表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/124

寮生活の始まり

 女子寮の廊下は、白い漆喰の壁と磨かれた木の床でできていた。窓から午後の陽光が差し込み、廊下の片側に並ぶ扉に金色の部屋番号が光っている。


 セレスティアの部屋は三階の角部屋だった。


 「こちらです、お嬢様」


 ナターシャが荷物を抱えて先導する。ナターシャは侍女として寮内に居住するが、部屋は別だ。侍女用の小部屋が階下にある。


 扉を開けた。


 二人部屋。左右にベッドが一つずつ。小さな机。衣装棚。窓際に椅子。簡素だが清潔な部屋。


 右側のベッドには、既に荷物が置かれていた。


 開いたトランクから、高級な布地が覗いている。刺繍の入ったナイトガウン。革表紙の本。銀の髪飾り。トランクの蓋の内側に、小さな家紋盾が貼られていた。モンテヴェルデ家の紋章。自室の標識。


 そして、窓辺に一人の少女が立っていた。


 ヴィオレッタ・モンテヴェルデ。


 八歳。栗色の巻き毛。紫の瞳。背筋が伸びた姿勢。美しい少女だが、唇が引き結ばれている。不満の顔。


 セレスティアが入ってきたのを見て、ヴィオレッタは溜息をついた。隠す気もない溜息。


 「……なんであなたと同室なのよ」


 開口一番がそれだった。


 セレスティアは荷物を左側のベッドに置いた。落ち着いて。自然に。


 「ヴィオレッタさま、よろしくおねがいします」


 「よろしくなんて言わないで。私は別の人と同室がよかったの。学園に掛け合ったけど、部屋割りは変えられないって」


 正直だ。嫌だということを隠さない。


 「ヴィオレッタさまは、だれと同室がよかったの?」


 「イザベラよ。当然でしょ。侯爵家と宰相家。釣り合いが取れるわ」


 イザベラと同室になりたかった。


 だがイザベラの方はどうか。宰相の娘は、誰と同室なのか。


 「イザベラさまは?」


 「イザベラはフリーデリケ・フォン・エッシェンバッハと同室だって。信じられない。あんな天真爛漫な子と宰相の娘。絶対に合わないわ」


 イザベラとフリーデリケが同室。面白い組み合わせだ。そして、セレスティアとヴィオレッタが同室。


 偶然か。それとも誰かの意図か。


 ナターシャが手際よく荷物を整理し始めた。衣類を衣装棚に。文具を机の引き出しに。私的な書類や暗号帳は一切持ち込まない。全てナターシャの部屋に保管してある。


 ヴィオレッタはセレスティアの荷物を横目で観察していた。何を持ち込んだか、どんな品質のものを使っているか。侯爵令嬢の習性だ。


 「ずいぶん質素な荷物ね。公爵家にしては」


 「母が、がくえんではしつそにしなさいって」


 「もっとも、同室者が何を持ち込んで、誰に手紙を出すか。私は全部見ることになるわね」


 嫌味ではなかった。事実として言っている。それが却って寒かった。


 「公爵夫人がお元気になられたのは聞いているわ。良かったわね」


 素直な言葉。嫌味ではない。


 「ヴィオレッタさまのおかあさまは、おげんき?」


 ヴィオレッタの表情が一瞬強張った。


 「……母は三年前に亡くなったわ」


 セレスティアの胸が痛んだ。知らなかった。


 「ごめんなさい。しらなかった」


 「謝らないで。知らないのは当然よ。大した話でもないもの」


 セレスティアは何も言わなかった。今ここで同情を示せば、ヴィオレッタは壁を高くする。プライドの高い子だ。憐れみは受け入れない。


 代わりに、ベッドの上にぬいぐるみを置いた。ヴォルフがくれた兎の木彫り。


 ヴィオレッタが目を止めた。


 「それ、何?」


 「うちのきしがつくってくれたの。うさぎ。なまえはまだない」


 「騎士がぬいぐるみを? 変なの」


 「へんだよね。でも、かわいいでしょ」


 ヴィオレッタの口元が、ほんの僅かに緩んだ。一瞬だけ。すぐに引き締めたが、セレスティアは見逃さなかった。


 この子は、子供らしいものに飢えている。


 ◇


 夕食は大食堂で取った。


 長テーブルが学年ごとに並び、初等部の一年生は最も入口に近いテーブル。上級生になるほど奥のテーブルに座る。


 セレスティアの隣にフリーデリケが座り、向かいにアレクシスとコンラートがいた。ヴィオレッタは少し離れた席で、他の侯爵家の令嬢と話している。


 食堂の奥、上級生のテーブルにルシアンがいた。腕を組んで、食事にあまり手をつけていない。視線が一瞬だけ、こちらのテーブルに向いた。


 目が合った。


 ルシアンはすぐに前を向いた。それだけだった。だが首筋が、一瞬だけ冷えた。


 「セレスティアちゃん、寮のお部屋どう?」


 「ヴィオレッタさまと同室だよ」


 「えっ。ヴィオレッタさま、ちょっと怖いよね……大丈夫?」


 「だいじょうぶ。ヴィオレッタさま、ほんとうはやさしいとおもう」


 フリーデリケは首を傾げた。だが深くは聞かなかった。フリーデリケの美点は、踏み込みすぎないことだ。


 食事の後、寮に戻った。


 部屋に入ると、ヴィオレッタは既にベッドにいた。ナイトガウンに着替え、本を読んでいる。


 セレスティアも着替え、自分のベッドに入った。


 消灯の鐘が鳴った。蝋燭を消す。月明かりだけが窓から差し込んでいる。


 暗闇の中で、二人の少女が天井を見つめている。


 沈黙。


 長い沈黙の後、ヴィオレッタが小さな声で言った。


 「……ねえ」


 「なに?」


 「あなた、私のこと嫌い?」


 意外な質問。


 「きらいじゃないよ」


 「嘘。公爵家と侯爵家は対立してるのよ。あなたのお父様と私のお父様は仲が悪いって、知ってるでしょ」


 「おとうさまたちのことは、おとうさまたちのことだよ。わたしとヴィオレッタさまは、わたしたちでしょ」


 沈黙。


 「……変な子」


 「うん。よくいわれる」


 ヴィオレッタが寝返りを打った。セレスティアに背を向ける。


 だがその背中は、来た時よりも少しだけ柔らかかった。


 セレスティアは目を閉じた。


 敵の隣に眠る夜。


 月明かりが二つのベッドを等しく照らしていた。公爵の娘と侯爵の娘を、同じ光で。


 明日から学園生活が本格的に始まる。


 隣のベッドから、微かな寝息が聞こえていた。


 セレスティアはいつの間にか、眠っていた。



 翌朝。


 目を覚ますと、ヴィオレッタは既に起きていた。鏡の前で髪を整えている。


 「起床の鐘は七時よ。あなた、寝坊したら恥ずかしいわよ」


 「ありがとう。おこしてくれたの?」


 「違う。私が先に起きただけ。結果的にうるさかっただけ」


 音を立てていたとは思わなかった。それがヴィオレッタなりの言い訳だということは、七歳でも分かった。


 制服を着た。ナターシャがいれば手伝ってくれるが、部屋にナターシャは入れない。一人で着替え、リボンを結ぶ。


 「リボン、曲がってる」


 ヴィオレッタが振り向いた。指を伸ばして、セレスティアのリボンを直した。素早く、無言で。終わると、何事もなかったように鏡に向き直った。


 「……ありがとう、ヴィオレッタさま」


 「別に。見ていられなかっただけ」


 廊下に出た。二人並んで歩く。


 「朝食、どこに座る?」


 ヴィオレッタが聞いた。一緒に座るかどうかではなく、どちらに向かうかの確認だ。


 「きめてない。ヴィオレッタさまは?」


 「決めていない」


 沈黙。


 「……じゃあ、どこでもいいわね」


 二人は食堂へ向かった。並んで。同じ歩幅で。


 それが寮生活の、二日目だった。


 食堂に入ると、フリーデリケが手を振った。アレクシスがいた。コンラートが何かを食べながら手を上げた。


 ヴィオレッタは視線を向けない。だが歩く速度が、わずかに落ちた。


 「ヴィオレッタさまも、いっしょにすわる?」


 「……席が空いているなら」


 空いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ