の女性。魔術理論の担当、エリーゼ先生。穏やかな顔をしているが、目だけは鋭い。
「手をかざすと、魔力の属性と量が判定されます。光属性なら白。火属性なら赤。水は青。土は緑。風は透明。複合属性の場合は混色として表れます。光の強さで量を判断しますので、強い魔力ほど球体は明るく光ります」
「複合属性の子はいますか?」
誰かが聞いた。
「稀におります。両親の属性を引き継ぐ場合や、天性の多属性をお持ちの場合です。いずれも特別指導の対象となります」
特別指導。
「では、出席番号順に前へどうぞ」
◇
前から順番に測定が始まった。
フリーデリケが早い番号だった。測定球の前に立ち、おそるおそる手をかざした。球体が緑色に光った。土属性。光量は中程度。
「よかったあ、普通だった」
小声で言いながら戻ってくるフリーデリケの顔が、ほっとしていた。
コンラートは赤。火属性。やや強め。「当然だ」という顔で席に戻った。
ヴィオレッタが名前を呼ばれた。
堂々と教壇へ歩く。背筋が伸びている。手をかざすと、球体が青く光った。水属性。光量は多い。美しい青だった。
「モンテヴェルデ様は水属性でいらっしゃいますね。侯爵家らしい安定した属性です」
エリーゼ先生が言った。ヴィオレッタは当然の顔で礼をして戻ってきた。
教室の中に、微妙な空気が流れていた。
セレスティアの番が近づいた。
◇
落ち着け。
ヨハンの声が頭に響いた。訓練の時に言われた言葉。
『呼吸を先に整えろ。身体が先、意識が後だ。逆にすると崩れる』
三秒、吸う。
四秒、止める。
五秒で、吐く。
意識を右手に集める。光だけ。闇は消すのではなく、奥に押し込む。蓋をするように。膜を張るように。隙間を塞ぐように。
練習した。何度も練習した。
だが練習と本番は違う。練習台に手をかざすのと、二十人が見ている場で手をかざすのでは、緊張の質が違う。緊張は魔力の揺らぎを生む。揺らぎは漏れを生む。
「アルヴェイン・セレスティア様」
名前を呼ばれた。
立った。
◇
教壇に向かった。
七歳の足が、磨かれた床を踏む。前を見る。球体が淡く光っている。
エリーゼ先生が手を示した。「手をかざしてください。五秒ほどで反応します」
セレスティアは球体の前に立った。
右手を上げた。
三秒、吸う。
意識を右手に。光だけ。闇は奥へ。
四秒。
球体が反応し始めた。淡い光が強くなる。
光だけ。光だけ。
五秒。
白い光が球体を満たした。
白。純粋な白。光属性の白。
闇の黒は、どこにも見えなかった。
「光属性です。量は……」
エリーゼ先生が首を傾げた。
「やや控えめですね。公爵家にしては、少し弱い印象です」
「おかあさまも、そんなにつよくないって、いっていました」
嘘だ。だが教師はそれ以上追及しなかった。
「そうですか。では戻ってください」
「はい」
礼をして席に戻った。
ヴィオレッタが横目で見た。「弱いのね」
「うん。ひかりはひかりだけど、あんまりつよくない」
「なら魔法の授業は楽ね。期待されないから」
嫌味か。事実の観察か。ヴィオレッタは時々、どちらか分からないことを言う。
◇
全員の測定が終わった後、教室の片付けが始まった。
セレスティアは教卓の横を通りかかった時、さりげなく測定球に視線を落とした。
表面が今は完全に消えている。誰も触れていない状態では、ただの水晶の球だ。
だがあの球は、今日の記録を保持している。誰が何属性で、どの程度の量だったか。エリーゼ先生が帳面にも書き留めていた。
その記録が、どこに上がるのか。
学園長。教師会。そして、王宮へ。
今年の記録には、セレスティア・フォン・アルヴェインの名前と、「光属性・弱」という判定が残る。
聖魔力ではなく。闇属性でもなく。
ただの、弱い光。
それでいい。
◇
席に戻る途中、アレクシスが小声で言った。
「大丈夫だった?」
「うん。ひかりだけ、ちゃんとみせた」
「そっか」
それだけで十分だった。アレクシスは詳しく聞かなかった。秘密を守るということを、この王子は知っている。
コンラートが自分の結果について大声で話していた。「俺の火、強かっただろ。先生が二度見したんだぞ」。フリーデリケが「コンラートさまは目立ちすぎです」と笑っていた。
その賑やかさの中で、セレスティアは静かに息を吐いた。
通った。今日は。
だが三年間、同じことを繰り返す。魔法の実技では毎回、闇を隠す。揺らがず、慌てず、静かに。
できる。
あの水路を思い出す。三歳の身体で流れに抗えなかった日を。今は七歳だ。身体が違う。あの時よりは制御が利く。
ヨハンの訓練は、無駄ではなかった。あと三年、続ければいい。
◇
窓から外を見た時、中庭に人影があった。
上級生の休憩時間らしい。数人が木の下で話している。
その少し離れた位置に、一人だけ木の陰に立っている者がいた。
ルシアン。
腕を組んで、動いていない。
こちらを見ていた。
窓越しに目が合った。ルシアンは表情を変えなかった。ただ、見ていた。
セレスティアは先に目を外した。
心臓が一拍だけ、強く打った。
見ていた。どのくらいの時間、あそこにいたのか。測定の間も、あの位置にいたとしたら。
球体の光は、窓の外からは見えないはずだ。距離がある。角度がある。
はずだ。
◇
夜。
部屋の消灯が済んで、二つのベッドに二人が収まった。
ヴィオレッタが本を閉じた音。寝返りを打つ気配。それから静かになった。
セレスティアは天井を見ながら、今日の呼吸を確かめた。
吸う。止める。吐く。
右手の指先に、かすかに光が宿る。すぐに消した。
通った。
光属性。弱め。公爵家らしくない。ただそれだけで終わった。ヨハンの訓練は無駄ではなかった。
だが一度ではない。
学園には魔法の実技授業がある。演習がある。また同じことをしなければならない。毎回、三年間。
できる。
できるが、綱渡りだ。
隣から、ヴィオレッタの寝息が聞こえてきた。
ルシアンのことを、もう一度考えた。中庭の木の陰。動かない目。
見ていた理由が分からない。偶然かもしれない。意図的かもしれない。どちらにせよ、今夜分かることではない。
分からないことは、分からないままにしておく。今は。
セレスティアは目を閉じた。
右手を胸の上に置いた。光は出さない。ただ、そこに在ることを確かめるように。
隣のベッドで、ヴィオレッタが眠っている。
静かな夜だった。




